鈴木寛の「2020年への篤行録」第30回 「大学生読書ゼロ時代」の入試改革

2016.03.13 Vol.662
 本稿の締め切り直後、東京大学の入試前期日程の合格発表を迎えました。後期日程の入試は今回から廃止されましたが、新たに始まった推薦入試の合格者と合わせ、約3,000人の新入生が決まります。皆様、おめでとうございます。  そんな大学入試シーズンど真ん中の時期に、気になるニュースが流れていました。全国大学生活協同組合連合会が毎年行っている生活実態調査において、1日の読書時間が「ゼロ」と回答した大学生の数が過去最高となる45%を超えたというのです。  本を読まない大学生は以前から一定数存在します。同調査では30%台で推移していました。しかし2013年調査で初めて40%台に達し、今回一気に5%も増加したのです。一方、スマートフォンの利用時間は平均155分といいますから、メディア環境の影響は大きいのではないでしょうか。少なくとも一定割合の学生が、本を読まずにスマホに流れていることは容易に想像できます。  彼らは子供時代からもともと「本嫌い」だったのでしょうか。そんなことは決してありません。文部科学省や様々な民間機関の調査では、小・中学生の時点では本を読んでおり、その成果を裏付けたのがOECD(経済協力開発機構)のPISA調査。日本の15歳は、2012年に加盟国34カ国中、読解力リテラシーは1位でした(総合1位)。ところが高校生になると、本を読まない学生が半数近くに増えてきます。  本を読まなければ、当然、文章を書く力は身につきません。ベネッセが2013年に大学に行ったアンケートで「文章を書く基本的なスキルが身についていない学生がいるか」を尋ねたところ、「半分以上」と答えた大学が37.2%、「3割くらい」と答えた大学39.8%に上ったそうです。書く力は大学で論文の提出で必要ですし、社会に出てもビジネス用の文書作成が要求されます。  読書力は文章力と表裏一体なわけですが、私が大学入試改革で、マークシート偏重を改め、記述式をもっと増やしていこうと取り組んでいるのは、「文章力を入試で問うようになれば、生徒も学校も予備校も本気で文章力を身につけようと意識が変わる。本に向き合う気持ちも自ずとわく」と考えるからです。  ところが、不思議なことに一部の新聞メディアは、大学入試改革で記述式を導入することに「改革ありきの迷走は止めよ」だとか「見切り発車が混乱を招く」などと、ずいぶん批判的です。もう10年余りも教育行政や学校現場では、学力(この場合は文章力や読解力)向上に試行錯誤しているのに、本を読まない大学生が半数近くいる現実を変えることこそ待ったなしではないでしょうか。  NHK放送文化研究所が先日発表した調査で、平日に新聞を読んでいる20代男性は8%、女性は3%などと若年層の新聞離れが顕著に示されました。若者たちの読書力・文章力を底上げすることは、新聞社の皆さんと“利害”が一致するはずですが……。 (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第29回 日本人が知らないアメリカの「名門」大学

2016.02.08 Vol.660
 3月上旬、今年もアメリカの大学へ講演と視察に行ってきます。大学の教壇に本格的に復帰してからは3年連続。カリフォルニア大学(UC)サンディエゴ校に行きますが、今度はスタンフォード大学も見て回れたらと思っています。  滞在は10日ほどを予定しています。現地の政治家、官僚、経営者など様々なキーパーソンとじっくり語り合うのが外遊の妙味。しかも仲良くなると、面識も面会予定もなかった別のVIPを紹介してもらえます。国会議員時代にも何度も外遊しましたが、ほとんどの場合、外交日程はせいぜい数日。一つの国に腰を据えて半月もいることは滅多にありませんでした。国会会期中であればその対応もありますし、毎年のようにある選挙で自分の準備や仲間の応援に駆け回るとなると、渡航前の予定になかった方々とお会いするのは難しくなります。  渡航先での密な交流によって得られる知識や情報は、帰国後の政策立案や学術活動の幅を広げてくれます。たとえば医療イノベーションなどは、最先端の動向を知るだけでなく、現地に滞在する日本の製薬会社の関係者から、日本国として支援が足りないところを聞かされ、帰国後も課題意識を明確に持てます。私は50を過ぎ、滞在も半月程度ですが、これがまだ10代、20代の皆さんが4年制大学で学べばどうでしょうか。