【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第45回 新幹線無料化なら究極の地方創生が実現!?

2017.06.12 Vol.692
 慶応SFCが、自治体とコラボレーションし、地方創生の研究・実践に励む大学院生などの人材を、各地に送り出す「地域おこし研究員」の取り組みが本格化しています。総務省の「地域おこし協力隊」制度(例・年間の報償費と活動費がそれぞれ200万円、最長3年間)や、自治体独自の制度等を活用することで、受け入れ先の自治体で研究員を任用してもらい、各地の街おこしを実践。大学側は、対面での指導だけでなく、現地とインターネットでつなぐことで遠隔で研究指導や学習を支援していきます。  私の教え子たちは各地に続々と飛び込み、「スポーツまちづくり」「地域商社」「高校魅力化」など、先進的な企画をどんどん展開しています。SFCと鹿児島県長島町はこの2月に連携協力を締結しており、10人程度の研究員が任用される見通しです。  長島町は私も昨夏、講演に行ってまいりましたが、東京から鹿児島まで飛行機を使い、そこから車に乗り継いで6時間程度かかります。たしかに遠いです。しかし、インターネットがこの距離を埋めることで現地に入った研究員は、首都圏にいる仲間に、中途経過や成果をリアルタイムにフィードバックし、逆に遠方の仲間たちからアイデアの提供を含めてコミュニケーションできます。  現地の皆さんも、最新のビジネスノウハウを持った若い世代と一緒に触れ合うことで元気になる。公私に渡って関係性が密になり、特産品や観光などの新しい売り方といったかたちで地域のポテンシャルが引き出されていくことでしょう。  ネットの普及により、遠隔でも、最新の知識や知恵、あるいは業務的なやりとりを日常的に行えます。最近流行りのシェアリングエコノミー的な観点でいえば、知識・知恵のシェアは当たり前になってきましたが、次は「人材のシェア」を都会と地方、あるいは地方都市同士で行う時代になるのではと予測します。たとえば新幹線がつながっている地域の大学で、専門家が少ない分野の教員を共有すれば、経営の効率化はもちろん、各地の学生の学びを深められます。  ただ、その障壁で大きいのが移動コスト。最近はLCC(格安航空会社)が増えていますが、たとえば、自治体が「投資」として一定の条件をつけて招致したい人材に向けて「新幹線無料化」を行ったら、週の半分は東京で、もう半分は地方というライフ&ワークスタイルの人材が増えるのではないでしょうか。  もちろん財政的な制約はあります。それでも夜行バスの無料化であれば、新幹線ほどコストはかかりませんし、検討に値するでしょう。真の地方創生へ、人のモビリティーがもっと着目されてもいいと思います。   (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第44回「東大よりもハーバード」の流れに対抗するには

2017.05.08 Vol.690
 東大進学実績ナンバーワンの開成高校で、今春の大学合格実績がこのほど公表され、ハーバードなど海外の名門大学の合格数を20人輩出したことが話題になっています。ネット上では「日本の大学の凋落」「教育現場での急速なグローバル化」と受け止めた方が多いようです。  しかし、私から見ると、ようやく世間の皆さんが気づき始めたことに複雑な思いです。私の教え子でも近年、灘高校を卒業して、国内ではなく、ハーバードに進学した人がいました。「頭脳流出」はすでに始まっているのです。今回の世間の反応には「むしろ遅いくらいだ」と半分は冷めたような気持ちもある反面、もう半分は「これで教育改革に本気で向き合う機運が少しは高まってくれれば」という期待が入り混じっています。  石油が取れない日本は「人こそ資源」であるはずなのに、教育に関するGDP比の公的支出は先進各国でも最低クラスが続き、超高齢化による社会保障負担の大きな縛りがある財政事情にあって、今後も国家として教育への投資は望めません。それでいて、工業化社会時代の知識偏重型モデルから抜け出せていないわけですから、将来は世界で勝負しようというトップ集団の高校生が危機感を覚えて、野球やサッカーの一流選手と同じように早い時期から「海外志向」になるのは当然の流れです。  だからこそ、大胆な投資が望めないのであれば、グローバル化やAI(人工知能)の発達といった社会構造の変化を見据えた教育制度に変えるくらいはしておかないとなりません。そして、子どもたちだけでなく、親御さん、学校現場の教師たちが、新しいことにチャレンジするインセンティブを働かせるには、どうすればいいか。長年試行錯誤した末に、「大学入試を変えれば、高校以下の学校現場も、塾産業も、当然親たちも変わる」と確信して、現在まで取り組んでいるのが、まさに一連の大学入試改革というわけです。  5月21日13時30分から、東大の五月祭で行われるNPO法人、日本教育再興連盟の「五月祭教育フォーラム」では、大学入試改革をテーマに、大学生たちと、私や陰山英男さんなどの専門家がとことん議論します。フォーラムでは、大学入試改革はそもそも何を変えるのか、あらためて問い直します。事前受付は、例年以上の反響らしく、このコラムが掲載される頃には「満員札止め」になっているかもしれませんが、今後もこうした機会が増えていってほしいと思います。(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

