【徳井健太の菩薩目線】第47回 芸人って“笑い”に包まれた現場に行けるんだから 精神的に恵まれた業種だよ

 先日、知り合いのサラリーマンと飲んでいた際、彼がポツリと疲れた顔で、「今日、一回も笑わなかった」という話をし始めた。俺たち芸人は、楽屋や前室に行くと、周りが面白い人だらけだから、否応なしに気が付くと腹を抱えて笑っている。お笑い芸人は、仕事のあるなしにかかわらず、芸人に囲まれている環境であれば笑わないなんて日はありえない。だから、彼の発言を聞いて耳を疑った。そして、俺たち芸人がいかに異常な世界であって、精神衛生上、どれだけ恵まれた環境なのか、ふと考えてしまった。

 テレビに出演するだけでなく、Abemaで討論番組に出演したり、麻雀でいろいろな人と卓を囲んでいたりすると、さまざまな立場の人に会う機会に恵まれる。ミュージシャンやプロ雀士は、自らの仕事に集中していくと、瞬間瞬間、研ぎ澄まされた緊張感に包まれるという。たしかに、芸人がネタを考えているときなどは、ミュージシャンが作詞作曲をするときのような張り詰めた空気が充満するだろう。ところが、ネタを考えているということは、基本面白いことを考えているわけだから、笑いありきとなる。翌日、芸人たちが集まる収録に行こうものなら、最高の気分転換と刺激になる。おまけに、楽屋で交わされる話題は、すべての規制がなくなるフリープログラム。とんでもなく面白い世界なんだ。

 精神を削っていくような文化人やアーティストに比べて、芸人ってつくづく精神的に楽な世界にいるんだなって思う。「売れないかもしれない」という中長期的な不安こそあれ、短期的な精神衛生がこれほど優性の業種もないんじゃないだろうか。辞めていった芸人たちに、その後を聞くと、「生活は安定したかもしれないけど、日常がつまらなくなった」なんて話を聞くことが少なくない。人間はいつだってないものねだりをする生き物だ。何かを得るためには、何かをあきらめないといけない。

 社会や業界でストレスを抱え、誰にも相談できない……そんな人がイリーガルな薬物や行為に染まってしまうことがしばしばあるけど、芸人ってあまりないよね。 もしも有名YouTuber から逮捕者が出てしまったら、やっぱり孤独なのかなって思ってしまうだろうな。


電気を必要としない仕事は、人間の本質が詰まった仕事



 お金は良いかもしれないけど、世の中には楽しそうに見えない仕事がたくさんある。笑いがない現場は、反比例して愚痴や悩みが増えるように思う。それらを減らすためには、生活に笑いを増やすしかないよね。

 良い仕事って何なんだろう。芸人は今言ったように笑いの絶えない精神衛生的には優良な仕事だろうけど、トータルで考えると一概に「良い仕事」とは言い切れない。芸人に限った話じゃないけど、結局、勝てば官軍。成果を出せば、それなりに自分の仕事は良いって思えるだろうから、良い仕事なんて人それぞれなのかもしれないね。

 第14回「2019年、俺はユンボで未来を開拓していく」で触れたように、俺にとって良い仕事って、誰かが困っているときに、何かの役に立てることなんじゃないかと思っている。ギター一本持って、流しのようにさまざまな場所を巡って、歌で元気づけたり、それこそ芸人が漫才を披露したり、物まねを披露したり。時間はかかるかもしれないけど、作物を育てることもとても役に立つ行いだよね。そう考えると、電気を必要としない仕事って、人間の本質が詰まった仕事なのかもって思うんだ。

 電気を必要としない行為を探してみる。生活に面白い潤いを与えてくれるような気がするよね。とは言っても、俺は環境保全を訴えたいわけじゃないから、電気のない仕事をしようだとか、電気を消費しない仕事をしようなんてことを言うつもりはない。だって、何事も行き過ぎって良くないじゃない!? 野菜ばっか食べるのは大いに結構だけど、たまにはひき肉くらい食べたらいいじゃんって思うしさ。ましてや、人に強制しようものなら、聞く気もなくなる。何事も行き過ぎると、自分以外の意見に耳を傾けることができなくなるんだよ。 そうなったら、もう電気どころの話じゃない。真っ暗なんだ。

※【徳井健太の菩薩目線】は、毎月10日、20日、30日更新です
◆プロフィル……とくい・けんた 1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen
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