柔らかい頭と旺盛な好奇心で、アメリカ各地や世界各国からやってきた友達を作り、日本には無いものを見て回って、得られる知識、人脈、情報はかけがえの無い資産になることでしょう。  日本から海外に渡る留学生の数は、少子化や不況で大きく落ち込んだ近年の傾向が少し落ち着きつつあるようですが、それでも「内向き志向」が根本的に改まったとは言えません。その要因の一つとして思うのが、日本人がハーバード等の有名校以外にも海外に優れた大学があることを知らないこともあるのではないでしょうか。世界一の“大学大国”アメリカには、日本の3倍を超える4000もの大学があります。  ハーバードやエール等は入試のレベルが極めて高いですが、中堅大学もむしろ出る方が大変です。率直に行って、卒業が比較的容易な日本の有名大学の平均的な文系学生よりも、アメリカの中堅大学の日本人留学生の方が英語力、知識の深さ、視野の広さは総じて高いと思います。グローバル対応に悩む企業にも私は彼らの採用を薦めていますが、学生諸君は、機会があれば短期でいいので留学してみましょう。 (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第28回 「18歳選挙権」から熟議を広げよ

2016.01.11 Vol.658
 あけましておめでとうございます。元日の新聞各紙は驚愕するスクープはありませんでしたが、日経新聞では政治の新潮流を追いかけた連載が始まり、初回は若者と高齢者が政治的利害で対立する構図をどう克服するのか、いわゆる「シルバーデモクラシー(記事中はシルバー民主主義)」をテーマに読者に問いかける内容でした。  永田町の政局話ではなく、この切り口が最初に選ばれたのは、今夏の参議院選挙が最初に対象となりそうな選挙権年齢の18歳引き下げという歴史的な変化を見据えているからでしょう。高校生も含む新しい有権者は240万人。未成年有権者の影響力は小さくはないことだけはご理解いただけると思います。  しかし、そうはいっても最大勢力はシニア世代。昨年5月の大阪都構想の住民投票では、高齢の有権者が大阪都へ反対に回ったことが否決の要因という分析結果がありました。大阪都構想への是非や前市長の政治手法のことはさておき、シルバーデモクラシーの視点のみから振り返ると、人間というものは「知らない」「よくわからない」環境にトライすることは年齢を重ねるごとに難しいことを痛感しました。大阪市という一地域の行政システムの変革ですら、そのような判断になるわけですから、ましてや道州制や憲法改正というように、アジェンダが大きくなるほど選挙で変えることは生半可ではないのです。当然、世代間格差で最大の問題である社会保障にメスを入れるかどうかとなれば、自分たちの生活に関わりますから、一番難しいように思います。  これを克服する手段として、世代間で利害の異なる代表者を選出する年齢別選挙区制度という妙案もありますが、選挙区制度改革は政治家の抵抗が大きくなります。このままでは、若者たちが高齢者を敵視したり、絶望して選挙に行かなくなったりしかねません。  日経の記事では、高齢者福祉を重視する政党と若者教育を唱える政党のどちらを支持するかをテーマに議論する新潟県の高校の取り組みが紹介されていましたが、生徒たちからは「高齢者の雇用は技術の伝承につながる」といったように、高齢者と若者は対立関係ではなく、補完関係にあると意識していたそうで、私はここに明るい材料を見ます。まさに建設的な対話を通じて問題解決策を編み出す「熟議」が今こそ必要なのです。「18歳選挙権」を機に若者間はもちろんのこと、世代間をつなぐ対話の機会を増やしていかねばなりません。 (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第27回 日本、東北が2030年の教育をリードする

2015.12.13 Vol.656
 早いもので本コラムも今年は締めくくりとなります。私のほうは師走前と変わらず、大臣補佐官の業務と並行して大学で教鞭を取り、国内外のシンポジウムやセミナー等にお招きいただくという慌ただしい日々です。  自分の中で2015年を総括するには、もう少し先になりそうですが、去る11月、嬉しいニュースが入ってきました。文部科学省の国立大学法人評価委員会が、全国の国立大学90法人の2014年の業務実績を評価した中で、福島大が全国4つの「特筆事例」として取り上げられる最高評価を得ました。  評価理由は、「東北復幸祭〈環WA〉in PARIS」の企画運営。