『敗北からの芸人論』を発売して思った、“売れる≒同業者から嫌われる”ということ〈徳井健太の菩薩目線 第127回〉

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第127回目は、2月28日に上梓した『敗北からの芸人論』について、独自の梵鐘を鳴らす――。

徳井健太

 芸人たちへの愛をぶつけさせていただいた『敗北からの芸人論』(新潮社)が、2月28日に発売された。ありがたいことに、重版というドラマや映画でしか聞いたことのない言葉を初めて耳にする機会に恵まれた。とてもリズミカルで明るい響き。関係者各位、全員が踊り出す重版の舞、まだまだ踊り続けたいので、迷っている方、怪しんでいる方、疑っている方、踊らにゃそんそん。よろしくお願い致します。

 それにしても、本を出すことで、いろいろな体験をさせていただいている。これまであまり接点がないような番組(ラジオ含む)への出演もそうだけど、これほどまでに取材を受けたことは初めて。うれしいものです。反面、30社くらいの取材を立て続けに受けたことで、脳がバグるような感覚に陥ってしまった。

 おそらく、取材をされる皆さん、他の媒体と内容が被らないように――ということで、それぞれエッジの効いた質問を準備している。いろいろな角度から予期せぬ質問が飛んできては、頭を働かす。こちらとすれば、「さっきの取材でも言ったなぁ」なんて思うことがないから飽きないのはありがたいものの、単純に7時間フルでラジオをやっているような感覚になり、脳が次第に溶けていく――。

 とても楽しく貴重な経験をさせていただく一方で、あまりに多くの取材を受けすぎると、脳が酔いだすんだなと学んだ。一日7時間ほどの取材(各媒体が入れ代わり立ち代わり)を、4日にわたって行ったので、最終的にパンチドランカーのようになってしまった。自分は本当に取材を受けていたんだろうか。

 そもそも、この本はデイリー新潮で連載していた「逆転満塁バラエティー」をベースとした一冊。連載コラムを書いていた東野(幸治)さんから、「次は徳井君がええんちゃうか」ということで、雷が落ちるように、突然、俺に白羽の矢が立った。らしい。

 直接言われたわけではなかったから、俺は半信半疑で、「東野さん、またまた~」くらいに考えていた。ところが、取材に来る人、来る人が、「東野さんの後継人ということでこの連載が」といったことに触れるので、変に緊張してしまった。東野さんの後継人だなんて恐れ多い。

 改めて自分がどんな気持ちで、このコラムと向き合っていたか、気になる芸人さんたちを見ていたのか、そんなことを思い返した。コラムを書いている最後の方は、もしかしたら東野さんは、「徳井、そろそろ売れたらどうだ?」――、そんなメッセージを俺に送ってくれたのではないかって、勝手に思うようになっていた。

 いつからか、芸人を批評する、愛をぶつけるみたいなことをひっそりとやっていた。でも、ひっそりとやっていたから、芸人の仲間内では認知されるも、世間の皆さんの前には届かない。もっとわかりやすくやってもいいんじゃないのか。そんなことを考えていたときに、東野さんからバトンを受け継ぐことになった。

 また、このコラムの『俺に足りないものは「ベタ」桂三度(元ジャリズム・渡邊 鐘)からの教え』でも触れたように、鍾さんから“足りないものはベタ”という言葉も授かった。以来、ベタとは何なのかということを、ずっと考えながら仕事をしていた。

 最近、天啓のように、突然、降りてきた。ベタってのは、芸人に嫌われることなんじゃないのかと。先の東野さんからの妄想メッセージに置き換えると、「徳井、そろそろ芸人に嫌われるくらい、好き勝手に分析したり、意見をぶつけてみろ」ということなんじゃないのかなって。

 今でこそ、相方・吉村の立ち居振る舞いに対して、世間も芸人も「吉村はすごい」と解釈してくれる人は多い。でも、10年ほど前、吉村が非芸人的な言動ともいえる振る舞いで注目を集めていたときは、 きっと裏では「芸人のくせに」なんてやっかむ同業者が少なくなかったと思う。それでもあいつは、結果的に売れるという階段を上っていった。

 その姿を横目に見て、俺はマイペースで行けばいい――言い方を変えれば、逆目で攻めて、なんとなく芸人らしく振る舞っていればいいと言い聞かせ、その道を進んできた。いま思えば、ずるい選び方だったと思う。「逃げている」と後ろ指を指されても、何の反論もできない。でも、芸人っぽいことにこだわっていたから、おそらくは芸人たちから嫌われるとか陰口を叩かれるって機会はなかったように思う。

 最近は、「賞レースで何も結果を残していない徳井が」、「徳井に言われたくはない」。噛みつかれて、傷が目に見え、痛さを伴う機会が増えた。芸人界隈からも、いろいろとやっかまれるようになってきた。

 ふと考える。お客さんに寄せていくということは、芸人からは距離が生まれるわけで、その分、投石されやすくなる。俺も立派に嫌われ始めたんじゃないか。足りなかったベタを、ようやく手に入れ始めたんじゃないのか、なんて。

 加藤(浩次)さんが『スッキリ』に出演し始めたとき、狂犬の牙が抜け落ちたとかいろいろと叩かれていた。 バカリズムさんも『アイドリング!!!』の MC を始めたときはやっかまれた。でも、無骨に貫き続けた結果、 10年前の ウィークポイントがいつしか裏返り、「あれをやっていたからあの人はすごい」と手のひら返しのストロングポイントになっている。真逆の解釈が生まれるまで、ひたすら鉄を打ち続ける。その先に、売れるという光がある……そんな勝手な狂想を、『敗北からの芸人論』を出したことで、一層、抱くようになってしまった。

 発売当日の2月28日、八重洲ブックセンター本店で、東野さんと刊行記念トークショーを行った。東野さんに、「そろそろ売れたらどうだっていうメッセージだったんですよね?」と聞くと、「全然ちゃうよ」と笑い返されたけど、それもお笑い禅問答。何かを切り拓くとき、嫌われるってことはいいことなんだ。きっと、それってお笑いに限った話じゃない

【プロフィール】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw