2020年には東京をすべての人に優しい街にしたい 為末 大

 2020年にオリンピック・パラリンピックが開催される東京。ある意味、東京について考えるいい機会だ。東京のあり方、都市機能の問題など2020年に向け今、各分野においてさまざまな動きがもう始まっている。そんななか、新豊洲エリアを舞台とした「TOYOSU 会議」が発足。チェアマンを務める為末大氏に話を聞いた。

 まず「TOYOSU 会議」とは? なぜ参加を?

「豊洲でなにか新しい、未来的な都市計画や、都市のありようなものをみんなで話し合おうというのがTOYOSU 会議なんです。2020年に東京でオリンピック・パラリンピックが開催されるときに、どういうコンセプトで都市計画をやったらいいのかということを自分なりに思うところがありました。とはいえ、東京都がやるような開発計画みたいなものになると話が大きすぎて、個人で関わるのは難しい。どこかのエリアで、自分の考えたコンセプトでの街づくりのようなものを実現できたらいいな、と思っていたところで、こういうお話をいただいたんです」

 為末さんが考える街づくりとは?

「前回のオリンピックでは交通インフラと高架や立体交差ができました。では今回はオリンピックの後に何が残るのかと考えると、これは僕自身のコンセプトでTOYOSU 会議全体のものではないんですが、“優しい街になる”ということじゃないかと思うんです。障害者の方、高齢者の方も含めて、すべての人に優しい街になるといいな、ということを漠然と思っていて、そういったものを新豊洲でできたらいいなと思っています。またTOYOSU会議では、そればかりではなくパラリンピックのありようといったことも話し合っています」

パラリンピックのありよう

“ありよう”というと、今のままではよくないというか、もっともっとよくなる術があるだろうということ?

「まず直感的に、もっと発展するだろうな、と思っています。まあ実際に大きくなっているし、選手たちのレベルがすごく上がってきていますから、記録上ではオリンピックがパラリンピックに抜かれる日も近いでしょう。ロンドンの成功というのは、“ロンドンにちゃんとパラリンピアンを迎えましょう”という空気を作ったことだと思うんです。日本がそういう空気を作れるのかというのはひとつの大きな課題かな、と思います」

 東京に住んでいて障害者の方を取り巻く事情ってどう思います?

「まあまあいい線行っているところもありながら、すごく遅れているところもあるという、ちぐはぐな印象がありますね。例えば東京は先進国の中でも外出される障害者の方が著しく少ないんじゃないかと思います。それは彼らの内面的な問題もあるのかもしれないけれども、社会の側の許容度の問題もあると思いますし、または交通インフラの問題。例えば日本では車椅子の方は満員電車なんて絶対乗れないですよね。ということは理屈上、車椅子の方はあの時間帯に出勤できないということになるわけです。そういったことをいろいろひもといてみると、道なんかはすごく綺麗でエレベーターもあって完璧、という一方である時間帯ではそれらを全然使えないといったことがある。そのあたりをみていくとちょっと厳しい側面もあるような印象です」

 日本では悪気があるわけではないのだが、はれものを扱うように障害者の方に接する人もいます。

「ロンドンが起こしたことは、障害者の方に優しくなったという表現よりは、障害者のいる社会が普通になったという表現が正しいと思うんです。上からとか下からという目線ではない目線が手に入った。僕はそのひとつの大きな鍵として、やはりパラリンピアンたちへのリスペクトがあったのではないかと思います。パラリンピアンがヒーローになったことで、障害者に触れてはいけない、といった空気がだいぶ和らいだのではないかと思います。僕は日本にもそういう形のものが生まれてきてほしいなと思っていて、そのために義足を作ることとパラリンピアンの強化の手伝いをしているんです。でも本当は都市のインフラとかさまざまなものは全部人間の意識が変われば変わる話なんですけどね。僕の個人的な価値観なんですけど、いろいろなものがグラデーションになるべきだと思っているんです。例えば都内の人と田舎の人、障害者と健常者というように真ん中に線を引いて綺麗に分かれているのではなくて、グラデーションになって徐々に推移していって、全部ひっくるめて、ただの“個性”と呼ばれるような社会になったほうがいい。そういった壁を崩していくような考えや行為は人にはちょっとしたインパクトを与えたり、心をざわつかせたりするかもしれないのですけど、そういうものをどんどん出していくことによって、線引きとか“向こうとこちら”という考え方を2020年にはなくせるのではないかという期待を持っているんです」

 7月に行われた「第1回 TOYOSU 会議」では為末は「心のバリアフリーこそが本物の“お・も・て・な・し”である」といった内容のコメントを残した。それを実現するためにはオリンピック・パラリンピックがいいきっかけになるのだが、逆にそれがなかったら実現できないのか、というと、ちょっとさみしい。いまの日本とか東京は、それを実現するために何が足りなくて、何がダメでそうできないのだろう。

「“共感”って大きなキーワードですよね。本当に自分に置き換えられているのかということ。もうひとつは、日本人ってけっこう潔癖症なところがありますよね。時間もかっちりする。ここからは正しい振る舞い、ここからは正しくない振る舞いとか、いろいろなことがかっちり決まっている。そして、どういった振る舞いが正しいのかということを周りの人を見て決めているという感じがある。そういうときに空気が読めない人がふらっと現れて車椅子の人に“今日どこ行くの?”とか言いながらそのまま通り過ぎて行くようなことがあったら、その瞬間に空気がばーっと変わるんじゃないかと思います。もうひとつは人との距離感をもう少し詰めるというんですかね。ちょっとだけ踏み込んでみるというか、自分の考えを押し付けてみる。そういうものもひとつの優しさなんじゃないかという気もするんですよね。そうするといろいろとややこしいことも起こってくるんでしょうけど、コミュニケーションも生まれて、活発になっていくようにならないかな、と思うんですよね」

SPORTS × ART

 TOYOSU会議では活動テーマに「SPORTS × ART」というものも掲げている。

「今はアートとマラソンをドッキングしたようなイベントといったようなアイデアはいくつか出ていますね。一番具体的なものは、豊洲にトラックを作ろうというアイデアが出ています。パラリンピアンの強化拠点って実はちゃんとしたものが今はそんなにないんです。なので、あそこに作る。パラリンピックの義足の工房もあって、そこで義足の調整をする。でもパラリンピック専用競技場となると、僕はその空気が嫌なんです。また分けているような感じがするから。それにスポーツ専用となると、子供を連れてくるお母さんが来にくくなる。だからカフェもあってもいいし、オープンスペースでヨガなんかができるところがあってもいい。そういうものが緩やかにグラデーションになっているような空間ができるといいな、というふうに思っているんです。どれくらい実現可能かは分からないんですけど、アイデアベースでこういった話はたくさん出ています」