松坂桃李 あの名曲クラシックは映画『マエストロ!』で”見る”べし!

日本映画界を代表する役者陣と、日本のクラシック界を代表する音楽家たちがタッグを組んだ、本格オーケストラ・エンターテインメントが誕生! 今年最初の巻頭インタビューに登場してくれたのは、今や日本の映画やドラマに欠かせない存在となった俳優・松坂桃李。1年をかけた渾身の役作りで、日本中の映画館をクラシックコンサート会場に変える!

「新年、恒例になっているのが『フォレスト・ガンプ』を見ること(笑)。なぜか新年に見たくなるんです。だから年末年始の時期になると“あ、今年もそろそろ『フォレスト・ガンプ』だ”って(笑)」

 昨年は大河ドラマ『軍師官兵衛』などでも存在感を見せた松坂だけに今年の活躍も楽しみ。

「今年は、これまで以上に多彩な作品に挑んで、どんどん役幅を広げていきたいと思っています。それと、これは常々思っていたことなのですが、自分の思いを言葉でも伝えられるようになる、ということ。作品を見てもらうのはもちろんなんですが、それ以外の場所でも自分の言葉で、作品の魅力を伝えられるようになりたいと思っています。それによって作品に興味を持ってもらったり映画館に足を運んでもらえるかもしれないので。今年は1月から主演作が公開になりますし、一層その気持ちを強く持っています」

 そんな強い思いを込めて、松坂がいま最もアピールしたいという作品が1月31日公開の映画『マエストロ!』だ。一度は解散に追い込まれた崖っぷちの楽団が、破天荒すぎる謎の天才指揮者・天道とともに復活コンサートに挑む姿を描いた作品。さそうあきらの同名コミックを原作に『毎日かあさん』の小林聖太郎監督が映像化。指揮指導・指揮演技監修として日本を代表するマエストロ・佐渡裕が日本映画初参加し、奇跡のピアニスト・辻井伸行のオリジナル楽曲がエンディングを飾るという、かつてない本格クラシック音楽映画だ。

「クランクインする1年以上前から、すごい映画になるんじゃないかという予感はありました。ヴァイオリンの練習を始める日、小林監督からコンサートシーンなどの絵コンテを見せてもらって“これを見る限り、吹き替えを使わないつもりだな”と感じて、覚悟を決めました(笑)。相当大変だろうなと思う一方で、監督が思い描いている画が撮れれば、おそらくこれまでの日本の音楽映画にはない作品ができるだろうという確信を持ちました」
 とくに手元がクローズアップされる演奏シーンなどでは、プロの演奏家が代役を務めることがよくある。しかし本作では、そういった“吹き替え”をせず俳優たちが実際に楽器を手に、プロ並みの動きをマスター。中でも松坂演じる香坂は、若くしてコンサートマスターに抜擢された将来有望なヴァイオリニスト。演奏シーンも多く、クローズアップされる細かな動きはもちろん、プロの演奏家たちとの一糸乱れぬ動きまで、完璧に表現しなければならなかった。

「1年以上かかりました(笑)。初めてヴァイオリンを持った人がすぐに音を鳴らせるようになるのは難しいことらしいんですが、実は僕、音を鳴らすこと自体は練習初日にできたんです。それでほめられて、こっちもその気になっちゃって(笑)。でもそこからが本当に大変でした。まず、構えひとつとっても、これまで生きてきて使ったことのないような筋肉を使う感じで、なじむまでにかなり時間がかかりました。弾こうとすると、ヒジを動かしてはいけないのにどうしても動かしてしまう。音を出すのも、弓の軸の重さをどこに持っていくかがまた難しい。弾きはじめ、弓の根本の部分で引くときは置いた弓自体の重みで音が鳴るんですけど、先のほうになるにつれて少しずつ微妙に力を入れていかないと一定の音が出ない。その一定の音を出せるようになるまで、また時間がかかりました。あと、ぶれずにゆっくり弾くというのも難しくて。指の動きが激しいパートでは、左手の指は激しく動いても右手の弓の動きは一定でないといけなかったりするので、頭の中で整理するのが大変なんです。一年かけて、そういった基本の部分はなんとかクリアできたんですけど…。もう同じことをやれと言われてもできないですね(笑)」

 本作限りでヴァイオリンから離れるのは、もったいないほど見事な演奏っぷりだったが…。

「自分でも、もったいないかなとは思うんですけど(笑)。でも、作品を終えた後に役作りでやっていたことを続けていると、その役を思い出してしまうんです。やっぱり新しい役に集中したいので、作品を終えたら一区切りつけるようにしています。複数の作品が重なるときもありますけどね。ちょうど本作をやっているときは『官兵衛』の撮影をしていて、タキシードと侍姿を切り替えながら演じてました(笑)」

 松坂以外の役者たちも、吹き替えなしでプロ演奏者を演じ切った。

「皆さんパーフェクトでした。でないとOKが出ないので(笑)。撮影現場では、監督と音楽監修のプロオケの方、さらにフルートだったらフルート、ヴィオラだったらヴィオラと、各楽器の指導者がモニターでチェックしていて、監督だけでなく各楽器の指導担当者全員のOKが出ないと、OKテイクにならないんです。特にオケのシーンは本当に大変で、全員が映るシーンではみんなの動きが揃っているか、手元が映るシーンでは手や指の動きが正確か、すべて入念にチェックしながらの撮影でした。でもそこを妥協してしまうと“なんちゃって”な感じになってしまうので、みんな必死に頑張りました。天道役の西田さんもすごかったですね。もともと存在感のある方ですけど、指揮台に立った時の指揮者としての存在感は、圧倒的なものがありました。演奏中でも目が離せないんです」

