
vol.309
INTERVIEW
“タブー”を越えて命を見つめたドキュメンタリー
『ブリッジ』監督
エリック・スティール
アメリカ西海岸サンフランシスコの観光名所としても有名なゴールデンブリッジ。全長2790メートル、高さ230メートルのこの美しい橋を1年間にわたって撮り続けた一本の映画が、公開から大きな議論を巻き起こした。本作のカメラが見つめたのは、自殺の名所・ゴールデンブリッジで自殺を決意した者たちの姿である。
雲のような霧がオレンジ色の橋にかかり、空の青を背に、オレンジ色の橋がその巨躯を美しく輝かせる。そのまま絵葉書になりそうな光景の片隅に、死を選ぶほどの絶望を抱えた人がいる…。その現実を初めて直視した映画『ブリッジ』。『アンジェラの灰』のプロデュースなど、命を見つめた名作を世に送り出してきたエリック・スティールが、初めて自分でメガホンをとり、タブーを越えて命の尊さを訴えるドキュメンタリーだ。
「昔から、映画作りには興味があったんです。親戚がドライブインシアターを経営していたりしたこともあって」
時おり目を細めながら、穏やかな口調で語ってくれるスティール監督。
「39歳のとき、ゴールデンゲートブリッジに集まる自殺者について書かれた新聞記事を目にしたんです。その瞬間、このテーマが自分の映画として“見えた”んです。あのとき、私は弟をガンで亡くし、次いで妹も交通事故で失っていました。私たち家族は、絶望のただ中にありました。それでも私は自殺を考えるようなことは無かったけれど、でもそういう絶望を知っているだけに、死を選ぶ人たちが遠い存在とは思えなかったのです。彼らについて描くことは、私にとってそう違和感のあることではなかった。すぐ隣りの世界を描くようなものだったのです」
監督は、1年間かけてゴールデンゲートブリッジにカメラを設置し、毎日撮影し続けるプロジェクトを開始する。
「カメラのオペレーターを10人ほど募集するため、大学の求人欄などに募集広告を出しました。もちろん最初から“飛び降り自殺を図る人たちを撮影する”などと言ってしまうとサンフランシスコ中に広まってしまう。それで単に“ゴールデンゲートを1年間撮影するプロジェクト”として募集しました。当初はサンフランシスコにオフィスが無かったので、面接は橋の近くのスタバ(笑)。そうやって会って話していると、ある瞬間が訪れるんです。この人なら、話しても大丈夫だという、ね。なぜ自殺者の姿を追うのか、どれだけ深く真剣に関わってもらわなければいけないか、じっくり話をしました。もちろん、中には自分には無理と辞退した人もいます。でも最終的に集まってくれたスタッフたちは、うつ病や自殺した知人がいたり、皆、自殺という行為についてちゃんと考えようという意識のある人々ばかりだった。今も、彼らの一人にメールを送ってたんですけど(笑)、当時もよく一緒にボーリングをしたり、皆で集まる会を企画しました。皆が一丸となってくれることが重要だったんです。なぜなら、彼らはあの1年の間に、普通の人が一生かけて見る以上のものを、見てしまうことになるから。それだけに、互いが互いのことをケアできる環境にしたかったんです」
しかし誰もが作品の製作意図を理解してくれたわけではなかった。
「2005年の2月、ゴールデンゲートブリッジの管理局に“こういう映画を作っているので対話に参加してもらえないか”ともちかけた。すると彼らはそれをマスコミに話してしまい、悪趣味な映画を作っている、って大騒ぎになってしまったんです。おかしいのは、ほんの1秒もそのフッテージ映像を公開していなかったということ。誰もこの映画を見ていないんですよ。結局、すぐに地元の精神科医たちなどのコミュニティーが “これは自殺を止めるために作っている映画なんだ”と言ってくれたんですけどね。中には“自殺についての映画を作るなんて一線を越えてしまったんじゃないか”と思っている人もいたと思うけれど、作品が完成するとニューヨークタイムズなどの主流紙でも良い批評が出るようになりました。でも、観客にありのままを見てもらうのが一番いいことですよね」
スタッフと監督は毎日2人体制で撮影についた。彼らの通報のおかげで自殺を食い止められたケースもある。しかし…
「1年間で、あの場所での自殺について膨大な量の情報を得たと思います。例えば男性のほうが女性の3倍多いとか、4月5月に自殺者が集中しているとか、霧のときはあまりいないとか…たぶん水面が霧で見えなくなるからではないかと思うんですが。でもそういった“外側”のことから、自殺者の内面を判断することなどできないのです。何十分も涙を流していた人は何人もいましたが、不思議なことに彼らのうち1人も飛び降りた人はいなかった。反対に、携帯電話で話していたり、自転車に乗っていたりする人が急に飛び降りてしまったことがあった。私もゴールデンブリッジでサイクリングをして楽しかった思い出があって、よもや自転車に乗っていた人がそんなことをするとは思いませんでした。統計的なことにとらわれずに、一人ひとりの問題として見つめるべきだと思います」
監督は、遺族や親友に合い、残された者の心を伝える一方、その話をつなぎ合わせ、自殺者たちの“生”も描いていく。
「とてもリアルで難しい問題を描いた映画だとは思います。確かに心の平穏を乱されるかもしれません。それでもこの映画によって、世界や身の回りの人に対する見方が、ちょっと変わるはず。そう願ってます」

(本紙・秋吉布由子)