以前もご紹介しましたが、昨年8月末、被災地の中学・高校生たちが、世界中からの支援に感謝の意を伝え、東北の復興と魅力をアピールするとともに、彼らが主体的に取り組むことで日本や東北の未来を担う人材に育つように後押しするプロジェクトです。生徒たちは、OECDが復興教育で開催した「OECD東北スクール」に参加していたメンバー。福島大には事務局として、副学長の三浦浩喜先生以下、全学を挙げて取り組んでいただきました。イベントは2日間で15万人が来場する大盛況でした。評価委員会からは復興に向けた「戦略的・意欲的な情報発信」と高く評価いただきました。  OECDでは、教育局が加盟各国の教育水準の向上や教育改革推進に取り組んでいます。私は副大臣時代から、東北の復興人材育成が、先方の考える「2030年代に向けた教育のモデル」になるように提案し、一緒にプロジェクトを進めてきました。この間の取り組みをともに支えていただいた福島大の受賞は我が事のように嬉しく思います。  東北復幸祭の成功により、教育の世界的な先進モデルづくりに「日本は熱心だ」と、今後ますます世界に注目されそうです。コラム締め切り直後の12月10日には、文科省とOECD主宰の教育の未来像を考えるセミナー「Education 2030 - 21世紀コンピテンシー」が東京で開催され、私も登壇します。そういえば、今年の春は、慶應助教授時代の教え子が副校長として赴任した福島県立ふたば未来学園高校が開校し、復興教育の新しい1ページを開きました。来年で震災から5年。節目を迎える東北、そして日本から世界の教育をリードするモデルを打ち立てていきたいと思います。 (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第26回 ロボットと共生する社会を目指す

2015.11.08 Vol.654
 みなさんは「コンビビアリティー」(conviviality)という言葉を聞いたことがあるでしょうか? おそらく東大生でも知っている方は少ないでしょう。ご存知という方がいたら、現代哲学や社会思想に強い関心をお持ちだと思います。  コンビビアリティーは、オーストリア出身の思想家イヴァン・イリイチ(1926〜2002年)が提唱した概念で、日本語では「共悦」「共愉」、つまり“みんながワイワイ楽しく、生き生きとしている様子”を言います。もともとは効率を何かと優先する産業主義的な考え方を批判する視点から生まれたものなのですが、2020年以降、私はコンビビアリティーが非常に重要になってくると、最近考えています。  2020年の東京オリンピック・パラリンピックを契機にいま注目されているのが自動運転の普及です。先ごろ、トヨタ自動車が2020年頃を目処に高速道路での実用化を目指す方針を明らかにしました。またDeNAも2020年のロボットタクシー実用化構想をぶち上げました。  自動運転を巡っては既存の自動車産業だけでなく、世界的にはグーグルも研究開発に力を入れており、遠くない将来、私たちの移動の概念を根底から変えていくイノベーションになります。ロボットが運転をしてくれれば、人間がいままで運転に充てていた時間を使って、車内で仕事なり、家族とのコミュニケーションなり、時間をより生産的に使えるようになります。飲酒運転も過去のことになるでしょう。  一方で、未来の働き方を占った世界的ベストセラー「ワークシフト」でも論じられたように、テクノロジーによる社会のアップデートは同時に既存の雇用を奪うことになります。多くの国でタクシー運転手は、所得が比較的低い人たちが担っており、ロボットに運転の役割を取って代わられると、職を失ってしまいます。 「ワークシフト」では、暗い未来を論じていますが、「人間VS機械」のような単純な二項対立はある意味、欧米的な言説のようにも思えます。しかし私は、日本人は古来、外国からの文物を巧みに取り入れる多様性があることから、ロボットと仲良くなりながら、より豊かな社会を作れるのではないかと考えています。  9月に「ユニバーサル未来社会推進協議会」を設立しました。目指しているのはロボットの力を借りて、障害の有無、言語の壁を取り払い、誰もが生き生きと(コンビビアルに)生活できる社会。ロボットや人工知能研究の第一人者にお集まりいただき、今後、民間企業をも巻き込んで日本から人間・ロボットが共生する社会のロールモデルを打ち出していきたいと思います。 (文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第25回 日本ラグビーの危機を救った代表チーム

