高橋久美子、初の小説集『ぐるり』で描く「地球がぐるりとつながっていく世界」

 7年間の音楽活動を経て、2012年から作家・作詞家・詩人として活躍する高橋久美子さん。このたび、ウェブマガジンでの連載をまとめた初めての小説集『ぐるり』(筑摩書房)が刊行された。“登場人物たちの過去・現在・未来のどこかが、かすかにクロスする物語”という連作短編集を書き終えて、作家は今、どこへ向かおうとしているのか。3度目の緊急事態宣言が発出された東京で話を聞いた。

初小説集『ぐるり』を出版した作家・作詞家・詩人の高橋久美子さん(撮影:小黒冴夏)

会えない時間のほうが相手のことを思ってたりする


 初の小説集『ぐるり』の出版おめでとうございます。「webちくま」の連載を中心にまとめたそうですが、なぜ小説だけをまとめることに?

「この連載はエッセイとして始まって、途中から小説に変わっていくという不思議な変遷をたどっています。エッセイと小説は別々にまとめたいなという思いと、最初に小説を出したいという気持ちがありました。

 連載しながら、ふと小説を書いてみたいと思ったんですよね。私から編集者に“小説にしていいですか?”と聞いたら“いいですよ”と答えてくれて。そんな連載あるのかと思いますが(笑)、ちくま文庫から『いっぴき』を出した時が、エッセイのひとつの集大成というか、作家活動を始めてから7年くらい経っていたので、新しい扉を開けたかったというのもありますね」

 小説を書きたいと提案した時に、作品の構想は固まっていたのでしょうか。

「……ないです(笑)。連載となると月に一回は必ず原稿を提出しないといけないということを、あんまり考えてなかったんですよね。でも、実際に書き始めたらすごく楽しかったです。エッセイは自分という土台があって作っていくのですが、小説はゼロからお話を作っていける。決定的な違いは、小説は自分ではないものになれるところですね。どういうふうに料理するかではなく、材料から揃えるようなところが面白かったし、難しいところでもありました。楽しいけれど終わらせることが大変で、終止符を打つところが難しかったです。

 これは短編だからかもしれませんが、余白をどれくらい置いておくかとか、ここは勢いをつけて書くけれどここは書かないというさじ加減が、歌詞の書き方に似ている気がしました」

 登場人物や舞台設定などかなり自由な印象を受けましたが、これらはどのように発想したのでしょうか。

「たとえば『蟻の王様』は、自宅で庭仕事をしていた時に植物の根がダンゴムシに食い荒らされたことがあって、こいつらを物語の中だけでもケチョンケチョンにしてやりたいと思って(笑)、そんなところから書いていきました。

『スミレ』という物語は、祖父母と一緒に住んでいたので、戦争体験をよく聞いていたことをモチーフにして書いたり。創作なんですけど噓ではなくて、もともと自分の中にあった絵の具のチューブの色を、薄めたりいろんな色を混ぜたりしながら書いていきました。

 少年が意外と大人びていたり、おばあさんが意外と少女っぽかったり、人間って世の中のイメージ通りではないですよね。事実は小説より奇なりじゃないですけど、実際に会った人や面白い人をモチーフにして書いています」

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