あなたの隣にもいるかもしれないLGBTsの生き方に迫るドキュメンタリー『らしく~My Story~』


村上さんは?

村上「一緒ですよね。LGBTsという言葉が出たり、なにかあるたびにニュースになるというのは今までは考えられなかったし。自分はLGBTsのメディアをやっているんですけど、今まではそういうLGBTsのメディアがLGBTsのことを発信するために必要だったんだけれども、今はいろいろなメディアがLGBTsのことを取り上げているから、そういった意味でも単独のLGBTsだけのものって必要なくなっているのかなって思っているところはあるんです。ただ認知とか可視化という意味ではすごく広がっているけど、中身はまだ伴ってはいない。だから認知されたところで、生きやすくなったかといえば、まだまだ不十分。パートナーシップ制度も広がりを見せているけれども、ぶっちゃけ(導入している)自治体も今年の4月で47。全国47ってまだ少ないですよね。法的にもそこまで効力はないし。というのと、オープンにカミングアウトできたとしても、結局働く場所がLGBTsを受け入れてくれていないとやはり難しい。といったところで、“まだまだ、”みたいなところはありますね」

 未来については?

村上「LGBTsという言葉はいらないよねって思います。僕は今、個人的にはLGBTsという言葉は大切だと思うんですが“当たり前のことにしたいからLGBTsという言葉は使わないで”と言われる場合もあるんです。でも知らない人に届けるにはちゃんとカテゴライズして説明できるものがないといけない。そういった意味で今は必要。それがだんだん広まっていって、レズビアンとかトランスジェンダーだからとかという話題もどうでもよくなってくればいいじゃないですか。そういう意味でなくなっていけばいいなって思うんですけど。どう?」

井上「僕も同じです。最近の傾向なんですけど、LGBTsという枠にはなっていますが、トランスジェンダーとかゲイの中でも、当事者同士でも共感しえない多様性が広がって来ていて、僕らもわけが分からないんですよ(笑)。“あ? そういう性別あるの?”みたいな」

村上「そうそう」

井上「どんどんどんどん増えていって、若い子になればなるほど言っていることが分からなくなる。これって時代の問題というよりも多様性が広がったことによると思うんです。なので“カテゴライズ? 無理じゃない?”と思うときもあるんです」

村上「取材を受けたりするときに“ゲイってどういう人が多いですか?”といったことを聞かれることがあるんですが、実際、今は世代によっても違うし、地域によっても違う。都心と地方では全然違うから一概には言えない。だから自分たちもゲイとカテゴライズされても“ゲイというのはこういうもので”とは言えないんです。もう個性がみんな違う。パーソナルの一つがゲイというだけだから、そういうことも意味がなくなってきているのかなって思います」

井上「“どういう男性が好きですか?”みたいな?」

村上「そうそう。知らねえよ、って(笑)」

井上「それくらい、すごくいろいろな人がいますからね」

村上「ちょっと下世話なんですけど“男性は巨乳が好きでしょ”みたいなことを言う人もいますよね。でも全員が巨乳好きじゃないですよね。それと一緒です。だから今は知ってもらうために、こうやっていろいろ発言しなければいけないけれども、聞かれていると“?”と思うことが毎回ある。“それ聞かれても困るな”って。だからそういう質問がなくなっていく社会になればいいのかなって。それが一番いいんじゃないですか」

 番組はその取っ掛かりになりますね。

村上「今は知らない人たちにも知ってもらうために“LGBTsとは?”というオーソドックスなことを伝えていく時だと思っています」

 確かに大昔はLとGくらいしか認識されていなかった。そこからB、Tと認識されるようになった。

村上「そうなんです。言葉も変わっていくんですよ。大昔にゲイといったら、レズビアンも入っていましたから」

 5月に番組に出演した写真家のレスリー・キーが「日本は世界で一番LGBTsにフレンドリーな国になれる」と発言していました。お二人もそういうとらえ方?

