為末大「僕らは五輪・パラリンピックから “何を受け取り、どう変わるのか”」

弱さ見せられる場所

 コロナ禍の影響は、芸能人の適応障害やアスリートのうつ病公表など、メンタルにも影を落としている。とりわけ競技の世界には、複雑な状況が存在するのだという。

「国際プロサッカー選手会の調査によれば、現役サッカー選手の38%、元選手の35%がうつや不安障害に苦しんだことがあると答えています。オリンピック選手にもうつ病が多いというデータはあるのですが、世間的には、“そんなわけないでしょ”と思いますよね。文化的な背景も大きいと思います。少年誌を読んだら、スポーツ選手はみんな気合や根性、最後は弱みを克服してる姿ばかりです。

 選手たち自身もそうした物語に取り組むんですね。弱音を吐いたら、自分が崩れてしまうとか、周りをがっかりさせてしまうとか、そういうふうに思ってしまうことが多いです。やっぱり子供たちに応援されたり、ヒーローのように見られたりすると、“心が苦しい”とは言えないというのはあると思います。それはアスリートだけでなく、ビジネスの現場でもそうかと思います。ただ、徐々に世の中が変わってきた中でも、最も勝負に触れる厳しい世界で、スポーツ界だけはなかなか変わっていけなかったという側面はあるかもしれないです。

 我々の頃は、メンタルトレーナーやカウンセラーが身近にいませんでした。アメリカやヨーロッパのように、気軽に相談に行ける場所がないので、選手は精神科に行くしかない。カウンセリングなどカジュアルな相談から、精神科までの、グラデーションがないですよね。現役時代も辛いと感じることはありましたし、プレッシャーを感じることもありましたが、それがどれくらいの大きさなのか、客観的に見ることができないので、自分で向き合うしかないのかなと思っていました。

 そうした中で、“言えるかどうか”は大事だと思います。ちゃんと“何が苦しいか”を言える人や場所があるというのは、大切です。選手の状況って、考えてみると利害関係者ばかりなんですね。監督・コーチは自分が試合に出られるかを決める人、スポンサーは自分にお金を払ってくれるかを決める人。それはある意味、一般社会よりもシビアで、リスクや弱さを見せることが難しい要因でもあります。だからこそ、利害と関係のない人が周りにいるかどうか、弱さや苦しさを言える場所があるかは最も大切ですね」