
vol.365
『ジャージの二人』主演
堺 雅人
NHK大河ドラマ「篤姫」では“うつけ”の将軍役で、映画『クライマーズ・ハイ』で熱血記者役で。旬な作品でまったく異なる役柄を演じる俳優・堺雅人。最新作『ジャージの二人』で着るのは…!
案外似合ってショックです。(笑)
「お芝居の稽古などでジャージーを着ることはありますけど…さすがにもうちょっとアップトゥデートなデザインですね。衣装合わせでこのジャージーを着たときに、観念しましたけど(笑)」
なぜ、いま話題作への出演が続く堺雅人に、よりによってジャージーの話を尋ねているかというと…。19日から公開となる最新作は、都会の喧騒から離れて、ジャージー姿でのんびりとした日々を送る、ちょっぴり変な父と息子の夏休みを描いた物語。そのタイトルがずばり『ジャージの二人』というわけ。
「ジャージーはいわゆる制服ですから、人の個性を消す性質を持っていますよね。それが、着ていてけっこう心地よいんです。役者の制服があればいいなあ、と思うくらい。それを着ていれば、誰からもダサいなんて言われることもないですし(笑)」
でもジャージーは…。
「似合わないだろうなと思っていたんですけど、わりと似合っていて…結構ショックでした。案外イケる、と(笑)」
原作は芥川賞・大江賞作家、長嶋有の傑作同名小説。監督は『アヒルと鴨のコインロッカー』などで巧みな人物描写が評価された中村義洋。
「本作の話を頂く前のことですが『アヒル――』のとき、原作者の伊坂幸太郎さんが監督をとても信頼していた、という話を小耳に挟んだんです。そのときから、原作者にそこまで信頼される映画監督ってどんな人だろう、と思っていたんですよね。その秘密を知りたいな、と」
撮影を終え、その秘密はつかんだ?
「結論からいうと…よく分かりませんでした(笑)。ただ、原作に忠実に作られているわけでもないのに、映画を見終わったあとの感じと、原作の読後感が、それほど違わないように感じたんです。何か、通じるものがあるような気がして。それが何なのか…僕が思ったのは、1つには推敲の上手さ、でしょうか。エピソードをポツンポツンと置いていく、その余韻がまた何かを感じさせていく…。原作者の長嶋さんは俳人でもあるんですが、小説家・長嶋有の文体にも、俳句的な余韻を感じるんですよ。それ、中村監督は映画の中に生かしているのかもしれない。監督は、撮影中に“この作品の登場人物は本当に言いたいことをしゃべらない人たちなんだよね”とおっしゃっていたんです。本当に言いたいことは言葉にしない人たち…。一見関係のないエピソードが続いているように見えたり、くだらない話をしていても、心の中にある思いがなんとなく伝わってくる。まあ、原作と映画と両方見ていただけば分かってもらえると思います。監督が原作者の方に信頼されるのは、原作を何より愛しているから…なのかもしれませんね。どういう形であれ、監督は最低限でも、原作への愛を持っていなければいけないんだろうな、と中村監督の仕事を見ていて感じました。監督にまたお会いしたいなあ…。伊坂作品の魅力の話などもしてみたいです」
堺が演じる“息子”と夏休みを過ごす“父”を演じているのがロックバンド「シーナ&ロケッツ」の鮎川誠。
「隣りにいてこんなに心強い先輩はいないですよ。鮎川さんのインタビュー記事、泣けますよ。愛があるんです。“若い人からビートルズの一番いいアルバムはと聞かれるけど、一番いいアルバムなんてない。最短距離で行こうとすると遠回りしたり、回り道をしたつもりが実は一番近道だったりするもんなんだよ”って…まさにこの物語の父親ですよね。表現する楽しさを知っているという姿勢は、音楽とか芝居とか関係なく、人を魅力的にするんだな、と感じました。…ベタぼれですね(笑)」
自分のことより監督や共演者へのリスペクトを語るとき彼は饒舌になる。
「現場では、相手にそんな話はしませんよ(笑)。そもそも男同士って、あまり向かい合うということがないんですよね。この父と子もそうですけど…一緒に同じものを見ていたい。共演の方や監督に対しては、照れくさいところもある。この父子の写真のように、鮎川さんとも隣り合って同じものを見ていました」
嬬恋で、本当に夏休みのような撮影現場を過ごしたという。
「実際に、僕も撮影の合間に美術部が用意してくれたマンガを読んでいたり、鮎川さんも(劇中でしているのと同じ)テレビゲームをやっていたり。スタッフもスタッフジャンパーとしてジャージー着用でしたから、本当にみんなでそこに住んでいる、という雰囲気でした。しかも夏の嬬恋。これほどいい仕事もないですね(笑)」
どんな夏休みが理想的?
「僕は夏休みには里帰りをするんですが、理想の里帰りは東京に帰ってきたときに人に話すことがないんです。この父子もそうだと思うんですよね。彼らは東京に帰っても“トマトが増えちゃってさ…”なんて話はしないと思う(笑)。そんな夏休みでも、彼らが豊かな時間を過ごしたことは、観客に伝わると思うんですよね」
一本一本、その作品を愛している。
「(「篤姫」の家定役は)ああいうエキセントリックな役は久しぶりでしたし、楽しかったですよ。でも途中から、エキセントリックであることに、それほど重要さを感じなくなりました。ヘンな行動をとっても普通に話をしても、家定は家定なんだな、と。(映画『クライマーズ・ハイ』で演じた)佐山が、またカッコいい役なんですよ。あれはずるい。僕に娘がいたら、佐山みたいな人と結婚してほしいです(笑)」
ますますファンレターも増えているはずだが、必ず目を通すという。
「もちろん感謝して読んでます。でも僕は、ファンレターを送らない人の思いも、見えない力として働いて次のオファーにつながるという無邪気な幻想を持っているんです。一つひとつの仕事にきちんと応えるということが、僕と世界をつなげている。それが途切れたときは、僕が俳優をやめるときでしょうね。つまりオファーが来なくなったとき。…なんてね(笑)」
一つひとつの仕事を愛する彼に対して、“話題作に出演”という言い方はかえって失礼なのかもしれない。
(本紙 秋吉布由子)