迷惑、顰蹙、無理難題。人生、困ってからがおもしろい。『ヴァラエティ』

2016.11.15 Vol.678
 奥田英朗の新刊短編集。と言っても、作品自体はずいぶん以前に書いたもので、単行本初収録のものを集めた蔵出し短編集だ。脱サラで会社を興し奮闘する男の姿を描いた「おれは社長だ!」と「毎度おおきに」は連作の短編。奥田には珍しいショートショート、イッセー尾形、山田太一との対談が2本、ほか短編4本という、まさにバラエティーに富んだ、奥田ファン待望の一冊。形式も書いた年代も、扱うテーマも全く違う作品は、奥田らしいユーモアあふれたものや、読んでいると胸が締め付けられるような切ないものまで多彩。渋滞中の車に、妻が知らない人を乗せ、その人たちが夫をいらだたせ、最後にはとんでもないことに巻き込んでいく「ドライブ・イン・サマー」。オウム真理教の手配犯が逮捕されたニュースを見て、それをヒントに、温泉街のレストランに住み込みで働く謎の女を主人公にした「住み込み可」。高校生の娘が、クリスマスに友達の家に泊るという“嘘”を見抜いてしまい悩む母親の姿にハラハラする「セブンティーン」。そして著者が7歳の時に伯母さんが死んだ実話をモチーフにした、少年と少女の物語「夏のアルバム」。まったく雰囲気の違う物語が読める贅沢な本だが、まとまりがないわけではない。そこにはユーモアや、人間の滑稽さ、膝を打つようなリアリティーのある描写など、そこかしこに奥田節のようなものが見え隠れし、おもちゃ箱のような楽しい構成でありながら、1冊の本として完結している。また、作品の間に収録されたイッセー尾形と山田太一との貴重な対談では、奥田がうまく2人の本音を引き出しつつ、奥田作品の原点が見える。本人曰く、“まとまらなかった短編集”をまとめて楽しめる一冊。

人はなぜ、罪を犯すのか?『犯罪小説集』【著者】吉田修一

2016.10.26 Vol.677
 人間の内面、特に犯罪を犯す者の心情を丁寧に紡ぎ『悪人』や『怒り』など映画化され大ヒットした作品も多い著者の最新刊。  小学校の帰り道にある一本杉の前で消息をたった少女。直前まで一緒にいたため、10年を経ってもなお罪悪感を持ち続ける友人。そして当初から疑われていた無職の男と村人たちの張り詰めた関係を描いた「青田Y字路」。名門の家に生まれ、何不自由なく育った男がギャンブルにハマっていく姿をスリリングに展開する「百家楽餓鬼」。  そして鳴り物入りでプロに入団。華やかな経歴を誇りながら引退したが、その後もそのきらびやかだった生活が忘れられない元プロ野球選手の転落人生「白球白蛇伝」ほか5編を収録。  それぞれ、犯罪に無関係だった人々が陥った闇と、その闇があぶり出す世界を表現した。きっかけは、執着だったり、嫉妬であったり、自暴自棄であったり、好奇心であったり、感情のすれ違いだったりと日常にありがちな些細な事。普通ならもつれることのないその些細な感情が、意図せず交錯し、やがてほどけないほどに絡まりあった時、悲劇への入り口が扉を開く。それに気づかずに踏み込んでしまった人々。最初から悪意があったわけではない。むしろ善意の人もいたはずだ。しかし、そこからは転がるように落ちていき、自分ではどうすることもできなくなっていく。この本を読むと、犯罪を憎む気持ち、人の弱さを笑う気持ち、転落する人生を憐れむ気持ちなどは起こらない。なぜなら、自分の身にいつ降りかかってもおかしくないと思えるから。そこにあるのはただ、壮絶で哀しい5つの物語だ。

アドバイスなのかバカの図鑑なのか…『バカざんまい』著者・中川淳一郎

2016.10.09 Vol.676
 ネットニュース編集者の中川淳一郎氏の週刊新潮での連載コラム「この連載はミスリードです」が本になった。  日本中にあふれる「バカ」な人たちや現象を「コメンテーター編」「社会編」など大きく8分野に分け、そのならではの視点でツッコミ、そして切り捨てる。  仕事柄ネット上のニュースをくまなくチェックし、ネット界隈の有象無象に絡まれる日々を送る中川氏だけにバカを見極める選球眼にはさすがなものがある。  ただバカをあげつらうだけではなく「こういうことをするとバカにされますよ」というアドバイスが込められているようにも思えるし、その一方でひょっとしたらただひたすらにいらっとしているだけかもしれない…とも思わせるのが中川氏の巧みなところ。相変わらずの底の丸見えの底なし沼テイストに今回も手の平の上で泳がされる。  最近バカな話が多すぎて忘れかけていた話題も思い出させてくれるというありがたい側面もある。

「セックス」も「家族」も、世界から消える…『消滅世界』

2016.09.25 Vol.675
『コンビニ人間』で芥川龍之介賞を受賞した村田紗耶香の『消滅世界』。朝日、読売、毎日、日経、産経各紙のほか、多くの雑誌で話題となった衝撃作だ。  舞台は世界大戦をきっかけに、人工授精が飛躍的に発達したもうひとつの日本(パラレルワールド)。そこでは生殖と快楽が分離され、人々は人工授精で子どもを産むことが普通となっている。主人公は、自分の母親が夫と“近親相姦”をして交尾し、生まれたという事に“引け目”を持つ雨音。雨音はそんな母親に反抗するように、ほかのクラスメートと同様、アニメのキャラクターに恋をする。この先もヒトと恋愛することなく、人工授精で子どもを産み、ヒトではないものと恋愛をしながら家族として暮らしていくと信じて…。  雨音は成長し、パートナーを探すパーティーで出会った朔と結婚。お互い別の恋人を持ちながら、家族として平穏な日常を過ごしていた。セックスの無い、清潔で無菌な生活に満足をしていた2人だが、あることをきっかけに、千葉にある実験都市・楽園(エデン)に移住することに。  そこは、毎年1回、コンピューターにより選ばれた住民が一斉に人工授精を受け、人口を完璧にコントロールするという実験が行われている場所だった。  そこでは男性も人工子宮を身に着け受精し、人工授精で出産された子どもはセンターに預けられ、受精する年齢になったら大人とみなされセンターを出る。その世界では、すべての大人がすべての子どもの“お母さん”となり愛情を注ぎ続けるのだ。最先端の技術で、“家族(ファミリー)システム”ではなく“楽園(エデン)システム”で、繁殖されるヒトによる世界。その実現に向けた壮大な計画の中で、雨音と朔は生きることを決意。しかし、同じ日に人工授精した2人の関係は、微妙にずれはじめる…。  ヒトが生まれる意味と、そこから繋がる世界について、日本の未来を予言する圧倒的衝撃作の誕生だ。

この男、前代未聞のトンデモ作家か。はたまた推理冴え渡る名刑事か!?

2016.09.10 Vol.674
 主人公の毒島真理は、売り出し中のミステリー作家。新人賞を獲りデビューした後も、執筆活動が順調の売れっ子作家だ。しかし、それ以前は、検挙率1番の敏腕刑事で、退官後すぐに刑事技能指導者として再雇用されたという経歴を持つ。捜査一課に配属されて半年になる高千穂明日香は、フリーの編集で文学賞の下読みを担当する百目鬼が殺害された事件の犯人像についての参考意見を聞くために、毒島の元へ行かされた。童顔で温和な笑顔を見せ、飄々と話をする毒島は、先輩刑事に聞いていたほど変わり者ではないと感じたのだが、話をするうちに、とんでもなく皮肉屋で性格のねじ曲がった男だということが判明。 しかし、話を聞いただけで、犯人の目星をつけ、事件を鮮やかに解決に導く手腕はさすがの一言だ。その後も、作家の尊厳などどうでもいいという高飛車な編集者、若手作家に厳しい大御所作家、自称辛口書評家、人気作家につきまとうストーカーなど、出版業界周りの事件になると毒島の出番となる。そんな時、毒島の小説がドラマ化されることになるが、ここでも視聴率主義でタレント優先のプロデューサーの横暴が。原作の骨格がなくなるほど、手を加えられた脚本をめぐり、ついにプロデューサーが殺害されるという事態に。監督、脚本家、そして毒島自身が犯人として浮上。アリバイなしの動機ありというピンチに、毒島は一体どんな結論を導き出すのか?! それにしても、ここに出てくる出版業界周りでうごめく人間の変人さ加減といったら、毒島以上ともいえる。これが本当の出版業界かと思えば、さにあらず。著者紹介のところにこんな一文が。「この物語は完全なるフィクションです。現実はもっと滑稽で悲惨です」。魑魅魍魎、いろいろな化け物がうごめく業界だが、一番の化け物は毒島本人だ。それはイコール筆者なのか?! 同書は、極上ミステリーとそんな業界の裏側も楽しめる。

