5年ぶりに再演の舞台『海をゆく者』に出演 吉田鋼太郎

舞台俳優として絶大な人気を誇り、数々の伝説の舞台にも出演。蜷川幸雄演出のシェイクスピア・シリーズの常連であり、名優として確固たる地位を築いてきた吉田鋼太郎。それまでもテレビドラマや映画など、映像の仕事でも渋い演技で知る人ぞ知る存在だったが、最近では女性を中心に“萌えるアラフィフ俳優”として大ブレイク。そんな吉田が奇跡の舞台と言われる作品に5年ぶりに出演する。

 2013年ごろから『カラマーゾフの兄弟』、『半沢直樹』、『MOZU』など、大ヒットしたドラマに次々に出演。渋い魅力とともに、その怪演ぶりで視聴者に強烈なインパクトを与えた吉田鋼太郎。今年の上半期のNHK連続テレビ小説『花子とアン』にも出演し、その人気を全国区にした。自分自身ブレイクしている実感はあるのか。

「大ブレイクなんて、プチぐらいです(笑)。若い女性に人気? いや、若い女性というより、主婦層に人気があると聞きますけど。朝ドラ効果なのか、若い女性というのはあまり聞かないです。最近街で声をかけられることが多くなってきましたが大体40歳から70歳ぐらいの方ですね(笑)。街を歩いていたり、お店に入ったりすると、“あの人だ! ほら…”って言われます。そんなことが以前より多くなってきましたね。でも自分的にはサングラスをして、帽子をかぶって、いかにも芸能人ですみたいなのって好きじゃないし、かえって目立つ気がするからこのまま普通に歩いていますよ。声をかけられるのは全然嫌ではないです。目立つのが割と好きなので、“ああ、俺も声をかけられるようになったんだな”ってうれしいぐらいで。声をかけていただけたら、できればいちいち立ち話をしたいぐらいなんですけど(笑)。なかなかそうもいかなくて」

 テレビでは“怖い人”の役が多いが…。

「ほんとに多いです。そして、やるならトコトンやってやろうみたいな感じがあるので、普段から怖い人なんじゃないかと思われている(笑)。映像って稽古がないじゃないですか。舞台は1カ月稽古をして、徐々に作り上げていきますが、映像は台本を渡されて、現場に行って、1回テストやって、次本番みたいな。だからその1回の本番にどれだけのものを持っていけるのかということをいつも考えています。そういう一発勝負の場面で、自分が経験してきたことや、舞台でやった演技を小出しにして使ってみる。そういうのを車に乗っている時とか、セッティングで待っている時に、ずっと頭の中で考えています。それをやった時にハマるかどうかは分からないけど、それがうまいことハマって、相手役の方もそれを受けてくれ、お芝居が成立した時の快感はなんとも言えないですね。逆に何か持っていかないと気持ち悪いんですよ。普通にしゃべっていると、今回は普通だなとか、何もできなかったなとか、目立ってなかったなとか思っちゃう。だから映像で、一発勝負に何を持っていくかっていうのを考えるのが今、楽しいですね」

 インタビューをしたこの日は10月17日から彩の国さいたま芸術劇場大ホールで上演される蜷川幸雄演出の彩の国シェイクスピア・シリーズ第29弾『ジュリアス・シーザー』の稽古の日。その後の舞台の稽古もそろそろ始まり、その合間にテレビドラマなど映像の仕事をこなすというハードスケジュールだ。

「実際大変です。今はこの稽古をやりながら、テレビの仕事が数本。この舞台の幕が開いたら、そのままドラマをやって、12月に公演される『海をゆく者』の稽古に入ります。役はごちゃごちゃにならないけど、さすがにちょっと体は疲れますね。一昨日はドラマのロケがこの稽古の終わったあとに入っていて、ロケ地まで自分で車を運転してその現場でのセリフを運転しながら暗誦していたんですけど、本番でなかなか出てこなくて。舞台の稽古で、“おお、ローマ人よ!”とかすごい大きな声を出してやっているので、現実の日常を描くテレビの世界の雰囲気になかなか切り替わらなかった(笑)。今まではそんなことあまりなかったんですけど、パッと切り替える集中力が…。休みはたまにポツポツと。でも結局仕事場に行かないだけで、セリフを覚えなきゃいけませんから、まるっきり休んでいるわけではない。とにかく常に何か暗記しなきゃいけないものがあるので、ずっと仕事をしている感覚です。特に今年は1年中セリフを覚えていたんじゃないかな」

 12月に公演する舞台『海をゆく者』は、5年前に上演され大絶賛された舞台の再演。しかも、前回とまったく同じキャスト(小日向文世、吉田鋼太郎、浅野和之、大谷亮介、平田満)で上演されるとあって、初演を見た人や、その評判を聞いた人から早くも期待の声が上がっている。