2015.10.12 Vol.

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第22回 18歳選挙権引き下げで大事なこと

2015.07.13 Vol.646
 公職選挙法が改正され、投票年齢が18歳以上に引き下げられました。投票年齢の変更は70年ぶりのことです。来年夏の参議院選挙から適用される公算が高くなっていますが、高校3年生の一部も含まれますので学校現場では、どのように政治と向き合えばいいのか、戸惑いの声が上がっています。  ここで重要なのは、若者が投票に行きさえすればいいということではないこと。たしかに、世界的に投票年齢は18歳以上が主流になっており、日本でも低迷して久しい若年層の投票率を上げ、彼らの政治参画を促そうと若い世代を中心に投票年齢引き下げを主張し、ようやく実りました。  しかしネット選挙活動が解禁された折を思い出してみてください。当時も「ネットを使う若い人が投票に行くようになればいい」という期待論がありました。私がかつて十数年、ネット解禁を主張した理由のひとつに、候補者と有権者、あるいは有権者同士の政策論議を活発化して、政治参画の意識を高める目的がありましたが、結局、政党やマスコミが一時的に騒いだ割に投票率が劇的に上がることはなく、それどころか都知事選では歴代ワースト3番目、衆議院選挙は歴代最低の低投票率に終わりました。  このときの“教訓”から改めて思うのは、投票年齢引き下げにしろ、ネット選挙解禁にせよ、所詮は手段に過ぎないということです。民主主義制度は有権者の自治システムなので、ほかの誰かからの介入を受けることなく、自分の頭で考え抜いて決めるようにならなければなりません。そういうマインドを地道にコツコツ育てていかないといけません。70%の市民が投票に行った大阪の住民投票のような事例は、当事者意識が高まったからですが、それはカンフル剤のようなもので、やはり普段からの地域や家庭でいかに「自治意識」を育てていくのかが重要です。  何も特別なことは必要ありません。政治は、「あちらを立たせばこちらが立たず」といったトレードオフや矛盾、葛藤の連続ですが、たとえば部活動のマネジメントを基本的に生徒たち主体で行うだけでも自治意識は育っていきます。公立高校の野球部であれば、サッカーなどほかの運動部とグラウンドが共用だったりして十分な練習時間を確保できないことが多いでしょう。そこでグラウンドが使えなくても可能なトレーニングが何か創意工夫します。狙い通りにいくこともあれば失敗することもあるでしょう。しかし、仲間たちと話し合って、どのように効率的かつ効果的にチームを強くしていくべきか、その試行錯誤のプロセスこそが自治意識のひな形になるのです。高校時代、弱小サッカー部のマネジャーだった私は仲間たちと主体的に運営したのですが、強豪校を破って地元の大会で優勝した成功体験は大きかったと思います。  こうした自主性を養うには大人のアプローチが重要です。介入ではなくじっと見守り、どうしようもなくなったときだけ手を差し伸べるようにできるかどうか。親や教師、大人のマインドセットも問われています。 (東大・慶応大教授、文部科学大臣補佐官)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第21回 今こそ中小企業から「バイパス型キャリアアップ」

2015.06.07 Vol.644