平尾誠二さんの遺志実現へ 思い新たに【鈴木寛の「2020年への篤行録」第42回】

2017.03.13 Vol.686
 日本ラグビー界のスーパースターだった平尾誠二さんが亡くなられてから、早いもので5ヶ月が経ちます。2月10日に神戸で、平尾さんに「感謝する集い」が開かれ、私も伺いました。  献花の前ごろから、目頭が熱くなり、涙がとまりませんでした。何人もの方々が平尾さんを偲ぶお言葉のなかで「英雄」という言葉が出てきましたが、平尾さんは、私の一学年上でしたので、まさに、私たちの世代の英雄でした。弔辞で、岡田武史さんが、「平尾さんの『スポーツを通じて社会を変えたい』という思いに触発され、その後の人生が変わった。そして、今につながり、FC今治のオーナーをやっている」とおっしゃっていましたが、私も、平尾さんのその思いに心揺さぶられた一人です。  まだ政治家になる前、慶應義塾SFC助教授だった1999年頃。当時の神戸は阪神大震災が起きてから数年という時期で、ハード、インフラの復興はなんとか軌道に乗った段階でしたが、平尾さんと私は、スポーツの力で地域コミュニティに活力を吹き込み、復興を後押ししたいという思いを共に抱いていました。そして、日本初の本格的な総合型地域スポーツクラブSCIX(スポーツ・コミュニティ&インテリジェンス機構)を創設し、無名の私をパートナーとして信頼してくださり、副理事長に選んでくださいました。SCIXをモデルに今では、1000を超える、総合型地域スポーツクラブが全国に誕生し、学校スポーツではなく、市民が支えるスポーツクラブの文化が根付きました。  その日の会場で、展示されていた平尾さんの遺品のなかに、大切にされていた四枚の名刺の一つにSCIX理事長の名刺を拝見して、また、SCIXのTシャツを着て一緒にラグビーをした写真やご一緒に作ったSCIXの憲章をみて、こんなにもSCIXのことを大切に考えておられたのかと思うと、涙が止まりませんでした。  私が政界に転身してからも本当に助けていただきました。最初の選挙でなかなか決まらなかった後援会長をご紹介いただいたばかりか、私が文部科学副大臣在任中のオリンピック・パラリンピック招致では、孤立無援のなか国立競技場の霞ヶ丘での建て替えを決断できたのも、平尾さんから授かった、さまざまな人脈や知見があったからです。改めて、平尾さんとのご縁のおかげで、私のライフワークのいくつかが始まり、強化されたことを再認識しました。  今、我々にできるのは、平尾さんの思いをしっかりと引き継ぎ、実現させること。平尾さんにぜひとも見届けていただきたかった2019年ラグビーワールドカップ日本開催を成功させ、後世にそのソフトレガシーを残すことです。そして、スポーツを通じた社会改革を実現すること、そのための次世代人材を育成することだと思っています。平尾さん、本当にありがとうございました。 (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】 第42回 平尾誠二さんの遺志実現へ 思い新たに