「そんなに評判よかったかな(笑)。いや、実際そういう声は聞きましたし、特に同業者である役者の方に褒めていただいた記憶があります。あんまり同業者同士褒めないんですけど、いろいろな方から面白かったって言っていただきました。ちょっとほろ苦いところがある芝居なので、人生のほろ苦さを味わったことのある40代後半の人には共感できるようです。でも当時は、出演者がおじさんばっかりで地味だし、どうなんだろうって(笑)。話もおじさんが酒飲んでうだうだ、ほぼ愚痴をこぼしているだけっていう。自分でやっていて、これは人が見て面白いのかなって少し疑問を持ちながら稽古をしていました(笑)。ですから本番に入っても、これって面白いのか?って不安になりつつやっていた思い出がありますね。また、栗山さんの演出がすごく細かいんですよ。動きも全部栗山さんがつけて下さるんですが結構大変。ずっと出ずっぱりの芝居なので、肉体的にも大変なのに、その細かい演出を全部間違わないようにきっちりやらなきゃいけないっていうのが精神的にも大変でした。だから再演って聞いて正直、“またあれをやるのかって”(笑)。キャストは、前回に引き続き、まったく同じメンバーですが、なにせもうおじさんばかりなので (笑)。だってほかの4人は全員還暦で、僕が55歳で一番下ですから。僕が一番年下の座組なんて、めったにないですよ(笑)。でも、やはり日本で指折りの名優の方たちですから、それは魅力的です。大谷さん以外は、5年前に初めて共演させていただきましたが、全然個性が違う。でも芝居をやるとすごくやりやすいんです。相手のことを考えてやって下さって、“自分が自分が”っていう方たちではないので。そうそう、後半のクライマックスで、ポーカーをやるシーンがあって、そこは本当に見せ場なんですけど、もう大変でね。先ほども言いましたけど、栗山さんの演出が緻密な上、ポーカーの手も作りつつ、芝居もやって、誰が勝ったとか負けたとかを繰り返しつつ…っていう複雑なシーンで、みんななかなか覚えられなかったんです。それでこれはちょっと稽古をしなきゃダメだということで、稽古時間の1時間前に集まって自主練をしようと。みんな稽古好きじゃないのに (笑)。でも自主練しないと間に合わないってことで、やるんだけどダメで。じゃ、1時間半前に集まろうってことになって、稽古前1時間半、そのポーカーのシーンをずっと練習していました。ベテランっていうと聞こえがいいけど、みんなもういい歳だからこれがなかなか覚えられない(笑)」

 初演と再演でまったく同じキャストが同じ役をやるのは珍しいのでは?

「そうですね。でもこのメンバー以外に誰を入れるのかって言われるとちょっと思いつかない。すごい人たちを集めたなっていうのは確かだと思いますね。まあ、もし仮にほかの誰かがここに入ってきたらかわいそうですよ。僕たちは、1回出来上がったものがありますけど、初演でいきなりそこに入ってやるのは大変かなと思いますね。だから、初演が終わった時点で、再演の話もあったんですけど、それがこのタイミングになったのは、このメンバーのスケジュールが揃うのを待っていたら、5年経っちゃったっていう感じかもしれないですね。みなさんお忙しい方なので。再演にあたり、役をシャッフルしようっていう話もあったんですよ。僕はそれいいなと思って。だって、大変なんですもん、僕の役。最初っから出っぱなしで、目が不自由で、それで大きな声で常にワーワー文句言っているアル中みたいな役(笑)。だからぜひシャッフルしてほしかった。小日向さんの役とかおもしろそうなので、あの役が良かったんですけど、残念ながら同じ役でした(笑)」

 名優たちの5年ぶりの伝説の舞台はどうなるのか。

「初演の時は、自分の腑に落ちたセリフが100%言えてなかったなっていう悔しさがまだ残ってるんです。そういうと前回が無責任だったように聞こえてしまうかもしれませんが、翻訳ものだし、栗山さんの演出も複雑で、実際それをこなすのが精一杯という初演でした。今回はそこをきっちりクリアして、100%役になって本番に挑みたいなと思います。でも5年ぶりなので、結局1からなんですよ。しかも5年経ってるから、5歳年取ってますます覚えが悪くなっている(笑)。きっと体も衰えているからどうなんだろう。またキャストのみなさんに会えるのはすごく楽しみなんですけど、お互いこの年の5年間の衰えってすごいものがあると思うので、ちょっと心配です(笑)。初演よりひどかったら嫌ですからね。個人としてはとても演じがいのある役で、いっぱいチャレンジしています。役の年齢が実年齢の10歳ぐらい上のおじいさんの役ですし、しかも目が見えない。その上、癇癪持ちで、常に怒っている。最近目が見えなくなったということや、平田さんが演じる弟との仲がうまくいっていないということで終始イライラしている。だから、目が見えず、常に苛立っている老人という三重苦を背負いながらも計算されつくした芝居をしなきゃいけない。そんな、三重苦に苦しみもがいている吉田をぜひ見に来て下さい(笑)」
(本紙・水野陽子)

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パルコプロデュース『海をゆく者』
どうしようもないオヤジたちの、クリスマス・ファンタジー


 アイルランド、ダブリン北部。海沿いの町にある古びた家。もう若くはない兄弟がふたりで暮らしている。大酒飲みの兄(吉田鋼太郎)は、最近、目が不自由になり、その世話のために戻ってきた弟(平田満)は、酒癖の悪さで何もかもを失い、禁酒中。クリスマス・イヴの今日も、陽気で開放的な兄は朝から近所の友人(浅野和之)と飲んだくれ、弟が会いたくない知り合い(大谷亮介)をカードに誘って弟を怒らせる。しかし、その知り合いが連れてきた見知らぬ男(小日向文世)こそが、弟が最も会いたくない、会ってはいけない人物だった…。

東京公演【公演日】12月8日(月)〜28日(日)【会場】PARCO劇場【料金】75
00円(全席指定・税込)、U-25チケット4500円(チケットぴあにて前売り販売のみ/25歳以下対象・当日指定席券引換・要身分証明書)【前売】10月4日(土)発売開始【問い合わせ】パルコ劇場 TEL:03-3477-5858