村上「自分はレスリーと同じ考えです。これは個人的な感覚なんですけど、日本って独特の文化があるし、けっこう他者に関して無関心な傾向が強いと思うんです。たいていの人は隣にLGBTsがいても“そうなんだ”と思うくらいなのではないでしょうか。そういった意味でけっこう寛容というか、受け入れ態勢はあると思っています。それに日本は仏教徒が多いし、そもそもそんなに宗教色が強くない。もちろん、いじめのような問題で悩んでいる人も多いんですが、海外の場合はLGBTに嫌悪感を抱く人が殺人事件を起こす場合もあって、いじめレベルではない。だから海外ではパレードをするときにテレビでは取り上げられないけれど必ず抗議している人たちがいるし、パレードを邪魔するデモもある。でも日本ではそういうものはないんです。受け入れられない人も“なんかやってる”って感じで放っておいている。そういう国民性だからこそ、理解して他者を受け入れられる態勢がちゃんとできれば、すんなり入ってくると思っているんです。それが海外と日本の違い。だからこれからもっと認知されて行けば、けっこうすんなりいくんじゃないかって僕は思うんですよね」

井上「レスリーの言う“一番”というのはピンとこないけど(笑)。僕も日本人は向いているなって思います。それには同意します。理由はざっくり2つあるんですけど、一つは今、ひろ君が言ったように、日本人って対立しないじゃないですか。デモが起こっても“殺してやる”みたいな、自分とは違うものは排除するといった力はすごく弱いんじゃないかと思うんです。協調性もある。だから悪い感じにはならないなとは思っています。あと、僕は仕事の関係で日本とタイを行き来していて、タイ人と話す機会が多いんですが、タイ人に限らず外国人にみられる傾向として日本人と比べて雑だなって思うんです」

村上「雑? タイ人って一番フレンドリーなんじゃないの?(笑)」

井上「フレンドリーはフレンドリーなんだけど。例えばタイ人はみそ汁の赤だしと白だしが分からない。“一緒じゃん”って言うんです。そういうことを見ていると、日本人ってそれくらい微妙な差が分かる人種だなって思うんです。だからこれから先、LGBTsの多様性がめちゃくちゃ多様になって、カテゴライズされないくらいになっても、日本人はその差を感じ取れるのではないかと思います。そういう細かさは日本人独特の感覚だと思うので、僕は日本はLGBTsにすごく寛容になれる、みんなが理解できるようになる国だと思います。だから一番かどうかは分からないけど、そういう意味で日本人は向いていると思う」

村上「いいこと言うね。なるほどね。これからそれ使わせてもらうね(笑)」

 無関心さゆえなのか、日本は性教育が遅れているといわれます。そこにあまり踏み込みたがらない。LGBTsについても学校教育以前に、知識を得る機会が絶対的に少なかったゆえにLGBTsに対する考え方にも進歩がなかったのかと思うのですが。

村上「多分そういうことですね」

 かといって性教育も満足にできない日本の教育でLGBTs教育ができるのかといえばはなはだ疑問。となると民間で頑張っていかないと、ということになる?

村上「そうですね。日本は結局民間ですよね(笑)。性教育もみんなウェブで頑張って相談所を設けたりしているし、LGBTsもそうだし。ただこういった形でウェブで自分が必要な情報を探して見るのは誰でもできる。そうではなくてテレビでやる意味というのは、検索していないのにたまたま見ているなかでLGBTsのことを知ることができるということ。それはすごく大きなメリットだと思うんです。アーカイブをYouTubeにアップしているんですけど、こっちは興味を持ったり、最初から検索した人じゃないとたどりつかない。そういった意味でテレビの存在というのは、強いと思いますね」

『らしく~My Story~』はこれまで木曜の深夜に放送されていたが7月からは月1回・土曜の17時55分~18時の放送になる。5分番組ではあるがその短さが意外にいいのかも? 

村上「僕も最初は“すごい短いな”って思ったんですけど、今はいいなって思っています(笑)。ドキュメンタリーもそうなんですけど、興味がないと見ないじゃないですか。でも5分ってさらっと見ることができる。で、そこに伝えたいことを凝縮しているから、見た人は知識としてすんなりと頭の中に入れることができる。そして苦にならない。知らず知らずのうちにLGBTsについて考えるきっかけになっているのかなと思います」

井上「いい長さですよね。僕も最初は短いと思ったけど、1時間とかだったら興味がなかったら消しちゃいますもんね」

 先ほど井上さんが「当事者同士でも共感しえない多様性が広がってきている」という話をしていましたが、そういったものはお二人の間では?

