睡眠医学のけん引者・西野精治×健康経営研究会理事・岡田邦夫 ロングインタビュー 労働者の健康は会社が守る! 健康と睡眠を経営から変革する

 新型コロナウイルスという未曾有のパンデミックで、私たちの労働環境、生活様式は大きく変わった。変化の形は人それぞれかもしれないが、人々の中で「健康」に関する意識・関心が高まったということは共通していることだろう。

 健康と一口に言っても幅が広いが、近年「睡眠と健康との関わり」が注目を浴びるようになってきた。そこで、ウィズコロナの世の中を生きる私たちにとって、誰しもに関わりのある「睡眠と健康」、そして「労働と健康」の関わりについて、それぞれの分野に詳しい専門家に話を聞いた。

左から、健康経営研究会理事の岡田邦夫氏、スタンフォード大学の西野精治教授(撮影・蔦野裕)

日本では従業員の健康を管理するのは「会社の義務」

 

――まず改めて「健康経営」の考え方について教えてください。

岡田:「健康経営」とは、従業員等の健康管理ならびに健康づくりを経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。

 高齢社会対策基本法が施行された平成7年から、高齢社会における健康問題について真剣に考えられるようになりました。その頃すでに、多くの有識者から、今のままでは高齢化社会の中で、人々が定年まで持たない。70歳になって人々が元気に働ける社会を作らなければいけないと言う意見が出ていました。その対策として、人々が労働社会の中でいかに健康を維持するかが議論、研究されてきました。

 政府の発表において、入社した時は元気でも、退社する時には4分の1の人が働けない、再雇用もできないような著しい疾病があるような状況です。例えば、アメリカには「employment at will」という法律があって、健康状態が悪くなって仕事ができなくなったら、雇用主は労働者を解雇できます。ところが日本には解雇権濫用法理という法律があり、雇用主は正当な理由なく労働者を解雇してはいけないのです。しかも、労働安全性法という法律で、企業には労働者に対する 定期健康診断が義務付けられています。実は、働くことで病状が悪化することが分かっていながら労働者を働かせ続けると、上司には6カ月懲役の罰則もあります。つまり日本では、経営者が従業員が健康でいられる会社を作っていかねばいけないのです。

 健康診断にだって多額のお金を投資しているわけですから、労働者の健康づくりも一つの事業として、黒字化できるような仕組みを作っていかなくてはいけません。労働者の健康を資産として会社が経営戦略として黒字事業としていくこと、 これが健康経営の考え方です。

――現在の日本における、健康経営の位置づけはどのようなものになっていますか?

岡田:経済産業省の施策の中にも入っていますし、とにかく今すぐに取り組み、社会的に改善していかねばいけない重要な事項だと、私たちは認識しています。パンデミックによって自殺者が増えたことで、日本の脆弱な社会基盤も世界に露呈しました。利益を出しても、従業員が不幸になるような企業はこれから社会的に認められないでしょう。

 現在日本は、世界で3国しかない「自分の会社を信用していない国」のひとつです。1位がロシア、2位が日本、3位は韓国。経営者に対しての信頼感はあっても、会社に対しての信頼感はない。優秀な経営者がいたとしても、従業員は必ずしもハッピーではないということです。なぜ、みんなが「この会社に務めなければよかった」と考えるようになってしまうのかに向き合わないと、日本の企業価値もどんどん落ちていきます。女性の健康問題では40歳ごろでは25%くらいが健康問題で働けない状況になっており、がん検診などの対応が必要であるといえます。

西野:この4分の1という数は、世界と比較してみても多いですよね。

岡田:そうですね。多脳梗塞、心筋梗塞、透析が必要な重症合併症、がんの後遺症などです。男性でも60代で4人に1人と考えると、多いですよね。

――パンデミックによって、健康経営の必要性が露見した部分もあったかと思います。実際、健康経営の在り方に変化はあったのでしょうか。

 岡田:必要性が露見したことそのものが大きな変化だったと感じています。パンデミックによって雇用形態とメンタルヘルス不調の関係も顕在化しました。

 そういう意味では、日本はもう少し早く、健康経営について真剣に取り組むべきだったとも考えてしまいます。リーマンショックの時もそうでしたが、社会的に大きな変化が起こった時、日本では残業時間が少なくなって労働時間が減り、変わりに心の病気が増え、自殺者が増えるということを繰り返しています。今後もまだ何が起こるかわからないですし、社会的体質を強くしていかねばいけないと気づいた企業は増えたのではないでしょうか。中小企業庁の研究によれば、パンデミックによる働き方改革で、IT化を社長自らが率先した企業は実績が上がっているということも分かっています。健康意識の向上も事業改革も、とにかく経営者のパワーが重要だということです。

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