「微生物制御」の観点から「次亜塩素酸水」を読み解く 三重大・福﨑教授(前篇)【withコロナ】

 新型コロナウイルスの感染拡大で、不足するアルコール消毒液に代わる消毒方法の有効性評価が行われている。中でも販売実態や空間噴霧の是非で注目を集める「次亜塩素酸水」だが、一体何が問題なのだろうか。三重大学大学院の生物資源学研究科で洗浄・殺菌工学、界面化学、廃水処理工学を専門とし、『次亜塩素酸の科学 ―基礎と応用―』の著者でもある福﨑智司教授に話を聞いた。(全3回)
不足するアルコール消毒液に代わる消毒方法の有効性評価が行われている(写真はイメージです)
 福﨑教授が現在行っている研究や活動内容を教えてください。

福﨑智司(以下、福﨑)「私が所属している海洋微生物学研究室では、海洋環境にいる微生物の中で私たちの生活や産業に有用なものを分離・単離(生体や生物組織から特定の細胞、遺伝子、タンパク質などを分離すること)し、特性を明らかにして利用できる能力は何かを調べる研究を行っています。また、私たちの生活に有害な影響を与える食中毒細菌などをどうやって制御するか、という研究も行っています。ウイルスは厳密にいうと生物ではないのですが、たとえばノロウイルスは海産物を介して食中毒症状を引き起こす微生物に含まれ、研究成果は食品に付着している微生物の制御にもつながっています」

「次亜塩素酸水」の話に入る前に、「微生物制御」の基本的な考え方を教えてください。

福﨑「微生物制御が最も求められている食品産業では、微生物を制御するための二つの手順があります。一つ目は『5S活動』といって、整理・整頓・清掃・清潔・躾(しつけ)のローマ字の頭文字『S』を取ったものです。まず整理・整頓・清掃を行って清潔な環境に整えること、躾というのは整理・整頓・清掃の手順を教え、遵守させることです。清潔とはあくまで目で見てきれいという意味で、この状態ができていない環境で、目に見えない微生物やウイルスを制御しようとするのは順序が違います。皆さん、まずは整理整頓しているか、掃除ができているか、目で見て清潔かを徹底していただき、そのうえで目に見えない微生物を対策いただくことが前提です。

 それができて、二つ目に『微生物制御技術』、つまり洗浄・殺菌・静菌・遮断という方法で目に見えない微生物の対策をします。洗浄は家庭では拭き掃除と考えて良いのですが、乾拭きより水拭きのほうが効果的ですが、いつも床を水で洗浄することはできません。水拭きによってある程度の菌は減少しますが、それでは不完全な場合に何らかの殺菌や消毒を行います。手指やお皿を洗う場合、洗浄で所望する清浄度が得られていれば、もちろん殺菌は必要ありません。

 では、殺菌や消毒にどのような方法があるかというと、物理的方法と化学的方法があります。物理的方法には熱や紫外線などがあって、熱が使える場合には熱を使います。紫外線は自然の殺菌剤です。日光に当てるだけでまな板は乾燥と消毒できますし、衣類についた色や臭いも紫外線である程度漂白や分解ができます。こういった物理的方法が使えない場合に化学的方法を利用し、ここで初めて出てくるのが次亜塩素酸水溶液です。

 微生物制御には『ハードル理論』という概念があります。これは、一つの高いハードルではなく、低いハードルをいくつも組み合わせて微生物を制御しようという考え方です。ですから、次亜塩素酸水溶液さえ使えば目的が達成できるのではなく、そこに至るまでにやることはたくさんある、と考えることが重要です。綿ぼこりが転がっている部屋で微生物を心配しても仕方ないのです。ここを認識してようやく次亜塩素酸水の話に入れるのかな、と思います」
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