演劇の最前線にいるクリエイターが集結
撮影・蔦野裕(JAM photo works)
劇作家で演出家の野田秀樹が7月に池袋の東京芸術劇場の芸術監督に就任して3カ月が経った。「野田秀樹 芸術監督就任記念プログラム」としてこれまで2作品が上演された。どれも野田の芸術監督としての姿勢を示す作品だ。そして現在、小ホール1では自作の『ザ・ダイバー』日本バージョンが上演されている。就任記念プログラムは『ザ・ダイバー』後はさらに新たな展開を見せ、9月25日からは「芸劇が注目する才能たち。」をピックアップする『芸劇eyes』という企画が始まる。これは小ホールを若い、元気のいい面白い劇団にたくさん参加してもらって、芸劇を活気づける大きなエネルギーとしたいという思いから始まったプロジェクトだ。『ザ・ダイバー』上演中の13日に、このプロジェクトに参加する劇団から岩井秀人(ハイバイ)、青木豪(グリング)、長谷川寧(冨士山アネット)の3人が芸劇にやってきて、野田との対談が実現した。
長谷川寧
(冨士山アネット)
対談は「なぜ若い人たちにここを使ってもらいたいと思ったのか」という質問に答える形で野田が口火を切る。
「生命体っていうのは若いほうがいいわけ。持っている(人生の残り)時間も長いわけだし。そういう世代が日本の演劇を支えていくのは間違いない。その意識がちゃんと形にできるような劇場にしたい(と思った)」
そしてこうも続けた。「若いということはいいことなんですよ」
ここで語られる「若さ」というのは表面に表れる元気の良さということではない。若い生命体にしか出せない、傲慢さであったり失礼さであったり。野田はそれを「表現としていい」と感じる。表現とは傷をつけることであったりするわけで、若いうちはそういうことがより自由にできるのだという。そしてそれが劇場を動かしていくうえでの大きな力になるのだと。
ここで野田に対して岩井から根本的な質問が飛びだした「自分は芸術監督になりたいと思ったことがない。野田さんが芸術監督に就任した理由はなんなのか」と。
この質問に野田は日本の演劇環境について考えるようになったときに見えてきた状況を例に上げ、自らが芸術監督就任を受諾した背景を語った。それは「劇団システム」の弱体化による弊害が作品の質の低下を招いているのではないかということ。それに対する手段としての劇場の必要性とかあり方について語った。かつての劇団が果たしていた機能を劇場に求めたということか。
青木豪
(グリング)
また、次回公演でいったん、劇団としての活動を休止するグリングの青木から、集団を継続することの難しさが話題に上る。端で聞いている分には面白い話なのだが、当事者にとっては笑えない大問題だ。そこでも野田はバッサリと断を下す。
「状態がいいときは劇団の不自由さって感じないんだ。感じだしたときっていうのは解散に向かっているとき。休団って言ってるけど、休団はやめたほうがいい。すぱっとやめたほうがいい。やりたくなったらまた新しくやればいいんだから。ホントはね」
一方で、集団として疲弊してアネットというカンパニー形式になったという長谷川は「僕は劇団という意識は薄いんです。もともと劇団で、今はダンス系のことをやっているんですが、コンテンポラリーダンスってもともとメンバーという感覚が薄い。いろんなところに掛け持ちでメンバーになっている人が多いんですね。僕のところはダンサーだけでなく役者も使ってますが、コミュ二ティーとしての意識は薄いですね。でもカンパニー化するメリットは感じています」と言う。こういう意見を聞くとやはり「劇団」という単語ではくくりきれない多様化した現在の演劇シーンも浮かび上がってくる。
そして野田は自らの体験をもとに若い劇団にアドバイス?を送る。
「僕が自分の劇団を17年やって解散した理由は、何にも悩みを持たずにやれたときっていうのは、千秋楽を終えて翌日か翌々日にみんなが集まってきて、また何かを始めるんですよ。普通の稽古を。それが劇団なんです。千秋楽終わって次に会うのが次の稽古初日だったりすると、これはプロデュース公演と同じなんだな」
