徳井健太の菩薩目線 第89回「モテたい」よりも「面白いと言われたい」という欲が、服装に表れる

 


 芸人は、自前の衣装で収録に臨むことが珍しくない。特に、ネットテレビともなれば私服を着ることも多い。 


 おしゃれを心がけていた時期もあった。お気に入りのブランドもあった。だけど、いつからか“お金を持っているのにあえてラフな格好をする”ことがカッコいいと思うようになった。若気の至り。貧相な服装、その一点のみで他者の評価をするような人間に対して、カウンターパンチを浴びせたい気持ちもあったんだと思う。


 が、ゾロゾロと詐欺集団が捕まった映像を見て改めた。ことごとくラフな服装にクロックス を履いている彼らの姿を見て、安物買いの銭失いではないけど、安物買いの志失いになってしまうんだなとゾッとした。


 さらには、第2回『「俺は病院には行かないから」みたいな妙なしゃしゃりは、誰もハッピーにならないよね』で触れたように、後輩から「高級レストランで、あえて安い格好をするのって、しゃしゃっている(≒イキっている)ように見えてダサい」と指摘されたことも大きかった。


 だったらどうしようか――。そんなことを考えていたときに、 Abema で出演した人から「テレビに出る格好じゃない」と指摘された。


 テレビに出る格好ではない、って何だろう。小綺麗な白いシャツにカレーうどんのシミが飛散していたらテレビに出るべきではない? キャラクターを維持するために半裸で出演している芸人は? スタイリストをつけてそれっぽい格好をすればいいのか? 考えれば考えるほど、こんなことを考えるのは無駄だと思うようになった。そうして俺は、“もっとも誰からも文句を言われないだろう格好”に行き着いた。白い靴に白い T シャツ、ジャケットを合わせれば一丁上がり。こうしてテレビに出るときの徳井健太は完成した。ユニクロで白いTシャツを30枚ほど買い、白い靴下も50足くらい揃えた。


 くしくもスティーブ・ジョブズと似たような格好になった、なんて言えない。禅の発想なんて一切持ち合わせていないし、美学なんてものもない。相手から余計なことを言われたくないために、今の服装にたどり着いただけ。服を大事にしようという気持ちはあるけれど、徐々になくなっていく。新しいノートの1ページ目こそ丁寧に書くけど、ページが進めば進むほど雑に書いていく。そんな感じに近いかもしれない。俺にとって、服とはそういうものでしかないというか。


 相方である吉村や、同じ時間をよく過ごしたピースの綾部(祐二)の影響もあるかもしれない。俺がたまたま綾部が持っていたバッグを持ち、そのまま地べたに置いたところ、「バレンシアガの数十万するバッグだからそんなところに置くな」と、小姑のようなことを言われた。脇役が口にするセリフ。本当の金持ちはそんなこと言わない。ダサいなと思った。吉村とロケを収録していたら、あいつの服がたまたま汚れてしまう瞬間があった。イラっとしていた吉村を見て、「こいつは芸人じゃないな」と思った。本当の金持ちは、軽トラだろうとベンツだろうと同じように擦っていく。フェラーリの跳ね馬の部分をカローラにつけたりする。


 若手から中堅の芸人はドッキリにかかるケースもあるから、おしゃれな服を着用することはリスキーな行為でもある。仮にドッキリの餌食になり、一張羅が汚れてしまっても、バラエティである以上怒るわけにはいかない。悲しい顔をするしかない。そういう姿は、芸人の悲哀が妙に醸し出されていて、俺は好きだ。


 どんな状況下でも、芸人であり続けられるために、人によっては衣装的な、ユニフォーム的な服装になる。ザキヤマさんやオードリーの春日、などなど。もちろん、印象に残りやすいよう戦略的な観点から衣装を取り入れる芸人もいると思う。でも、無駄なことを考えなくていいという点では、同じ服ばかり着ている俺と同じなような気がする。こういう服装をしている人たちは、「モテたい」という感情をどこかに置き忘れてしまった人たちとも言えるわけで、少なくても「モテたい」よりも「面白いと言われたい」という欲が勝っているような気がする。裏を返せば、いくつになっても綾部や吉村たちは「モテたい」んだろう。


 T シャツって信じられないくらい楽な服だ。めちゃくちゃ楽だからこそ、世界のいたるところで売られ、着用されている。世界から愛されているT シャツなのに、ちょっと小洒落た店に行こうものなら、怪訝な顔をされる。世界は、Tシャツに対する感情が複雑すぎる。ツンデレ、甚だしい。5000円のジャケットを着れば、途端に誰も文句を言わなくなる。 もしかしたら T シャツの方がジャケットよりも高いかもしれないのに。俺が着るTシャツやジャケットは、どちらも高くはないけれど。



【プロフィール】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。デイリー新潮でも「逆転満塁バラエティ」を連載中。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw


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