2017.03.13 Vol.686
 日本ラグビー界のスーパースターだった平尾誠二さんが亡くなられてから、早いもので5ヶ月が経ちます。2月10日に神戸で、平尾さんに「感謝する集い」が開かれ、私も伺いました。  献花の前ごろから、目頭が熱くなり、涙がとまりませんでした。何人もの方々が平尾さんを偲ぶお言葉のなかで「英雄」という言葉が出てきましたが、平尾さんは、私の一学年上でしたので、まさに、私たちの世代の英雄でした。弔辞で、岡田武史さんが、「平尾さんの『スポーツを通じて社会を変えたい』という思いに触発され、その後の人生が変わった。そして、今につながり、FC今治のオーナーをやっている」とおっしゃっていましたが、私も、平尾さんのその思いに心揺さぶられた一人です。  まだ政治家になる前、慶應義塾SFC助教授だった1999年頃。当時の神戸は阪神大震災が起きてから数年という時期で、ハード、インフラの復興はなんとか軌道に乗った段階でしたが、平尾さんと私は、スポーツの力で地域コミュニティに活力を吹き込み、復興を後押ししたいという思いを共に抱いていました。そして、日本初の本格的な総合型地域スポーツクラブSCIX(スポーツ・コミュニティ&インテリジェンス機構)を創設し、無名の私をパートナーとして信頼してくださり、副理事長に選んでくださいました。SCIXをモデルに今では、1000を超える、総合型地域スポーツクラブが全国に誕生し、学校スポーツではなく、市民が支えるスポーツクラブの文化が根付きました。  その日の会場で、展示されていた平尾さんの遺品のなかに、大切にされていた四枚の名刺の一つにSCIX理事長の名刺を拝見して、また、SCIXのTシャツを着て一緒にラグビーをした写真やご一緒に作ったSCIXの憲章をみて、こんなにもSCIXのことを大切に考えておられたのかと思うと、涙が止まりませんでした。  私が政界に転身してからも本当に助けていただきました。最初の選挙でなかなか決まらなかった後援会長をご紹介いただいたばかりか、私が文部科学副大臣在任中のオリンピック・パラリンピック招致では、孤立無援のなか国立競技場の霞ヶ丘での建て替えを決断できたのも、平尾さんから授かった、さまざまな人脈や知見があったからです。改めて、平尾さんとのご縁のおかげで、私のライフワークのいくつかが始まり、強化されたことを再認識しました。  今、我々にできるのは、平尾さんの思いをしっかりと引き継ぎ、実現させること。平尾さんにぜひとも見届けていただきたかった2019年ラグビーワールドカップ日本開催を成功させ、後世にそのソフトレガシーを残すことです。そして、スポーツを通じた社会改革を実現すること、そのための次世代人材を育成することだと思っています。平尾さん、本当にありがとうございました。 (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第38回 教育も「外交力」が必須の時代

2016.11.14 Vol.678
 前回のコラムで、日米の大学・研究機関がトランスパシフィック(太平洋横断)での医療イノベーションに関する取り組みについて取り上げましたが、ヒトとチエのグローバル化はどんどん進んでいます。  私も8月初旬、広島県の高校生80名と一緒に、ハワイEast West Centerで行われた「広島創生イノベーションスクール」のプログラムに参加しました。そこでは、広島、ハワイ、ニューヨーク、フィリピン、インドネシア等の高校生たちが一緒にワークショップやプログラムに取り組むことで持続可能な社会の在り方について学びます。オバマ大統領の妹であり平和をテーマにした国際比較教育学者のマヤ・ストロさんにもワークショップを行っていただきました。  また、9月には戦後ロックフェラー家がニューヨークに立ち上げたアジアソサエティ財団が60周年を記念して、グローバル教育センターという新組織を立ち上げ、開設記念のシンポジウムがありました。アンヘル・グリアOECD事務総長やユネスコのイリナ・ボコバ事務総長、ニュージーランドのトレバー・マラード教育大臣などが集まり、私は、同センターのアドバイザーに就任し、このシンポジウムにも参加しました。  10月にも、スポーツ文化ワールドフォーラムが京都と東京で開催されました。これは下村博文元文部科学大臣のイニシアティブで開催が決定され、文部科学省が中心となってダボス会議事務局と協力して準備しました。IOCのバッハ会長、世界経済フォーラムのシュワブ会長も来日され、文部科学省参与の藤澤久美さんはじめ民からのメンバーと地方自治体からと官からのメンバーによる混成チームが文部科学省に作られ、彼らの大活躍のおかげで、大盛会に終了しました。  実は世界的には学力のひとつの指標として、「グローバル・コンピテンシー」、つまり国際的に一緒に問題を解決する能力が明示化されようとしています。15歳の学力を世界的に比較したOECD(経済協力開発機構)のPISA調査のことは、日本の順位が出る度に報道があるので、みなさんもご存知と思いますが、2018年に向け、あのPISAに「グローバル・コンピテンシー」が追加される方向なのです。  いま20代の方が40代になる頃、日本人ばかりの職場は減ってくるのは間違いありません。課長や部長になったら、部下の何割かは外国人になっていたという人も増えると思います。新たな創造力も生まれる一方で、カルチャーギャップやコンフリクトもあるはず。外国人と一緒に仕事をするための力をどう身につけるか、教育現場でも重要なテーマになっているのです。  さて11月も私はアジアに出かけます。北京で行われるOECD教育2030、ドバイで行われるダボス会議関連のシンポジウムに、それぞれ参加します。教育でも「外交力」が必須の時代、私自身も磨いていかねばなりません。 (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第36回 オリンピック・パラリンピックの“融合”