岩井秀人
(ハイバイ)
かくいう野田が現在活動するNODA MAPはプロデュース公演の形を取っている。「では野田さんはどうやってプロデュース公演の弊害について対策を立てているのか」という質問が飛ぶ。野田の答えはワークショップ。
「僕がワークショップを始めたのは劇団を解散したときにどういうことで自分の演出のやり方とかを知ってもらおうかと考えて始めた。作品のためじゃなくても、役者さんと会っておくと、向こうだってこの演出家と肌が合うかどうか分かるということもあるじゃないですか。僕の場合、今は劇団じゃないから毎回プロデュース公演になっちゃうわけでしょ。いきなり稽古初日にキャスティングした人と初めて会うというのはお互いにとって凄い不幸なことであって。稽古初日に“こんな演出家と仕事するなんて失敗した”って向こうが思うか、オレが“失敗した”って思うか。いずれにしても長い稽古の間凄い不幸が続き、それを見せられる観客が最も不幸なわけよ」
◇ ◇ ◇
野田秀樹がよく口にする言葉に「演劇の力」というものがある。長い間演劇界を引っ張ってきた人間の経験と実感から出る言葉なのだろう。個人はもちろん、世の中をも動かす力があるということを野田は経験として分かっている。確かに若い演劇人からしたら現実味の感じられない言葉に聞こえるかもしれない。
しかし、この7月からのラインアップで、演劇を見るために初めて、もしくはめったに来ることのなかった池袋に足を運んだという観客もいたという。25日からの『芸劇eyes』でも、これまでの作品に負けないほど、今まで池袋に足を向けなかった観客を集めることができたなら、それこそが野田の言う「演劇の力」であり、若く活気のある劇団を登用することの意味なのだろう。
野田秀樹が語る「劇団のあり方」
「自分が劇団を始めた20代のころというのは劇団というものが機能していたと思う。劇団というものを見るということとか、劇団同士の緊張関係といったこととか。芝居を取り巻くそういう現状があった。たとえば勢いのある時は劇団は機能している。それは今でも。だけどある時期から“なんで劇団である意味があるの?”っていう機能の仕方になってくる。そういう状況になるとモノがだんだん作りにくくなる。そして、ある種のプロデュース公演のような形のものが幅を利かせてきて、ある事情とか都合でお芝居が作られていくことが増えてくる。これは現場にとって不幸なことだし、なにより一番不幸なのは見る人間。質が下がるから。そうじゃないことをするためには、演劇を作る現場サイド、劇団側から声を上げないといけない。今はそれがなくなってきている。じゃあ劇団を作れということかというと、今はそうではないと思うんです。それはそういう気持ちにもなっていないんだろうし。でもそこで、劇場はそういうことができる。劇場は場所を持っているから。芸術監督がいればいいとは思わないけれど、劇場という空間を持っているところが、非常にポジティブに自分たちから仕掛けをしていきながら活性化をさせれば、演劇はそういう力をもともと持っているものだから、もう一回生きるかもしれないなって思っているんです」(談)
◆バンコク・シアター・ネットワーク×東京芸術劇場共同制作『赤鬼』『農業少女』(小ホール1、小ホール2 11月19〜23日)
「芸劇eyes」
◆ハイバイ『て』(小ホール1 25日〜10月12日)
◆五反田団『生きてるものはいないのか』『生きてるものか』(小ホール1 10月17日〜11月1日)
◆グリング『jam』(小ホール1 12月9〜23日)
◆冨士山アネット『EKKKYO−!』(小ホール1 2010年1月)
◆モダンスイマーズ(小ホール1 2010年2月)
◆松尾スズキ演出『農業少女』(小ホール1 2010年2〜3月)