 この原稿が掲載される頃には東京は梅雨に入っている頃でしょうか。学生の就職活動もいよいよ佳境を迎えていますが、就職情報会社の調査では、7月までに実質的な内定を出す企業が6割を超える見通しだそうです。  今年は空前の「売り手市場」とあって、企業側は優秀な人材確保に懸命です。特に中小ベンチャー企業は、大手企業に人材を取られまいと囲い込みに入り、あとで内定を辞退されることも覚悟の上であえて早めに内々定を出す動きが報じられています。先日、経済誌系のウェブメディアの連載で、こういう状況だからこそ中小ベンチャー企業は、たとえば浪人や留年等の累計年数が2年を超えるような学生であっても能力本位で見定めるべき、工夫を凝らした採用戦略を採るべきだと提言させてもらいました。  さて一方の学生のほうはどうでしょうか。一時期、「意識高い系」という言葉がネット上で流行し、起業志向やベンチャー企業を目指すような若者を揶揄する言説もありましたが、昨今の就活市場に目を向けると、知名度もブランドもあり、待遇もいい大手企業が採用枠を増やしてしまえば、学生の大手志向がますます固まっていくのではないでしょうか。今春発表された人気就職ランキングの記事の類を見ていると、上位10社には銀行や証券会社、最大手の旅行会社等が名前を連ねており、よく言えば「堅実」、悪く言えば「安住」志向が変わらないと感じます。  手前味噌ながら、私の歴代の教え子たちは、そうした学生たちとは一線を画して就活に臨んでいました。おかげさまで日本を代表する社会起業家、大手ネット企業の経営陣として活躍し、有名雑誌の特集「日本を元気にする若者100人」で名を連ねるような卒業生も多数います。彼らの中には、卒業前後から学生ベンチャー、スタートアップ、NPOを起業する人もいましたが、マスコミを始めとする大企業に入るにしても将来的にはリーダー型人材として力を発揮するため、戦略的にキャリアアップをしています。  30代でリーダー型人材として活躍する教え子たちの多くは、20代から「非定型業務」つまり決まりきっていない仕事に全力で取り組んでいます。リーダーになる人材は①新しい仕事や仕組みをクリエイトする ②既存の仕組みでパターン認識できないことを判断しなければならない ③リスクマネジメント(想想定外のトラブル等に対応する)——の3点に対応しなければなりません。社会人としての基礎を学んだ上でのことや、クリエイティビティーが必要とされる業界や職種に関してではありますが、20代後半になっても、与えられた仕事(定型業務)をこなすだけでは、マネジメントする側に回る時の素養が身につきません。  私の教え子で大手広告代理店に入社したA君は、当初、地方支社に配属されました。東京の華やかな舞台で活躍する同期に焦りを感じたこともあるようですが、支社長の「かばん持ち」として上に立つ人間の一挙手一投足を、仕事を通じて学び、支社の小さい所帯にあって業務の全体を見通す知見を得ました。早いうちに部下を持つことも人の動かし方、コミュニケーションの術を学ぶ機会にもなりました。その後、着実に実績を積んだ彼は、後年、会社が新規事業の子会社を設立する際、社内公募に合格して同社の社長を30代前半で任されるまでになりました。また別の教え子は中小企業でプロジェクトのマネジャー経験を積んで大手企業に転職。転職先の生え抜きの同世代よりも早く役員に抜擢されるという「バイパス型キャリアアップ」を果たしました。  同世代の多くが人気のある大手企業に目を向けている中、綿密な企業分析・情報分析を行って、あえて逆張りで、有望な中小ベンチャー企業に飛び込み、将来を見据えたキャリアアップをする選択肢もあっていいのではないでしょうか。イノベーションは、型破り、非定型の発想から生まれるのだと思います。 (東大・慶応大教授、文部科学大臣補佐官)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第20回 新社会人が浴びる「プロの洗礼」

2015.05.10 Vol.642
