別所哲也の映画祭マネジメント術 3.11、リーマンショック、コロナも乗り越え27年目
1999年、一人の俳優が原宿で立ち上げた小さな短編映画祭は、9.11や東日本大震災、コロナ禍など幾多の危機にも中断することなく、今では米国アカデミー賞への道を切り開くアジア最大級の短編映画祭へと成長。今年で27年目を迎えた。国内外の映画祭関係者や若い俳優たちはもちろん映像の力に可能性を見出す企業や自治体までもが注目する、別所の“映画祭マネジメント”に迫る。

映画祭で“三方良し”を!ブランデッド・ムービーにいち早く着目
映画祭を始めた当初は「文字通り手弁当でした(笑)」と苦笑する別所。英語力を生かしての海外交渉から“イケボ”を生かした場内アナウンスまで、自分ができることは何でもやってきたと振り返るが、中でも注目すべきは、1つの映画祭を開催し続ける上で、ある意味最も重要であり最も難しい仕事となる“資金面”においても自らリーダーシップをとってきた点だ。
立ち上げ当初からサポート企業や自治体らとのつながりに注力してきた別所の視点は他の映画祭には無いユニークな部門や企画を次々と生み、観客とクリエイター、サポーターを結び付けてきた。その一つが、企業のブランディングを目的としたショートフィルム“ブランデッド・ムービー”の公式部門〈BRANDED SHORTS〉。2016年に設立され今年は10周年の記念開催を迎える。
「〈BRANDED SHORTS〉は現在、日本で唯一の国際的な広告映像部門となっていますが、広告映像はエンターテイメント性や有益性といった“生活者にとっての価値”と、企業やブランドが伝えたいメッセージや理念を両立できるコンテンツとして、海外では早くから注目されていました。その先駆けと言われるのが、ドイツの自動車ブランドBMWがダイレクトマーケティングの一環として作ったBMWフィルムズ。マドンナはじめ、さまざまな有名人を起用した短編『ザ・ハイヤー』は世界中で話題を呼びました。その後、ネット環境の広がりとともに“続きはWEBで”と15秒、30秒のテレビCMでは伝えきれないメッセージを映像作品という形で表現する動きが2000年代に入って本格化していった。僕も、これはショートフィルムを通して消費者にも企業にもクリエイターにも、まさに“三方良し”のエコシステムができるのではないか考え、10年前に〈BRANDED SHORTS〉を立ち上げたんです。部門の立ち上げ時は、非常に大きな反響がありました。その前から〈観光映像大賞〉という、地方自治体の観光映像作品を公募する部門を行っていたこともあり、映像によるブランディングに可能性を見出す人たちが注目してくれていたことも大きかったと思います。その後、YouTubeやTikTokなどで短い動画を楽しむ動きが定着し、企業もオウンドメディアを活用してショート動画を発信するようになった。その中で“単なる商品の宣伝ではなく、自分たちのパーパスをストーリーとして伝えられるショートフィルムを作りたい”という声をさまざまな企業や団体から頂くようになっていきました。マーケティングにおいては、単にスペックを語るのではなく、消費者の共感を呼び起こすことが大切だと言われています。商品の差別化が難しくなったりSDGsの流れもあり、企業は単に価格や流通だけでなく“自分たちがどのような思いで商品やサービスを作ったのか”を伝える必要性を強く感じるようになったのだと思います。マーケティングではKPIの評価に加え“熱量”をどう図るかも課題。よく“100万人の不特定多数のコミュニティーを作るよりもロイヤリティーの高い1万人のファンを作ることが大切”と言われますが、特にこれからのWeb3時代では、インタラクティブにつながり、熱量をもって共に歩んでくれる仲間づくりが重要になってくる。こうした動きの中で、物語を通じた共感の創出において、ショートフィルムは非常に効果的だったのだと思います」
〈BRANDED SHORTS〉の応募数も200作品ほどから国内外の作品700本近くに増えた。
「5年ほど前までは主に大手企業がショートフィルムの制作に取り組んでいる印象でしたが、最近では中小企業や地方企業も積極的に参入するようになっています。例えば、岡山の造船工場さんが工業高校からの人材確保のため造船の魅力を伝えるショートフィルムを制作したところ、多くの学生が興味を持ち応募が増えたということがありました。実際に、人材不足が深刻化する中、企業の歴史や理念を伝えるHR動画は注目されており、ステークホルダー向けの会社紹介にも活用されています」