村上「最近というか1~2年くらい前からかな。2丁目コミュニティーとしても、ゲイだけとかトランスジェンダーだけという集まりがなくなってきて、トランスジェンダーもゲイも仲良くなってきたということはありますよね」

井上「昔は結構隔たりはありましたよね」

村上「バーに行くにしても場所が違うし、イベントも分かれていた。それが例えば夜のクラブでは、ゲイナイトにトランスジェンダーのポールダンサーが出るといったことが普通になってきている」

井上「ミックスになってきていますね」
 昔はゲイバーとレズバーは行く人がしっかりと分かれていたように思います。

村上「そうなんです。面白いのは、そうやって分かれてそれぞれ生きていたのに、社会がLGBTsを取り上げるようになってから、自分たちも違うセクシュアリティの人たちと仲良くなってきている。そういった意味では自分たちも多様性になってきている。外から見るとみんな知り合いだと思われているかもしれないけど、今までは全然知らなかったんです。トランスジェンダーに友達はいなかったし、正直、メリットがなかった。ゲイの場合は男が好きだから男同士でつるむし、やっぱり元女性には興味がなかったですから」

井上「恋愛感情には行かないし」

村上「そう。いかない」

井上「共感もお互いにないから」

村上「そう」

井上「僕らも手術の相談をしたいとなると、やっぱり当事者間だし」

村上「こっちに聞かれても“知らねえよ”ってなるし(笑)。だからどちらかというとゲイの人たちもトランスジェンダーの人に対しては一般の人たちと同じ考えになっていた。それも良くないんですよね。“知らねえよ”で仲良くしてこなかったのが、今は“なるほどね”と思うようになった」

井上「僕らもいまだに“ああそうなんだ”と思うこともあります」

村「そう。全然知らない」

井上「それくらい知らない。LGBTsは全然まとまってない」

 2人よりずっと上の世代ではもっと分断されているのでは?

村上「そういう人たちは多いように思います。上の世代になると情報量が少なかったということもあると思います」

井上「習慣が変わっていなくて、適応しづらそうな感じはします」

 井上さんがやっている無料相談のようなものは、行政がやってもおかしくないものだと思うのだが、現状を理解できない人たちには任せられないという感覚はある?

井上「任せられないという感覚はないですけど、そもそも手術のことなんかは当事者以外分からないですよね。だから任せられないというより、絶対に無理だと思うんです。無料相談をしていると、手術や治療代の話はもちろんなんですが、性別を変えるというのはめちゃくちゃアイデンティティに関わることなので、絶対に人生の話になるんです。家庭環境の話、性別を変えた時に親になんて言うか、今のパートナーとの結婚、仕事のこと。それを踏まえて話せる人がどこにいるかといえば、やはり当事者じゃないと不可能だと思うんです」

 本来だったらこういったところに行政側から補助金なんかを出してほしい気もするが。

井上「この間も取材を受けて、性転換をピックアップした本が出たんですけど、そういう本っていつも帯なんかに“天使か悪魔か”とか“神を超越する○○”といったことが書かれるんです(笑)」

村上「どっちでもいいんだけど、作った人は年配の人だなって思う」

井上「そうでもなかったんだけど(笑)」

村上「そうなの? じゃあ会議で決まったんじゃない? まあ分かりやすいのは分かりやすいんだけど、いつまでそういう書き方をするの?っていうのはあるよね。昔、LGBTsを題材にするときによく使われていたのが“禁断の愛”とかね。いつまで禁断なの?って(笑)」

井上「笑っちゃいますね。レズビアンは“秘密の花園”だし(笑)」

村上「でもあの時代はあれが当たり前だったんだよね。でもキャッチ―といえばキャッチ―。どっちを取るかだけど」

 取りあえず手に取ってもらおうというのが出版業界のマインドですから。

村上「今は仕方ないけど、それで手に取ってしまうという常識を変えていかないといけない。そういう風潮がなければ出版業界もそういうタイトルは付けないだろうし」

 出版業界もまだまだ勉強が足りない。もっとも当事者である2人ですらも「分からなくなるくらいLGBTsの多様性が広がっている」とも話すほどなので、まずは知らない人たちに知ってもらうことが大事。そこから多様性を許容する誰もが輝ける社会が始まる。
『らしく~My Story~』
月1回・土曜17時55分~18時放送(TOKYO MX)次回放送は7月25日(土)
【番組公式サイト】https://s.mxtv.jp/variety/jibunrashiku_pj/
【自分らしく生きるプロジェクト】http://jibun-rashiku.jp/

<<< 1 2 3