2016.09.12 Vol.674
リオデジャネイロ・オリンピックが閉幕しました。日本選手団が獲得したメダルは41個。「史上最多」だった前回ロンドンの38個を上回って記録を更新する活躍ぶりに、連日連夜、皆さんも胸を躍らせたことでしょう。  特に、陸上男子の400メートルリレーで初の銀メダルを獲得し、体操男子団体で3大会ぶりに金メダルに輝いたことは、チームプレーをお家芸とする日本らしさを象徴するようでした。閉会式でのリオから東京へのハンドオーバーセレモニーの演出も見事で世界中へのアピールも成功したと言えます。  さて、いよいよ4年後は私たち東京の出番です。  国立競技場の計画見直しやエンブレムの問題などを乗り越え、大会準備を強力に推し進めていくのは当然の責務ですが、オリンピックのホスト国として、自国民、世界中の人々にも、大会中の感動や喜び、スポーツと平和の素晴らしさを伝えるのが使命となります。ただ、目先のことにとらわれるだけではもったいない。大会が終わってからもワールドワイドにどのようなレガシーを残すことができるかも考えながら、残る準備を練りに練っていかねばなりません。  ちょうど、このコラムが掲載される頃、リオではパラリンピックが開幕します。  国会議員時代から提唱してまいりましたが、将来的には、オリンピックとパラリンピックとの区分を見直し、両者の開催順番を変更してパラリンピックの注目度をさらに高める。あるいは、両者の「融合」も段階的に図っていくような大胆な改革があっていいと考えます。  歴史的には、障害者福祉から出発したパラリンピックですが、競技性に年々磨きがかかっています。競技・種目によってはオリンピックに匹敵する記録をマークするようにもなっています。昨年10月、IPC陸上世界選手権の男子走幅跳びでマルクス・レーム選手(ドイツ)は、8m40cmをマークして優勝。これはロンドンの金メダリストの記録(8m31cm)を上回り、世界に衝撃を与えました。レーム選手は、右足の義足が跳躍力を与えているという見方もあるのでしょうが、為末大さんもあるシンポジウムで「もしパラリンピックの選手がオリンピックの選手に勝ったら、何か世の中の当たり前に思っている意識が変わって、人間はもうひとつ先のステージに行くのではないか」と指摘されています。  パラリンピアンもトップアスリートであることを認めて、健常者と障害者との区分を取り払うことの意義や、日本が世界に一石を投じるべく何ができるのか、もっと社会的に議論しても良いのではないでしょうか。(東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」第35回 ネットが存在感を見せた都知事選

