
vol.306
INTERVIEW
『眉山‐びざん‐』
監督 犬童一心
日本の若い世代は、もちろんエンターテインメント性の強い洋画大作が好きだ。ところがそんな洋画大作とは一見正反対のように思える日本映画で、若い世代からも映画ファンからも、絶大な支持を得る監督がいる。それが『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』などのヒット作を、手がけた犬童一心監督だ。今回、監督が新たに手がけたのは、さだまさしのベストセラー小説を原作にした、母と娘の、愛と絆の物語である。
「最初に原作を読んだときに、思い浮かんだ映画があるんですよ。それがジョン・フランケンハイマーの『ブラック・サンデー』。これはね、アメリカのスーパーボウルの競技場でテロを起こそうとするパレスチナの過激派と、阻止しようとするイスラエルの特殊部隊の戦いを描くという作品なんですけど(笑)。そのサスペンスをずっと抑えた演出で描いていくんですが、いざ爆破というときに、大観衆の競技場が映し出されるんです。その競技場の中を、あることに気づいた主人公が突っ切っていくというシーンに、非常に興奮させられるんです」
かたや社会派のサスペンスアクション、かたや母と娘の人間ドラマだが…
「つまりどちらの作品も、人間関係や心情といったドラマを押さえた演出で丁寧に描いていきながら、クライマックスでは映画ならではの興奮が用意されているんです。しかも、興奮のクライマックスに、ドラマの帰結点が移行され、そこでドラマで描かれたすべてが浄化されていくという構成になっているんですよ。それが、映画を作る人間として、すごく惹きつけられるんですよね。『眉山』の原作を読んだときにまず魅力を感じたのが、小さなドラマからある種の高揚感、興奮状態に、物語を持っていくことができるということ。実は、これが自然にできる物語というのはなかなか珍しい。それで、これは面白くなりそうだと感じて取り組むことにしたわけなんですよ」
犬童監督がまず重要視したのが阿波おどりだった。監督はなんとのべ2万人近いエキストラを集め、見事“徳島の阿波おどり”を再現させた。
「撮影が決まり、初めて徳島の阿波おどりを見たわけなんですが、本当に感動しました。あれほどすごいとは思っていなかった(笑)。そのすごさを映画で頑張って伝えましたが、実際は街中であの光景が繰り広げられているわけですからね。それで、これなら娯楽映画としての興奮も伝えられると確信した。だから、阿波おどりのシーンは本当にしっかり撮影しないといけなかった。ここにお金をかけなくちゃダメだ、って(笑)。驚くことにプロデューサーもスタッフもみんながそう思ってくれてたんですよ」
阿波おどりのシーンに全力投球したのは、踊り手たちも同様だった。
「撮影のために彼らに踊ってもらうわけですけど、何度かやりなおして撮影するので、そのたびに踊り手たちは何度も同じ踊りを踊ることになるわけです。で、カメラを止めて“じゃ、戻ってもう一度”と言うと、好きな踊りを踊りながら戻っていくんです。歩いて戻ったっていいんだけどね(笑)」
母と娘のすれ違いの物語は、やがて大輪の花が開くように、歓喜にみちたクライマックスを迎える。
「そのクライマックスには、どうしても総踊りを使いたかった。総踊りは、有名な“連”の人たちが1カ所に集まって踊る大事な踊り。1日に1度、夜の最後にしか踊らないから、最終日であればそれを踊ったら次の年までは踊らない。そのせいか、踊る人たちの表情も本当に楽しそうなんです。生きていることが楽しくてしようがない、という感じ。生きることへの迷いや疑問なんてものが、さしはさまれることのない、エネルギッシュで幸せな世界。まさに歓喜の踊りです。それを、この映画に残しておきたかった。“ただただ、生きていることが最高だ”なんて、そんな気持ちになれることは、普段なかなかないでしょう(笑)」
母と娘を演じるのは、宮本信子と松嶋菜々子という世代を代表する女優たちだ。
「松嶋さんはフォトジェニックで、フィルムに映ったときにも本当に美しく映る。“頑張っている感”がしないのもいいんですよね。熱演してます、みたいな(笑)。しかも付属物が無いのがいい。彼女に言わせると、役を演じるときに邪魔になるから自分がどういう人間かが、あまり伝わり過ぎないほうがいい、と言うんです。でも、これはある意味正しい姿勢ですよね。一方、宮本さんは10年前よりすごくなっている感じがしました。いるだけで存在感のある人だったけど、それがさらにパワーアップしている(笑)。彼女に対抗できる役者はそうそういないと思いますよ」
そんな2人がドラマで見せる“美しさ”が、より人物への共感を深めていく。
「彼女たちを美しく撮りたいという気持ちは前提としてありましたからね。市川崑の『細雪』の4姉妹のように、その土地、その時代に生きている女性の美しさを見せたかった。実は、あまりドラマがリアルになりすぎて美しさが損なわれるのは嫌だったんです。だから宮本さんが演じる龍子と、松嶋さんが演じる咲子が言い争っても、ある種の美しさを残してある。でも、特に女性にとって、ヒロインの美しさって重要でしょう。僕がそれを最初に実感したのは中学生時代に、女性たちが『エマニエル夫人』を見に劇場に殺到するのを見たときですけど(笑)」
生きることへの喜びを純然と訴える阿波おどりの音色が、母と娘のすれ違った心を感動のラストへと導いていく。阿波おどりのシーンだけでなく、全編にわたって音と映像で物語を語った作品、と犬童監督は言う。ぜひ映画館で臨場感とともにドラマと興奮を感じてほしい一本。

(本紙・秋吉布由子)