 クライマックスの公演シーンで使われるベートーヴェン『運命』とシューベルト『未完成』の音は、世界的指揮者の佐渡裕がベルリン・ドイツ交響楽団を指揮して録音したもの。役者たちには、プロと同じ動きをするだけでなく、世界最高峰の音を出す説得力を持った、魂の演技が求められた。

「ありがたいことに、公演シーンの撮影のスケジュールは最後のほうに組まれていたので、撮影が始まってからも練習する時間を作ることができたんです。本当にみんな必死でした。普段から少しでも時間があれば黙々と練習をしていたんですが、公演シーンの撮影が近づくにつれ現場はどんどん無言になっていくんです。言葉ではなく音楽で通じ合っていく感じで、自分たちが本当にコンサートに挑むような気持ちでしたね」
 動きの習得に苦労する者も続出したのでは。

「それが皆さん、努力している姿をあまり他の人に見せないんです。僕を含めてなんですけど(笑)。現場で平然と“ピロロロッ”とかプロっぽい音を出したりするので、それを横目に見ながら、この人相当練習してきたな…と(笑)。1人がそんな姿を見せると、他のみんなも自分ももっと練習しないと、と内心焦って、現場では見えないプレッシャーのぶつけ合いが繰り広げられていました(笑)。そんな切磋琢磨する気持ちが、バラバラだった楽団がだんだんまとまっていく物語に、いい具合に反映されていったように思います。現場でも誰かが1人で練習していると、特に声を掛け合わずとも1人2人と加わって、最終的にオケとしての練習にもなっていました。その一致団結した感じやグルーヴ感も、劇中の楽団とリンクしていましたね。公演のシーンは、そのグルーヴ感がピークのときに撮影できたと思います。それがカメラにきちんととらえられていて本当に良かったと思いました」

 本格的にクラシック音楽を追求しながら、クラシックになじみのない人でも引き込まれるエンターテインメント性も満点。

「クラシック音楽に詳しくない人も入り込める作品になっていると思うんです。まず冒頭、松重豊さんの声によるナレーションで『運命』の始まりは“ジャジャジャジャーン”ではなく“ン、ジャジャジャジャーン”と一拍おいている、という意外と知られていないトリビアが語られる。そこから物語を追ううちに、クラシックとは、オーケストラとは、という基礎知識が自然と頭に入っていき、クライマックスで、圧巻のコンサートをより楽しめるようになっているんです。本作では『運命』と『未完成』という名曲が扱われているんですが、どちらもよく知られている曲でありながら、最後まで聞いたことがないという人も多いと思います。この機会にきちんと聞いてみよう、といった感じで興味を持ってもらうのもいいと思いますね。実際のコンサートを聞いているかのように演奏を楽しめますし、曲と映画ならではのカメラワークがリンクして、より『運命』という曲の持つ激しさや迫力が伝わりやすくなっているので、これまで感じたことのない『運命』に出会えるんじゃないかと思います。1800円で本格クラシックを分かりやすく体感できる、これはお得です!(笑)」

 興味の無かった人も、映画でこんなにすごいなら生でも聞いてみたい、と思うに違いない作品。

「僕自身、クラシック音楽の敷居をなくすきっかけになってくれればいいなと思いながら演じていたので、なるべく多くの方がクラシックに興味を持つきっかけになってくれたら本当にうれしいです。クラシックコンサートも、映画みたいにレディースデーとかクラシックの日とか割引デーがあってもいいかもしれないですね(笑)。僕の場合は1年以上の役作りを通して、自然と親しむようになった気がします。お店のBGMで流れているクラシックでも“お、この曲は…”とか意識するようになりましたし、好きな曲も増えました。僕は、わりと静かな音楽よりも『運命』のような、気持ちが高揚するような、激しさを持った音楽が好きですね」

 クラシック音楽そのものの奥深さにも魅了されたと語る。

「数百年前に作られた曲が今でも演奏され続けているのは、ベートーヴェンやシューベルトがその曲に対してどんな思いを込めていたのか、どう演奏するのが正しいのか、本当の正解は誰にも分からない、ということにあるんじゃないかと思います。指揮者によって曲の解釈が違い、演奏する人によって表現が違うので、同じ曲でも指揮者や演奏家が違えばまったく違うものになる。クラシック音楽とは、ある意味、先代の人たちからの挑戦状のようなものかもしれません」

 今年は本作に始まり、セックス依存症の天才外科医を演じる『エイプリルフールズ』やオネエ役を演じる『ピース オブ ケイク』などかつてない役どころに挑戦した作品も控え、ますます目が離せない。まずは本作で、役者・松坂桃李の気迫を感じるべし! (本紙・秋吉布由子)

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『マエストロ!』
監督:小林聖太郎 出演:松坂桃李、miwa、西田敏行他 /原作:さそうあきら「マエストロ」(双葉社刊)漫画アクション連載 /2時間9分/松竹、アスミック・エース配給/1月31日より全国公開 http://maestro-movie.com/http://maestro-movie.com/
©2015「マエストロ!」製作委員会 ©さそうあきら/双葉社