2016.08.08 Vol.672
 都知事選は、小池百合子さんが291万票を集める圧勝を収め、初の女性都知事に就任しました。今回の都知事選もテレビが盛り上がる「劇場型」の様相となりましたが、これまでと違うのはインターネットで広がった論調が、投票行動に一定の影響を与えた可能性が強く感じられる点です。  3年前の参院選でインターネットを使った選挙活動が解禁された当初は、匿名の書き込みによる誹謗中傷が目立ち、ネット選挙の負の側面がクローズアップされました。ただ、リアルの投票行動に顕著に影響したかどうか微妙な面もありました。  ところが、今回の選挙戦、地方の首長を経験した有力候補者の出馬が伝えられると、陣営がセールスポイントに掲げた実務能力が本当なのか、有名ブロガーが大手ポータルサイトのニュースブログで検証記事を書いたり、著名な元政治家がネットメディアのインタビューに対し、都政の裏事情について“爆弾”発言をしたりして、その内容がものすごい勢いでネット上に拡散しました。  この3年間の変化で特に大きかった点として、まず有力ネットメディアの台頭が挙げられます。アメリカでは2000年代にハフィントンポストが米大統領選に影響を与えたと言われますが、日本でも近年、そのハフィントンポストが朝日新聞との合弁で日本に進出したほか、前述の大手ポータルサイトで有識者や有名ブロガーの個人ニュースブログが発足。ほかにも新しいプレイヤーが登場し、新聞・出版から若手の優秀な人材が移籍する動きも出ています。  そしてスマートフォンの普及も大きな変化です。良質なコンテンツを作る媒体が育つと、今度はそれを拡散する環境が整いました。スマートフォンのニュース・キュレーションアプリサービスの利用者が激増し、新聞、テレビ、出版等の伝統メディアが配信する報道記事と一緒に、エッジの効いた有力なネットメディアの記事も多くの人が見るようになります。新聞、テレビは選挙戦中、政治的公平性を過剰に慮る余り、特定候補者のネガティブ報道は抑制的になります。そんな既存メディアに物足りなくなった若い世代が、ネットメディアの記事を読み、投票判断の材料にするようになったのでしょう。  興味深いのは、新聞、テレビからの選挙報道を主に接していた親世代までもが、若い世代からネットメディアが抉り出した情報に口コミで伝わる動きが見られたことです。新しい情報の流れ方が生まれつつあるように感じます。ただし、若い世代は、接触した情報を精査する能力も高めねばなりません。欧米よりもメディアリテラシー教育で立ち後れる日本で重い宿題を残しました。 (東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」第34回 18歳のための都知事選「テレビ選挙」講座

2016.07.11 Vol.670
 本稿の締め切りは、参議院選挙の投開票日(7月10日)の前になりますが、テレビや新聞の報道は、参院選よりも東京都知事選(7月31日)の方が盛り上がりそうな雰囲気です。  都知事選は、この四半世紀、「テレビ選挙」と言われています。80年代までは、ほかの地方の知事選と比べて、メディアの取り上げ方に大きな差がなかったのですが、90年代から、テレビを意識した候補者のパフォーマンス合戦が激しくなり、タレント出身で無所属の候補者が政見放送とポスターを貼るだけの選挙活動で政党推薦の候補者を破って当選したこともありました。この間、特定の支持政党を持たない人たちの増加に対し、各政党とも、首都特有の選挙の難しさに頭を悩ませています。  テレビ、特に民放各局の選挙報道が過熱すると、どのようなことが起きるでしょうか。ニュース以外の情報番組でも、主婦やお年寄り向けに、噛み砕いて取り上げるのはよいことですが、番組の作り手が「分かりやすさ」を追求する余り、どうしても誰と誰が出るかばかりに焦点を当てた報道が中心になります。  今回の選挙戦は、任期途中で辞任した舛添前知事がやり残した政策的な課題は一体何だったのか、そこをしっかり検証するのが筋ですが、あれだけ連日、辞任に至るまで報道していた割に、辞めた後のことは置き去りにされがちです。  選挙が「劇場化」してしまうと、候補者の方も本気で勝ちに来ている陣営もあれば、都政とは関係のない、自らの主義主張をしたいだけの陣営、新しい方法論を試すことに注力する陣営など、次の都政に向けた本来の政策論争からやや逸脱した選挙模様になりかねません。今度の都知事は、オリンピック・パラリンピックの開催準備という歴史的使命はもちろんのこと、かつてない超高齢化対策、一向に解消されない待機児童問題など、難題が山積みです。  前回のコラムでは、参院選を迎える18、19歳の有権者のみなさんに向け、「各政党・候補者がどのような公約を掲げているのか、他党の公約や専門家の指摘と擦り合わせて一つ一つ吟味をする」と書きました。テレビの選挙報道は、あくまで一つの判断材料として、自分の頭で考え、友や師と議論すべきなのは、都知事選も同じです。  参院選で初めて投票した都内の18、19歳の有権者の皆さんにとっては、良い意味でも悪い意味でも、テレビが選挙をどのように取り上げ、どれだけの影響を投票行動に与えるのか、そして視聴者である皆さんが、そうした選挙報道にどう向き合うか、格好の実践の場が来たと言っていいでしょう。 (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」第33回「18歳選挙権」にわかブームにするな