 ゴールデンウィークが終わりました。新社会人のみなさんは研修期間に区切りをつけ、それぞれの職場で実地訓練が本格化していく頃だと思います。その一方で、仕事が厳しくなっていくのも事実。新年度スタートからの緊張感から一時的に解放された反動も重なり、いわゆる「5月病」が心配になる時期でもあります。  近年は減少傾向にあるようですが、一頃、新卒入社から3年以内の離職率が問題視されました。昔から「石の上にも三年」「桃栗三年、柿八年」と言うように、相応の成果が出せるようになるまでには一定の年月と忍耐が必要です。「いまどき古いことを言うね」と、眉をひそめられるそうですが、どんな業界、世界でも、一旦入ったからには、その良いところも悪いところも見ないで辞めるのは勿体ないと思います。  そういう私も実は、新社会人の最初の3カ月は辞めたくて、辞めたくて仕方がありませんでした。1986年、今の経済産業省、当時の通商産業省で社会人生活をスタートしましたが、霞が関のなかでも“通常残業省”と呼ばれるほどの激務。最初の1年間は100日、役所に泊まり掛けで勤務していました。とにかく山のように仕事が降ってきます。しかもいろいろな先輩からいろいろなことを同時に頼まれ、同期の新人も含めてキャパシティーがオーバーする。当時の通産省は体育会気質で、ミスをするとすごく怒られました。  そんなある日、上司に怒られて深夜残業中の私に、隣の課の課長補佐が声をかけてくれました。先輩は「今しかミスはできないからね」とも言ってくれ、さらに、巨人軍の原辰徳選手の新人時代の話を引き合いに出されました。  いまの20代の皆さんは原監督の現役時代をご存じないでしょうが、高校時代から注目を集め、巨人入団時には王・長島の後継と期待される等、鳴り物入りの新人でした。ところが、そんな大型新人に対して冷静な評価を下す「上司」がいました。巨人軍のV9を参謀として支え、久々に現場復帰していた牧野茂コーチです。牧野さんは原選手に対して「キャッチボールもできないからね」と語ったそうです。  新人とはいえ、曲がりなりにもプロである原選手に対し、「キャッチボールができない」とはどういう意味でしょうか。それは「プロレベルのキャッチボールができるかどうか」ということです。原選手が守っていた三塁手ならば、どんなに難しい体勢で捕球しても、一塁ベース上の一塁手のファーストミットにめがけて、ピンポイントに投げられなければなりません。スピード、技術の精度が大学生とは違います。おそらく牧野コーチの目には入団当初の原選手の技術が物足りなく見えたのかもしれません。  その話をしながら課長補佐は、「おまえが(ボールを)落とす、ミスをするのはしょうがない。なぜならスピードが全然違うから」と私に諭しました。私たちの世界でも、仕事の分量、スピードに対して反射神経的に対応できなければなりません。それはまさに「プロの洗礼」であり、天狗の鼻をへし折られるということ。  公務員試験に受かって何となく“できる”気分になっている。論述試験でもそれなりのことが書けるつもりになっている。しかし、こと仕事の文書を書くとなると、「プロの目」からは水準に達していないわけです。私も議事録を取るのが苦手で先輩の筆で真っ赤に直されました。  実は先輩や上司は、新人のあなたがミスをすることは想定内。そのリスクマネジメントが仕事です。逆に言えば、どこまでミスせずに頑張れるかを見ています。だから、何かミスをしたらすぐに報告・連絡・相談すること。初期消火が大事なのです。  新人選手もプロの球のスピード、変化に慣れていき、本来の才能を発揮していきます。仕事はできる人に集中しますので、課題を乗り越えることで次につながります。そういう意味では1年目は勝負所。あなたも立派な戦力。仕事がふられることは信頼されている証しです。「プロの洗礼」は誰もが通る試練の道。頑張ってください。 (東大・慶大教授、文部科学大臣補佐官)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第19回 英語が”できない”というあなたへ

2015.04.12 Vol.640