実は知らないホテルの裏技—知らなかったら損しています

2016.08.24 Vol.673
 著者は「姉さん、事件です!」というセリフでおなじみの大ヒットドラマ「ホテル」のモデルになった、伝説のホテルマン。経営、サービスのプロであるのはもちろん、ゼロからホテルを作り上げ、それを世界が認める最高級グランドホテルに引き上げた人物だ。世界中探しても、そのようは経験を持つホテル経営者兼総支配人はいないという事からも、著者がどれだけホテルに精通しているかが分かる。イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルが「その国の文化の水準を知るには、その国で最もいいホテルを見よ」と言ったというエピソードが書かれているが、ホテルは国の文化水準を反映し、本来の存在価値を表している。しかし、日本においても、海外においても、その国で最もいいホテルに泊まるという経験はなかなかできないもの。普段ビジネスホテルやシティホテルを利用している人は、高級ホテルに尻込みしてしまいがちだ。  同書の中で、高級ホテルかそうでないかを簡単に判断する方法として紹介されているのが、「客室を一歩も出なくても、すべてが事足りるのが高級ホテル」で、「客室を出なければ寝る事しかできないのがその他のホテル」というもの。すなわち“必要なものがその場でそろうホテル”それが高級ホテルだと。チップの習慣がなく、サービスになれない日本人は、ホテルマンに対して、どこまでのサービスを要求していいものか気にしてしまう事がしばしばあるが、同書を読むと、かなりいろいろなお願いしても大丈夫だと分かる。しかも、遠慮する必要もないと。が、そこはこちらがプロの客としての振る舞いができる場合の話である。なんでもかんでもワガママを言い、上から目線で命令するのは、サービスを受ける以前に、人としてマナー違反だ。同書は、ホテルで快適な時間を過ごす裏ワザを教えてくれると同時に、利用者をプロの客へと導いている。プロの客はプロのホテルマンを育てる。ホテルという非日常の空間を、上手に使いこなすには、ホテルマンと客が同等にプロであることが必要なのだ。その上で、同書の裏技を駆使しホテルを使えたら、そこは自宅のようにくつろげる場所にもなり、とっておきのスペシャルな日を楽しむ場所にもなる。いいホテルを選ぶポイントやコンシェルジュとの接し方など、日本でも海外でも使える実用的な一冊。

「TOmagazine」墨田区特集号/大相撲の横綱・白鵬

2015.01.22 Vol.634

 「東京23区のローカルカルチャー」にスポットを当て、毎号1区ずつを特集していくユニークなコンセプトが注目を集めるカルチャー誌「TOmagazine」。その最新号は、墨田区特集だ。一般に「下町」「スカイツリー」のイメージが先行する墨田区だが、知られざるダンスカルチャーや国際色豊かな文化、世界に誇るモノづくりの拠点でもある同区を総力特集。表紙/巻頭は雑誌への登場自体が異例という大相撲の横綱・白鵬。地元の顔として、相撲の町・両国に初めて来た時のことや錦糸町の思い出、そして未来への夢などを語っている。

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