
vol.336
『神の棄てた裸体〜イスラームの夜を歩く』著者
石井光太
最近、書店のノンフィクションのコーナーで話題を集めている本がある。戒律が厳しく宗教による抑圧があるといわれるイスラーム教徒の性の営みに焦点をあてた一冊『神の棄てた裸体〜イスラームの夜を歩く』がそれ。著者の石井光太(30)は2005年にアジアの物乞いをする障害者を取材した『物乞う仏陀』を発表。処女作にして大宅壮一ノンフィクション賞の候補作となって注目を集めた。そして2年前、半年以上に渡ってイスラーム諸国を旅した。現地の売春宿や置屋で住み込みで働きながら彼らの生活に密着し、入り込み、恐らく心を許した者にしか打ち明けないであろうさまざまな話がこの本には描かれている。
大学1年の時に、パキスタン、アフガニスタンを旅した。その時の衝撃から「ノンフィクションを書きたい」という衝動が生まれた。
「両親がイギリス、弟がアメリカに留学していて、僕は漠然と欧米は嫌だなと思っていた。どっかに行きたいなとは思っていたんですが、選択肢としてアジアがあった。そしてたまたまアフガニスタンの難民キャンプにたどりついて、思うところがあった。そのころのアフガンというのは世界中からが捨てられていた時期。内戦が続いて、世界中が無視していた。タリバンが現れて政府と戦争していた。そんななかで難民というともっと捨てられていた存在だった」
そんなアフガンはもちろん、石井の赴く地は安全な場所ではない。衛生面でもかなり危険が伴っている。実際、何度も原因不明の高熱にうなされたこともある。正直怖さというものはないのかと思う。
「めちゃくちゃ怖いですよ。でも単純に自分のなかで、書きたい、書かなきゃいけない、という思いが強くなって行くから仕方がない」
石井の本を読むと、日本とはなんと平和な国なのかと思う。そして日本という国に生まれたことにホッとする。
「僕は日本って素晴らしい国だと思う。こんなに自分に合っている国はないと思うし、こんな親切で優しい国はないと思う。ジャーナリストと呼ばれる人の中には日本を非難する人もいますけど、僕は素晴らしい国だと思う。とにかく人が優しいし親切です。ただ書くということを前提とすると、日本はすべてが細分化されていて難しい。例えばイスラームの性という漠然としたテーマがあって。このイスラームの性というのは戦争と結びついている。そして戦争そのものが国の問題と結びついている。日本の場合、売春を取材してみると家庭の問題になったりする。家庭の問題は国の問題に結びつくかというとそういうわけでもない。じゃあ日本の性を描いたからといって、日本というものを描けることに直結するかというと、また違ってくる。たとえばイラク人の売春婦を取材したとき、イラク戦争の悪夢を見て、だから売春をしているんだと言う。イラク人女性の性を見ることによって、その国の象徴みたいなものを見ることができると思う。それは象徴が国に占める割合によってくる。それを考えるとテーマとして日本の性というのは細分化されているので、ひとつを取りあげて話を書くのはすごく難しい」
石井は著作のなかで大上段に構えて正義を語ったり、ことさらに同情を買うような書き方はしない。政治を語ることもない。
「僕は問題提起しかできない。結論を出すのは読んでいる人で、なにかをしようとか言いたくて書いているわけではない。それを読んで感じて自分なりに何かを考えてほしい」
そして画一的な物の見方に常に疑問を持つ。
「固定観念みたいなものをまず崩したい。日本の新聞、テレビ、論客の言っていることはその場に行ってみると180度違うことが多い。“大局的にものをみるのが素晴らしい、抽象的に物をみるのが素晴らしい”というのは、それは冷戦から続いていた善と悪の二項対立の中では有効なものだったかもしれないけど、今だってテロじゃないですけど、もの凄く細分化されてかつ多様化している。そうなると見なくてはいけないものは大局的なものではなくて、ごくミクロの視点でみたときにどう感じるかというのが凄く必要になってくると思うし、それをしないとグローバル化されるなかでどんどん誤解が増えていくと思うんです。だからこそ大局的に画一的にものを言うんではなくて、まず一対一で会ってみて、そこで何を思うか感じるかということに焦点をあててみて、そうすることで見えてくる世界は今まで僕たちが知っていた世界とは違うんではないか、ということを僕自身はやりたいと思っている」
このインタビューの後、日を空けずして石井は次の取材地であるアフリカに旅立った。もちろん期間は未定。
「今度は日本というテーマを追ってみたい。日本人が持っている日本のイメージってあると思うんです。ソニー=素晴らしい製品、トヨタ=素晴らしい自動車=日本は素晴らしいといったような。外国人が見ている日本の像があって、多分外国人はこう思っているという認識が日本人にはある。それが日本人としてのアイディンティティになっているところもあるんだろうとも思う。だから外国に行って威張る日本人がいたり、企業でもそういうようなスタンスで接するんでしょうし。でもソニーとかトヨタを使用する人間は海外でもわずかな人たち。ごく一部。少なくとも途上国では限られた超エリートしか使えない。それ以外の8割くらいの人は使えない。そういう人には日本=ソニーじゃない。たとえば戦場で会ったら日本=トヨタ=トヨタは戦車の代わりに使われているとか、そういうような状態になっている。彼らが考えている日本人像というのは、僕らが考えている日本人像と絶対違う。凄いギャップがあると思うんですよ。それは戦争の記憶と一緒で。第二次世界大戦だって、取材者の立場によって全然変わってくると思うんです。従軍慰安婦を日本軍が作って悪いことをした。日本は加害者だという面があるとします。でも日本人と関係を持った人のなかには、現地の被差別民というのもいたりするんです。この被差別民が日本軍の軍人の愛人になったとしますよね。そうなったときに、その国では嫌われているのに、日本人は愛してくれるわけじゃないですか。そうするとその人は日本人と関係することを嫌なことだと思わなかったかもしれないわけです。そんなふうに考えたときに僕らの思っているものと違った構図が見えてくると思うんです。そういうものをいくつか集めることによって僕たちが持っているアイデンティティとしての日本とは違った日本人像を描いてみたいなって思うんです」
(本紙・本吉英人)
出版:新潮社 価格:1575円(税込み)
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