 新年度に入りました。大学キャンパスの桜は散ったものの、サークルの新入生勧誘・歓迎活動がピークに入り、一年のうちでも特ににぎわう時期です。新入生の皆さん、そしてこの春に大学を巣立って社会に出た皆さんの門出に際し、心からお祝い申し上げます。  元旦と並んで4月は目標を打ち立てる時期です。その一つで毎年のように挙げられる定番が語学の習得。先日、あるビジネス誌が「英語特集」を企画するということで、グローバル人材育成を推進する私にも取材の打診がありました。編集部の都合により、後日の取材は別の切り口になったのですが、「英語」はビジネスパーソンのニーズが根強い企画なのだと改めて感じました。NHKの英会話講座のテキストは4月が最も売れるという話を以前聞いたことがありますが、5月、6月と時間が経つたびに脱落者が増えていくのもまた年中行事。「英語が使えない」という日本人の悩みはなかなか解消されません。  実際、データで見ても、TOEICやTOEFL受験者の国別平均点数で日本が「アジアで最下位クラス」と嘆かれる通りの状況です。しかし、所詮は言葉です。日本人の能力が低いから英語が使いこなせないのではなく、語学教育も含め、英語を使いこなすための環境が整っていないのです。日本語よりも英語に言語構造が近いラテン系諸国でさえも同じこと。たとえばイタリアに旅行したことがある方なら、街中で英語を話せる人が少ないことに意外な思いをされたのではないでしょうか。  かくいう私自身も典型的な“受験英語”育ちで学生時代はナマの英語に触れる機会はほとんどなく、会話に自信を持てませんでした。英語の4技能(読む・聞く・話す・書く)のうち、読解に偏重していました。法学部在学中は、政治学の英語の原書を読むことはしていましたが、留学はしませんでした。その後、通産省に入ると、早朝出勤、未明帰宅が続く日々でしたので、英語の勉強時間をまとまって取ることもありませんでした。  しかし1992年、28歳の時にオーストラリアに1年間、赴任することになりました。当初は学生寮のような施設に住んでいましたが、「これではいけない。英語を使えるようになりたい」と一念発起し、今でいうシェアハウスに移り、同国出身の男性と女性(カップルではありません)と計3人で暮らしました。2人と日常的にコミュニケーションを取り続けるだけでなく、ネイティブである2人の会話も聞くことで実際の英語の使い方に慣れていきました。私たちはどうしても完璧な英語を話そうと力んでしまいますが、ネイティブでも日常会話は結構ブロークンです。「あなたは日本人ですか?」を英訳すると、教科書どおりなら主語と動詞の順番を入れ替えて「Are you Japanese?」と話すでしょうが、実際の会話では「You are Japanese?」と語尾を上げるだけでいい、という具合に“発見”があります。  もし、あなたがセンター試験の英語で180点以上も取れているのに、英語が話せないと嘆くのであればそれは「思い込み」です。受験英語をある程度、修得した日本人であれば、難しい論文の読解力は世界的にも高いものだと思います。ただし、「話す・聞く」の訓練は不足しているために、培った知識を引き出し、組み立てるまでの時間がかかってしまいます。私の場合はシェアハウスの生活で、会話の間の取り方、会話のつなぎ方を覚えることで実践的な使い方の基礎を身に付けられました。  語学は、意識して使う環境が無ければ、どの国の人でも身に着かないのです。1986年に社会人になった私より以前の世代は、円安のために学生が海外に行くのは1回がやっとという時代でした。しかし85年のプラザ合意の後の円高で海外旅行や留学に行きやすくなりました。バブル世代の後も円高は続き、慶応SFCや国際教養大学のように英語を使いこなす学部や大学も目覚ましく増えました。