
vol.298
INTERVIEW
2004年あらゆるシーンで反響を呼んだ
TPT「エンジェルス・イン・アメリカ」が帰ってきた!!
アメリカの劇作家トニー・クシュナーによる『エンジェルス・イン・アメリカ』はピュリッツアー賞、2年連続でトニー賞ベスト・プレイを獲得するなどブロードウエイでは数々の栄誉に輝き、ロンドンのナショナルシアターでは「20世紀の最も偉大な戯曲20選」にも選ばれた作品だ。日本での初演は1994年。2004年にはTPTによってベニサン・ピットという特殊な異空間で再演された。今回はこの2004年版の再演となる。
〈あらすじ〉1980年代半ば、ロナルド・レーガンの共和党政権下で急速に右傾化するアメリカ。まだ謎の伝染病だったエイズの嵐が猛威をふるうニューヨーク。裁判所の文書係でユダヤ人のルイスは恋人プライアーがエイズに感染・発病したことに恐怖を感じ、罪悪感を持ちながらもプライアーのもとを去る。自分の同性愛的傾向に苦悩するモルモン教徒であるジョー、そして彼の妻ハーパーはそんな夫への不満から精神安定剤を服用し、幻想の世界に生きている。実在した米法曹界の黒幕ロイ・コーンは医者からエイズを発病していると宣告される。みなが苦悩を抱え生きている。ハーパーは幻覚のなかトラベル・エージェンシーに導かれ南極に飛ぶ。幻覚のなかのハーパーと夢のなかのプライアーが出会う。そんなある日、病床のプライアーのもとに天使が降り立ち、“預言者”としての使命を告げた。
20日からPart1ミレニアム、Part2ペレストロイカを一挙上演
エイズ、宗教、人種、政治…ストーリーを構成する要素は多種に渡る。80年代のアメリカの時事ネタがたくさん出てくる。しかしここで語られることは実は至ってシンプル。
「トニー・クシュナーの戯曲は、書かれた当時のアメリカでは身近だった時事問題を描きつつも、当時からすでに難解とされていた。でも15年経って、日本でも上演するようになって、『人間にとって変化することはいかに大変か』という普遍的なものだけが残ったのではないかと思います」
演出のロバート・アラン・アッカーマンの演出補と通訳を務め、戯曲の翻訳も手掛けた薛珠麗は言う。
「この戯曲は、人としてこれ以上落ちようがないというどん底の状態から始まって7時間かけてようやく一筋の光が見つかるという話なんですね。それくらいかかるほどの苦悩をリアルに描いたらこうなったという。どん底から復活するのに天使を見ちゃったり南極に行っちゃったりという非現実的な出来事が起きるんですが、それくらいもがいて苦しまないと、たった一筋の光も見つけられないんじゃないかという、人間の凄くリアルなところを描いている。だからこそ、日本人には理解しにくい80年代のアメリカの時事ネタでいっぱいなのに、時代を越えて受け継がれる作品になっていると思うんですよ」
タイトルにもあるとおり、「天使」が出現する。ロイ・コーンも共和党もモルモン教もまだ分かる。日本人にとって天使という存在はいまいちピンと来ないかもしれない。
「天使は人間が変化するときの苦悩の象徴として書かれていると思うんです。どん底に叩き落されたプライアーが天使を呼ぶのですが、彼の頭の中で起きていることが舞台に形として現れたのがたまたま天使だった。天使を見ちゃった後に、自分もよく知らないから天使のことを調べまわっちゃう場面が出てくるくらいで、彼も別に信心深いわけじゃないんです。だから天使という言葉にとらわれなくてもかまわないと思うんです」
ちなみに94年の日本はもちろん、ブロードウエイでも天使は女優が演じてきたが、ここでは男優が演じている。そしてことさら美しく描かれているわけではなく、むしろ羽は汚れ、咳き込み、なにかのっぴきならない状況がどこかで起こっていることを想起させる。
ここでは天使しかり、登場人物たちの頭の中で起きていることも凄くリアルに表現される。現実では知らないはずの人物たちが夢と幻覚の中で出会い、その後、現実の世界で出会ったときに「どこかで出会ったことがある」と言ってしまう。リアルとファンタジーが行ったり来たりすることによって、現実と夢の壁が取り払われ気持ちがいいまでに自由な作品になっている。