2016.06.13 Vol.668
 衆参同日のダブル選挙は、熊本地震の影響もあって見送りになったものの、6月1日の国会閉会後、各政党は参院選に向け「選挙モード」に入っています。朝日新聞の世論調査では、参院選の投票先を選ぶ際にもっとも重視する政策を尋ねたのに対し、「医療・年金などの社会保障」が最多の53%。続いて「景気・雇用対策」(45%)、「子育て支援」(33%)と生活に密着した内容が相変わらず多く挙げられました。  今回の参院選、なんといっても注目は「18歳選挙権」初適用です。諸外国では選挙権年齢が10代に引き下げられており、日本もやっとこの潮流に乗ることになりました。何よりも我が国は「シルバー民主主義」と言われるように、少子高齢化で多数派のシニア世代の意見が通りやすいのが実状です。若い世代の政治参画のすそ野を広げていくためにも、この「18歳選挙権」導入が実現することを心から歓迎したいと思います。  一方で、参院選に向けた「18歳選挙権」を巡る報道を見ていると、各党の若者向けアピール合戦といった目先の現象にとらわれ、本質的な意義が正確かつ深く理解されないのではないかという危惧を抱いています。3年前の参院選をご記憶でしょうか。インターネットを使った選挙活動、いわゆる「ネット選挙」が解禁されたのがこの選挙戦でしたが、マスコミが大々的に報じた割に若い世代の投票率が劇的に改善することもなく、期待されたネット上の政策論議もあまり見られず、むしろ中傷やデマ、ネガティブキャンペーンが横行する等、「から騒ぎ」に終わった感があります。今では政治や選挙のネット利用の意義が忘れ去られています。 「18歳選挙権」は「ネット選挙」の轍を踏んではなりません。すなわち、にわかブームにしてはならないのです。  政治や社会を変えるのは、とても時間がかかります。かのマックス・ウェーバーが「政治という仕事は、情熱と判断力の両方を使いながら堅い板に力をこめて、ゆっくり穴を開けていくような仕事です」と述べたように、本来の政治は、地味で地道なことの積み重ね。さらに「子育て支援を充実するなら他の財源を削る」といった様々な矛盾や葛藤、トレードオフがあるのです。  そうした現実を直視し、仲間たちと熟議する。待機児童問題に悩む子育て世代などの当事者たちに話を聞くと理解が深まります。もちろん、皆さんが当事者世代である奨学金問題や社会保障の世代間格差について、各政党・候補者がどのような公約を掲げているのか、他党の公約や専門家の指摘と擦り合わせて一つ一つ吟味をする―。初めての一票を投じるまで、その重みをぜひ感じてください。(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第32回 熊本震災で痛感した“LINE世代”の力