最近では、LCC(格安航空会社)の就航で安く海外にも行けますし、インターネットを通じてフィリピン人との会話レッスンをリーズナブルに受けられるなど、学生時代の私から見れば羨ましい環境が整っています。  4年制大学であれば春夏冬の長期休暇が年間に3か月ほどあると思います。1年以上の長期留学は難しくても、すべての休みを短期留学に充てることができたら4年間で12か月分、つまり学生時代の4分の1を海外で過ごすことも理論上は可能になります。独身の社会人の方であれば英語を使う外国人とシェアハウスするのもいいでしょう。私も世界が広がりました。受験英語は無駄ではありません。まずは「習うより慣れろ」の精神でトライしてみてください。 (東大・慶大教授、文部科学大臣補佐官)

鈴木寛の「2020年への篤行録」
第16回 なぜ学ぶのか?「花燃ゆ」の松陰に思いを馳せる

2015.01.11 Vol.634
 あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。  若い頃にミュージカル劇団の音楽監督を務めた経験がある割に、普段はテレビドラマをあまり見ないのですが、NHKの大河ドラマだけは政治家時代から時折見てきました。2015年の大河は吉田松陰の妹、杉文を主人公に描いた「花燃ゆ」。松陰の生き様に、私も大きく影響されましたので、今回の作品には格別の思いで楽しみにしていました。  物語の冒頭で松下村塾が出てきましたが、まさにその場所が教育者としての私の原点です。20代の終わりに通産省から山口県庁に出向の折、現地を訪ねました。十畳と八畳半の二間しかない平屋建ての茅葺小屋に五十名もの塾生が学んでいたことにまず私は驚きました。ドラマでは久坂玄端と高杉晋作が「秀吉とナポレオンが戦をしたらどちらが勝ったか?」と議論していましたが、私も小さな畳の空間を眺めながら、ここで若人たちがどんなに白熱した議論をしていたのか思いを馳せました。それまでの私は法律立案や予算編成の仕事をしていて世の中は制度が作るものだと思い込んでいましたが、世の中を変えるのはそうした「制度」ではなく、「人」だということに気付きました。山口には2年ばかりの着任でしたが、その間、私は20回も通いつめては国づくりとしての人づくりを考えました。  ドラマでは、後の松陰こと寅次郎が山鹿流の兵学者のホープとして長崎や江戸に遊学していた時代から始まります。途中、叔父の玉木文之進からスパルタ教育を受け、学者としての基礎を叩きこまれた少年時代が回想シーンとして挿入される等、初回は教育者としての生い立ちをしっかり描いていました。そのため、登場人物の信念をセリフの中に投影し、物語の基礎を固めんとするばかりの骨太な描写が印象的です。とりわけ初回のクライマックスシーン。幕府によって禁書とされた「海防臆測」の所有者に名乗り出るように玉木たちが藩校の学生たちに呼びかけたところで、寅次郎と若き儒学者、小田村伊之助(後の楫取素彦)が禁書を持っていたことを打ち明けつつ、「人はなぜ学ぶのか?」熱弁を振るったシーンには感銘を受けました。 「知識を得るためでも職を得るためでも出世のためでもない。人にものを教えるためでも、人から尊敬されるためでもない。己のためじゃ 己を磨くために人は学ぶんじゃ」。寅次郎がこう言えば、伊之助も「お役に就くためでも、与えられた役割を果たすためでもない。この世の中に己がすべき事を知るために学ぶのです」と同調します。  折しも高校生にとっては受験、大学生にとっては期末試験のシーズン。当面はテスト対策の勉強に専念せざるを得ませんが、落ち着いたところでドラマでも見ながら「自分はなぜ学ぶのか?」と自問自答してみてください。違った視野から学問を考えるきっかけになると思います。 (東大・慶大教授、文部科学省参与)

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