ただしファンタジーではこの作品は終わらない。現代の日本に生きる者にとって頭の痛くなるようなシーンが随所に現れる。例えば自分のアイデンティティを主張するという日本ではあまりなじみのない考え方が、この作品ではある意味誇張されて描かれている。それを見た時に、日本では本気で主張し対立することがあるだろうか、上っ面だけで生きて嫌なことにふたをするという習慣に慣れ切ってしまっているのではないかと考えさせられるかもしれない。
「いかに生きるか」ー 生の賛美を描いている作品
いろんなことが押し寄せてくるこの作品、エイズは海の向こうの話としてとらえられていた94年の日本初演時のプログラムでは用語の説明に多くのページが割かれた。やっと日本の社会の意識が追いついてきたTPT初演の2004年のパンフレットにはロイ・コーンとエセルとエイズのことぐらいしか解説はない。アッカーマンは94年の初演時は日本の意識の低さにさぞかしびっくりしたことだろう。
「作品自体も遠い外国のものだと思われてました。当時は日本の政府から“日本人がエイズにかかることはない。その可能性はない”と言い切った文書が発行されたという事実がありました。当時すでにエイズ患者はいたにも関わらずです。エイズという病気が全く表ざたにならないように周到に隠されていたという時代だったんですね。2004年はエイズを取り巻く状況が変わったことと、演出の仕方が変わったことで、もっと身近に訴えかけられる作品になったと思うんですよ。凄く反響が大きかったものですから、今回も大きな反響が得られればいいなと思います」
アッカーマンは最後にこう付け加えた。
「私自身も年齢を経てきて思うのが、前ほどエイズについての作品だと思わなくなりました。やっぱりこれはいかにして生きるかっていうことを提示している作品ではないかと。死というものは生を脅かす存在として、いつか来るものとして、常にそこにある。世界はエイズでなくても戦争だったり、別の形の疫病だったり、常に人に死の恐怖を与えてきた。その中で、より良く、より満たされた、より完全な、正直でウソのない人生をいかに生きるかという、生の賛美を描いている作品だなっていうことをより実感するようになりましたね」
アッカーマンと薛が言う「いかに生きるか」「いかに変化していくか」という根底に流れるテーマに行き着くまでにあるさまざまなエピソード。ロイとエセルの場面では“許し”について考えさせられ、プライアーと天使のからみでは強烈なまでの“生”への執着を、ルイスがジョーを問い詰める場面では日本人のアイデンティティの欠如を思い知らされる。
終演後にとことん語り明かしたくなる作品だ。

(本紙・本吉英人)
【日時】3月20日(火)〜4月8日(日)(開演はPart1=20・21・23〜25・28・31・3・5・7・8日13時30分、26・30・2・6日18時30分。Part 2=20・21・23〜25・28・31・3・5・7・8日18時30分、27・29・1・4日13時30分。開場は開演30分前)
【会場】ベニサン・ピット(森下)
【料金】全席指定 一般5000円、学生3000円(TPTのみ取り扱い)。Part1&Part2通しチケット9000円(同じ日にちの昼夜で観劇の場合のみ)。当日券は開演60分前から発売。
【問い合わせ】TPT(TEL03-3635-6355 [HP] http://www.tpt.co.jp/)
【作】トニー・クシュナー
【訳】薛珠麗・TPTworkshop
【演出】ロバート・アラン・アッカーマン
【演出補】薛珠麗
【出演】山本亨、斉藤直樹、パク・ソヒ、池下重大、チョウソンハ、宮光真理子、松浦佐知子、植野葉子、矢内文章、深貝大輔、小谷真一、アンソン・ラム
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