2016.05.09 Vol.666
 このたびの熊本の大地震で亡くなられた皆様とご遺族に心よりお悔やみ申し上げます。また、被災された皆様にもお見舞い申し上げます。  私自身も東北の復興で、いくばくかの経験、人脈もありますので、微力ながらご支援していきたいと思っています。  さて今回の震災はITの観点から注目した事象が数多くありました。まず、大規模災害時の利活用が想定されていたドローンですが、国内では初の「実戦」になりました。国土地理院がドローンで被災状況を撮影し、テレビ報道で使われるだけではなく、ユーチューブにアップされた動画を国民が直接アクセスできるようになり、検証材料として社会的に共有されやすくなりました。  そして、LINEの利活用もポイントです。熊本地震は、スマートフォンの普及率が日本国内で50%を超えてからは初めての大規模震災になります。東日本大震災でもツイッターは情報伝達に活用されましたが、LINEは「3・11」を機に高まった、家族や仲間たちとの「絆」大切にしたい世相を反映するように登場し、瞬く間に世界的なコミュニケーションアプリに成長しました。今回はLINEにとっても大規模災害でどう活用されるのか真価が問われました。  熊本で東北の教訓が生かされなかった反省点の一つが、人や物資の需給ミスマッチです。震災直後から自治体には水や食料、生理商品などの支援物資が届けられているものの、避難所に必要な分を届けるだけの輸送体制が整っていないなどの事態が指摘されています。ミスマッチを解消するには、どこでどれだけの人、物が必要なのか情報共有が必要です。  自治体職員や地域の大人たちが手が回らない中、大活躍したのが、まさに「LINE世代」である熊本市内の高校生たち。各避難所の人数、お年寄りの比率、必要な物資、外部への連絡事項をヒアリングして、LINEで連絡を取り合い、ネット上にアップしました。私は大学等で教えている「LINE世代」について、「人にお願いをする時に電話一本できない」「チャットに慣れてしまった分、メールで体裁の整った文章を書けない」などと厳しく指摘してきた経緯がありますが、高校生たちは機動力に優れた、見事な対応だったと思います。  実は、地方創生や災害でITを利活用しようという時、一番のネックになるのは、便利なツールを使いこなす人材が少ないことなのです。巨額のシステムを構築するハードへの投資ばかりが、政策論議で浮上し、予算もつけられる傾向があるのですが、本当に大事なのはソフトなのです。財政難のご時世ですが、LINEのような身近なツールを使いこなして成果を出せれば、無駄なコストもかかりません。熊本の高校生たちの活躍は、テクノロジーを駆使できる人材育成という点でも大きな示唆を大人たちに与えました。 (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第31回 AIの進化を見据えて自分を磨く時代

2016.04.11 Vol.664
 驚くニュースが飛び込んできました。グーグル傘下のベンチャーが開発した囲碁のAI(人工知能)、その名も「アルファ碁(AlphaGo)」が、世界最高峰の呼び声のある韓国の棋士と5局対戦し、4局で勝利しました。  すでにチェスは90年代後半、将棋は数年前にトッププロを破っていますが、碁は、チェスや将棋と比べて形勢判断が複雑とされ、「囲碁はあと10年程度はかかる」という予測もありました。AIが人間の知性を上回るシンギュラリティー(技術的特異点)が2045年頃に訪れるという話もありますが、チェス、将棋、囲碁の世界においてはシンギュラリティーの一足早い“到来”です。  前回、大学入試で記述式を大幅に増やす改革を論じましたが、その狙いの一つはシンギュラリティー時代への対応。工業化社会の名残で「教科書や先生に教わったことを間違いなくできるようになる」という人材育成では、もはや通用しません。コンピューターに置き換わる仕事がどんどん増えて行くでしょう。だからこそ、情報化社会の時代では、自分で物事を考えて、生産性を高めていかないとならず、考え、書く力を養う契機を作るのが入試改革なのです。  今年大学に入学した皆さんは、シンギュラリティーが起きるメドとされる2045年は50歳前後。まだまだ現役バリバリのビジネスパーソンです。そこまで待たなくても、囲碁や自動運転のように、シンギュラリティーが訪れるのがもっと早い分野もあることでしょう。つまり、皆さんは、未来を見据えた上で、人間でなければできないことは何かを常に考えながら、学問をし、師や友と語らい、自己研鑽をしていかないとならない時代に生きているのです。  人間でなければできないこととは何か? 私がひとつ思うのは、価値判断能力です。卒のない仕事を進めていくオペレーションの部分は機械に取って代わられていくにせよ、政治家が「福祉予算を高齢者向けから子育てに回す」、経営者が「今はこの事業で採算見通しがなくても将来必ず芽が出るから投資をする」などといった意思決定は、人間の領域です。過去にはない発想、イノベーションはまさにそこから生まれます。自分の価値判断能力を高めるにはどうすればいいか、その視点を常に持ち続けていきましょう。 (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

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