
vol.317
INTERVIEW
日本映画界の“美しきひと”
『夕凪の街 桜の国』
麻生久美子
広島の空に向かって、心の中でずっと話しかけていたんです
平成16年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞をはじめ各賞を受賞したこうの史代の同名コミック「夕凪の街 桜の国」を『半落ち』の佐々部清が監督。原爆投下から13年後の広島で、穏やかな日常を過ごしながらも原爆症に倒れてしまうヒロインを演じるのは、映画ファンもその存在感、演技力、そして美しさに一目置く女優・麻生久美子。
今回演じた平野皆実は、被爆の記憶を抱える26歳の女性。同年代であっても戦争を知らない世代である以上、大きなプレッシャーがあったという。
「本当に、すごいプレッシャーでした(笑)。でも、(皆実は)女優をしてきて初めてどうしても自分が演じたいと思った役だったんです。ただ、自分が演じたいのはいいけど、どう演じたらいいんだろう、と。戦争も原爆も体験していないし、そういうことをきちんと勉強していなかった。これまでのように、そのまま撮影に入って、現場の雰囲気を大切にしながら演じればいいかというと、それでは絶対に失敗すると思ったんです。だからまず、何も知らない自分を何とかしなきゃ、と。思いつく限りできることは全部しました。広島と長崎にも行き、映画や写真集、資料本を読んだり。その後はもう…想像と祈りの世界でした。東京と長崎で挨拶をしてきたんです。原爆で亡くなられた方の慰霊碑に、“こういう映画を撮らせて頂きます”と」
今、そう言ってほほ笑む彼女はとても穏やかだが、悲惨な事実をひとつひとつ受け止めることは、つらかったのでは。
「最初のうち、当時の写真を見るのがものすごく辛くて。決して見慣れてくることなんて無いんですが、皆実を演じるには、その光景が当然のように頭の中に焼きついてないといけないんです。だから、本当に脳裏に焼きつくぐらい、写真を見ました。いろいろ知っていくと、怒りや悲しみ、いろんな感情が沸いてくるんですけど、そのうち不思議と使命感のようなものが生まれてくるんですよね。私、29歳になったんですけど、この歳で戦争のことを何も知らないなんて、それでいいわけがない、と思うようになったんです。自分が知らなくていいなら、自分より年下の世代やこれから生まれてくる子供たちも知らなくていいということになってしまう。それではいけない。これは絶対に伝え続けていかなければいけないことなんです」
本作が、いわゆる“戦争映画”と異なるのは、戦後の穏やかな日常を描きながらも、原爆や戦争の悲惨さとともに、命の重さを伝える作品であるところ。観客が、原爆を体験した主人公を、夢を持ち恋をしている1人の女性として受け止められるのは、麻生の演技によるところだ。
「現場では、自分は皆実だと思っていました(笑)。基本的に私は、撮影期間中でも現場を出ればいつもの自分に切り替えられるほうなんですけど、今回はずっと皆実と重なっている感じでしたね。常に皆実が自分の中にいるけれど、自分の生活も普通にできている。確かに撮影中はいろんな感情が湧いて、つらくもあったんですけど、幸せでもありました」
皆実が憧れの打越に戦争の記憶を打ち明ける場面の撮影は偶然にも8月6日。
「なぜかあのシーンの撮影をしようとすると雨が降ったりしていて、やっと撮れるという日、 “あ、8月6日だ”…って気づいたんです。そのときはすごく不思議な気持ちになりました。8月6日に、被爆体験のつらさを語るシーンを撮ることになるなんて、力を与えられたようにしか思えなかった。原爆で亡くなった方たちがもしかしたらこの映画を応援してくれているんじゃないかって…私の思い込みなんですけど。自分が広島にいる気持ちになって、撮影の合間合間にも、空を見ていました。心の中で“ありがとうございます”という気持ちを、ずっと話しかけていたんです」
やがて皆実の穏やかに日常に、恐れていた原爆症という影が差し込む。
「(息を引き取るときの)皆実の気持ちは、怒りや悔しさもあったと思いますが、何より感謝の気持ちが先にあったと思うんです。そのとき彼女の目の前にいるのは、大事な人たちでしたから。(ナレーションとして流れる)彼女の最期のセリフは、自分が死ぬことの意味を求めている言葉だと思うんです。それに気づいたときは、とても怖くなりました。戦争は終わったのに、これから自分は死ななきゃいけない、それをたとえ原爆で自分を殺そうとした人だとしても喜んでくれる人がいないなら自分が死ぬ意味なんてない、と。原爆のことを除けば、彼女は幸せだった。悔しいですよね。ただ、彼女は好きな人とも思いが通じて、日常も平和で幸せな姿が描かれていますよね。だから彼女自身は幸せだったことも多かったと思うんです」
平和になった今、もし皆実に何かしてあげられるとしたら、何を?
「ああ、そうですね…やっぱり、命を延ばしてあげたいです」
今村昌平作品『カンゾー先生』以来、評価され続けている彼女だが、この映画がもたらした変化は大きかったよう。
「戦争のことを自分たちが伝えていきたい、という気持ちに変わりました。それと実は自分は女優に向いているんだろうか、と悩んだ時期があったんです。でもこの作品に出会って、そこから抜け出せたんですよね」
彼女が本作を大切に思う気持ちは、マネジャーさんにも伝わったようで、彼女の演技を見た(麻生さんいわく“泣くタイプじゃない”)マネジャーさんも「麻生について6年なんですけど、現場で初めて泣きました(笑)」とか。
近年ではテレビドラマ「時効警察」でコミカルなイメージにも挑戦。新たなファン層が広がっている。本作で見せた演技は、まさに “麻生久美子にしかできない仕事”。彼女が演じた命の輝きを、共感してほしい。
(構成・本紙 秋吉布由子)