鈴木寛の「2020年への篤行録」 第17回 日本のピケティブームをどう読む?

 フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏の「21世紀の資本」がベストセラーになっています。6000円近くもする高価で幅4㌢の分厚い本が10万部を超える売れ行きを見せているのは異例なことでしょう。1月下旬にはご本人も来日し、講演やマスコミ各社のインタビューに応じていました。米ハーバード大学のマイケル・サンデル教授のような一大ブームになっています。


「r>g」(資本収益率>経済成長率)の不等式に集約させ、資本家と労働者の格差が広がっているとの主張はシンプルでわかりやすい。本国フランスではそれほどのブームではありませんでしたが、米国では50万部の売れ行きだったそうです。スーパー経営者の出現で上位1%の階層が総所得の2割、同10%で半分を占めるという格差に対し、問題意識を持つ人が多いのでしょう。


 日本は、欧米ほどの格差社会ではありませんが、それなりに関心を持たれているのは実質賃金が目減りしているからでしょうか。加えて非正規雇用の増加という「お国事情」がブームの下地にあるのかもしれません。しかし、日本の場合、本来注視すべき本当の格差は世代間の格差です。個人金融資産の6割を60代以上の世代が握っているのに、若い世代への富の移転が進まず、年金の受取額も40歳以下では半分を割るとの試算まで出ています。所得に関するデータでは米国は世界一の格差大国ですが、年金に関して日本は米国の3倍以上。もちろん、このギャップは世界最大です。


 ピケティブームの影響で再分配を巡る論議も高まりそうです。国会の質疑でも取り上げられていましたが、印象的だったのが読売新聞。1月26日の社説でピケティを取り上げたのですが、後段の方で「ピケティ説に乗じ、過剰な所得再分配を求める声が、日本でも強まってきたのは気がかりだ」とブームにくぎを刺しています。その翌日の解説面では1ページを割いた特集を組んだものの、英フィナンシャル・タイムズ紙がピケティ氏のデータの使い方を問題視した記事を紹介するなど批判的な内容を全面的に押し出していました。


 読売新聞が指摘するところの「過剰」な再分配とはどのレベルを想定しているのか、社説を読んだだけでは分かりませんが、経済格差が世代を超えて固定し、教育格差にまで広がらないように適切な対策は取らなければなりません。経済のグローバル化に加え、先進国では少子化が進み、相続での遺産分割もされづらくなっていますから、教育行政の現場を預かる身としては、ピケティブームが浮き彫りにした問題点に注視していきたいと思います。(東大・慶大教授、文部科学省参与)