【映画評論家が解説!ハリウッド・ホラーを支えた日本人メイクアーティストの代表作5本】
2026年8月16日に家族のSNSで、スペシャルエフェクト界のレジェンド、スクリーミング・マッド・ジョージが今年2月に逝去したことが発表された。享年69。
1956年10月7日に大阪で生まれたジョージ(本名:谷譲治)は、高校卒業後にニューヨークの美術大学スクール・オブ・ビジュアル・アーツに入学し、ファインアートを学ぶ。同時にパンクバンド、The Mad(ザ・マッド)を結成し、ヴォーカリストとしてマンハッタンの伝説的なライヴハウス、CBGBやマクシズ・カンサス・シティなどで精力的にライヴを行う。その頃監督した短編映画が、マイケル・ジャクソンの「スリラー」のビデオなどでお馴染み、スペシャルエフェクト界の巨匠リック・ベイカーの目に留まり、ハリウッドに活動の場を移す。ブライアン・ユズナと度々コラボレートし、彼の監督作やプロデュース作でクリーチャー・デザイナーやメイクアップ・アーティストとして働きながら、80年代と90年代のジャンル映画を中心にハリウッドで活躍を続けた。
ここで、追悼の意味も込め、スクリーミング・マッド・ジョージが携わった数々の映画の中で代表的な作品を5本挙げてみたい。
『エルム街の悪夢4/ザ・ドリームマスター 反撃』(1988)
犬が掘り返した墓から蘇ったフレディ・クルーガーと、夢をコントロールする特殊な能力を持つ少女、アリスとの激闘を描いた人気シリーズ4作目。ジムでベンチプレスを上げていた女性の両腕が突然折れ、そこから突如ゴキブリに変異するショッキングかつ斬新なシーンのインパクトが強烈だが、これはシュールレアリスト、スクリーミング・マッド・ジョージの本領が発揮された名シーンだ。人気ヘヴィメタルバンド、スリップノットのヴォーカル、コリィ・テイラーもこのシーンを激賞しているが、ジョージはミュージシャンとのコラボも少なくなく、スリップノットのマスクを一時期制作していたこともある。本作の監督を務めたのはレニー・ハーリンで、これが彼の長編3作目。北米のBOX OFFICEで初登場1位に輝き、年間ランキングで19位となる興行収入4936万ドルを稼ぎ出した。その後アカデミー賞にノミネートされる『L.A.コンフィデンシャル』(97)『ミスティック・リバー』(03)の脚本家、ブライアン・ヘルゲランドの脚本デビュー作でもある(スコット・ピアースとの共同)。
『ソサエティー』(1989)
ブライアン・ユズナ監督の、80年代を代表する名ボディ・ホラー映画もジョージの代表作の一つ。ビバリーヒルズ在住のティーンエイジャーが、裕福な両親がソーシャルエリートたちのおぞましいカルトの一員であることを知ってしまい、というストーリー。クライマックスで醜悪な大人たちの肉体が絡み合う、「シャンティング(Shunting)」と呼ばれるシュールでゴアなシークエンスは壮大でグロテスク。これはユズナ監督が見た悪夢と、シュルレアリスムを代表するアーティスト、サルバドール・ダリの作品「ザ・グレイト・マスターベイター」にインスパイアされたという。同作はジェームズ・ガン監督の『スリザー』(06)など後世のボディ・ホラーに多大な影響を与えた(筆者がコラリー・ファルジャ監督のオスカー受賞ボディ・ホラー『サブスタンス』を観た時に最初に思い浮かんだのが『ソサエティー』だ)。1989年のカンヌ国際映画祭でお披露目となった同作だが、その後1992年になってようやくアメリカで劇場公開された。
『死霊のしたたり2』(1989)
ブライアン・ユズナ監督、ジェフリー・コムズ主演の人気スプラッター・ホラー第2弾。死体蘇生薬を開発したハーバート・ウェストと同僚のダンの2人は内戦下のペルーで軍医として働き、ウェストは蘇生薬の実験を続けていたが、敵軍の襲撃を受け帰国。実験を続ける2人はダンの恋人メグの心臓を発見し、それを新しい肉体に移植して彼女を蘇らせようと試みるが…。前作同様、H・P・ラヴクラフトの小説を下敷きにした同作は、1990年のトロント国際映画祭でワールドプレミア上映された。スペシャル・エフェクトにはジョージのほか、ダブリンFXのトニー・ダブリンやKNB EFXグループのロバート・カーツマンとハワード・バーガー(「ウォーキング・デッド」)も参加している。ユズナが監督した続編『RE-ANIMATOR: 死霊のしたたり3』(03)でも、ジョージの仕事ぶりを見ることができる。
『ポルターガイスト2』(1986)
ブライアン・ギブソンがメガホンを取った、大ヒット・スーパーナチュラルホラーの続編。前作で恐ろしい悪霊を退けたフリーリング一家は祖母の家に引っ越してくるが、末娘のキャロル・アンの周りで怪異現象が発生。祖母の突然の死という悲しみを乗り越え、霊媒師タンジーナの力を借りながら、悪霊に立ち向かう。1作目の監督トビー・フーパーとプロデューサーのスティーヴン・スピルバーグは製作に関わっていないが、世界興行収入7500万ドルを超えるヒットを記録。クリーチャーデザインを担当したのは、H・R・ギーガー。アカデミー賞では視覚効果賞にノミネートされた。この映画がジョージにとってのプロデビュー作品。
『ゴースト・ハンターズ』(1986)
ジョン・カーペンターがメガホンを取った、カート・ラッセル主演のワイルドなアクション・ファンタジー・コメディ。サンフランシスコのトラックドライバーのジャックは、何者かに誘拐された友人の恋人を救うため、チャイナタウンの地下に封印されていた、妖力を操るミステリアスな魔王と対決する。カーペンター念願のマーシャルアーツ・ムービーは、当時のハリウッド映画ファンには斬新すぎたのか、北米で興行的には失敗したが、その後カルト映画となり、VHSやDVDで数多くのファンを獲得した。劇中に登場する、無数の目を持つモンスターのデザインをジョージが担当している。
スクリーミング・マッド・ジョージの訃報は海外のメディアでも続々と報じられ、ギレルモ・デル・トロやブラムハウス・プロダクションズ、フランスを代表するスペシャルエフェクト・メイクアップアーティストのオリヴィエ・アフォンソ(『RAW 少女のめざめ』『サブスタンス』)、フランス人監督ザヴィエ・ジャン(『セーヌ川の水面の下に』『フロンティア』)らも追悼の意を表している。
ご冥福をお祈りします。
(文・小林真里)