山梨コネクトヤングケアラーLIVEに参加して。心を殺していた10代の自分を振り返って。〈徳井健太の菩薩目線 第165回〉

平成ノブシコブシ・徳井健太

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第165回目は、「2023山梨コネクトヤングケアラーLIVE」について、独自の梵鐘を鳴らす――。

「2023山梨コネクトヤングケアラーLIVE」に参加させていただいた。

 現在、山梨県では県民一丸となってヤングケアラーとその家族を支えていくため、「気づいてつながろう山梨コネクトヤングケアラー」をキャッチフレーズにさまざまな取組みを進めているそうだ。

 その一環として、去る2月に行われた前述のイベントに登壇し、自分の過去の体験や心境をいろいろとお話させていただいた。その模様は、3月31日までこちら(https://www.pref.yamanashi.jp/kodomo-fukushi/yc/connectyoungcarerlive2023.html)で視聴することができるそうなので、もしよろしければご視聴いただけると幸いです。

 イベントは、パネルディスカッションのような形式で行われ、 一般社団法人ヤングケアラー協会代表理事の方、山梨学院短期大学保育科の特任教授の先生、世間知らズ(いしいそうたろうが山梨県の住みます芸人)など、さまざまな立場からヤングケアラーを考えるというものだった。参加して感じたことは、あらためて自分の経験はかなりハードなものだったのではないか――ということ。

 ヤングケアラーといっても十人十色だ。自分のヤングケアラー体験を回想すると、母親の愛というものをまったく受けずに大人になってしまった、という表現がしっくりくる。と言っても、お涙頂戴とか同情してほしいとかそういう話をしたいわけじゃない。シンプルに自分がそんな境遇にいたんだなってことを、今一度客観視できただけのお話。そりゃ35歳ぐらいまで、愛や品とは無縁の人生を歩んできたよなって思う。

 当時の俺は、母親が放棄した家事や仕事をすべて引き受ける最中にいた。当然、妹の面倒を見て、学校へ通わせるという「お金」の問題もクリアしなきゃいけなかった。高校3年間は、新聞配達の仕事をして、学校に顔を出すのは昼過ぎという毎日。

 だけど、自分以外の家庭の事情など知る由もないから、我が家で自分がやっていることは当たり前のことだと思っていたし、一つ一つ淡々とこなしていくしかないから、とてもドライな感覚があり続けた。

 どんなことが起ころうとも、「心を閉ざせばいいだけ」。それが10代の俺のおまじない。今振り返っても、「聞いてください、僕はこんなに大変だったんです」なんて言う気もなければ、耳を傾けてほしいなんてことも思わない。ありのままを話すだけ。

【プロフィル】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw