狂おしく“彼”を思う“私”。“彼”を失うまいとあがく“僕”。“私”を失い、自失し続ける“俺”――。金原ひとみ、初の短編集『星へ落ちる』は、3人の男女(正確には4人のはずだが)が生きる恋を描く連作短編だ。金原としては初めて「私」以外の人称を使っての作品となる。 「女性の視点だと偏ってしまうというか、やはり書けることが限られてしまうんです。新しいことに挑戦したいという思いもありましたし、技として身につけたいという思いもありました」 という金原。“私”以外の視点、特に男性の一人称にはびっくりさせられる。今までの金原作品にはなかった男性視点に戸惑う読者もいるかもしれない。“私”視点の第一章から、“僕”が語る二章に入ったときに突如その違和感が訪れる。“僕”は“彼”の元カレで、会ったことのない“私”を憎悪し、離れていく“彼”を引き止めるために時にはかいがいしく料理を作り、時にはリストカットする。 「男性視点は書いたことがなかったし、躊躇もありました。日常的に男性がどんな事を考えながら生きているのか、それは未知の世界なので。でも2人の男性、それぞれに共感できる部分を見つけることによって、うまくシンクロすることができました」 “私”の敵が男である分、私と僕の対比は一層ビビッドだ。 「連作短編という書き方のおかげもありますけど、1人の視点と全体の視点、両方から描いて立体的に見せることができたと思います。“神の視点”のようなもので、逆にそこにある世界から何を拾いあげて描くかが大切になってきました。だからその分細かいところ、ディテールにこだわっていきました。定点カメラで撮っているように、自然に流れていくように心掛けましたね。『彼だったらこう考える』ということを、深く考えるというよりはインスピレーションに頼る感じでふさわしいディテールを探したんです。心理描写にも重点を置いて、感情の動きも表面からなぞるように書いていきました」 今までの金原作品では、読めども読めども、そこに存在しているにも関わらず、手のひらからこぼれおちてしまう“私”に対する不安があった。掘り下げるのはなく、あえて表面をなぞるように人々の心の動きを追った本作では、その“不安”がより強く不可視化されている感がある。 「章を追うごとに、“私”が同じ人物なのに、見えているものがどんどん変わっていきますよね。ある種の恋愛をしていると、なぜか女はそうなってしまうことがあるんです。1章、3章、5章が“私”なんですが、人格が少しずつ変わってしまうし、その変わり方は堕ちていくさまとも取れるんですよね」 “彼”を手に入れた“私”は、“僕”への気遣いをやめない“彼”に抱いた不安をますます募らせ、薄氷を踏むように生きるようになっていく。その様は、“彼”を失いつつある“僕”、“私”を失った“俺”の生き方とオーバーラップしていく。 「そうなっていくのはすごく当然のことであって、付き合っていても感じてしまう孤独は、人が変わっても、状況が変わっても同じなんだと思います。最後は、“私”“僕”“俺”の3人が溶け合っていく。当然といえば当然のストーリーなんですけど、恋愛っていうのは、理由は分からないけどそうやって不安になっていくんです。だからこそ恋愛に地獄のようにハマってしまうと思うんですよ」 恋愛に生きるのは――例え結婚というひとつのゴールを迎えたとしても「幸せか不幸なのか分からない」。しかし、「それが普通のこと」なのだ。 「恋愛を宗教のようにして生きる人もいる。そういう人には共感してもらえるんじゃないかな」 “彼”の一人称がないのは「“彼”の一人称はつまらないから」。“私”“僕”“俺”、3人の姿は、そうやって恋愛に生きることの不安と幸せを、深く、深く心に刻んでくれている。