綾野剛 日本で一番、キケンな映画!? 『日本で一番悪い奴ら』主演

 正義を胸に、警察に忠誠を誓ったはずの刑事はなぜ、あらゆる悪事に手を染めた極悪刑事となったのか。実在の刑事の手記を“日本で一番”怖いもの知らずの監督と俳優がタッグを組んで映画化! 『凶悪』で日本映画界を震撼させた白石和彌監督が、かつてない悪徳主人公・諸星要一役に選んだのは、今最も日本映画界に刺激をくれる俳優・綾野剛。

撮影・神谷渚 ヘアメイク:井村曜子(éclat) スタイリスト:澤田石 和寛(SEPT)

綾野剛も驚いた!
こんな映画やっていいの!?

「最初にプロットを頂いたんですが、そこに“拳銃200丁、覚醒剤130キロ、大麻2トン 日本で一番悪い奴ら”と書いてあったので受けようと思いました」

 綾野剛の最新作は、でっちあげ・やらせ・おとり・拳銃購入・覚醒剤密輸…タイトル通り悪事のオンパレードが繰り広げられる“超極悪”エンターテインメントだ。

「といっても悪い人間の役がやりたかったとか、そういうことではないんです。すでに僕は劇中で、けっこうな数の犯罪をやってきていますし(笑)。そもそもは白石和彌監督と仕事がしたかったというのが理由です。白石監督と聞いて脚本を読む前にやりたいと返事していました」

 返事をした後に読んだという脚本は、主演俳優をも虜にするほど強烈に“ヤバい”ものだった。

「あまりに面白くて、作品として楽しんで読んでしまって。こんなこと映画でやっていいんだ、こんな作品久々だな、と興奮しました。読み終わったあとに、これをどう生きようか、と(笑)」

 本作は実在の北海道県警の元刑事・稲葉圭昭による手記を原作にしたフィクション。ノルマを達成するために、ゆがんだ正義を暴走させていく刑事の驚愕の26年間を描く。

「この映画はフィクションですが、事件に関してはほとんど事実に沿っていますし、けっこう細かいエピソードも事実を元にしていたりします。目が覚めた諸星が鳴っている携帯を取ろうとしてうっかり銃を触って発砲した場面も、実際に稲葉さんがやったことなので。稲葉さんともお会いしたんですが、ご本人はすごく色気のある方で。相当モテたんじゃないかと思います。引力があるんです。稲葉さんのプロフィルの最後に“刑期満了”って書いてあって僕は思わず笑ってしまったんですけど、そういう異色の経歴を差し引いても引きつけられる。すごく純粋で真っ当な方なんです。ああいう事件になっていったのも、その真っ当さゆえだったのかな、と思ったりもしました。どんな業界にいても正義を貫いて生きることがいかに難しいか、誰でも知っていると思います。稲葉さんはある意味、素直すぎて、正義と信じたものを貫きすぎてしまったのかな、と。稲葉さんのお話を聞いていると、ときどき“あ! これは話しちゃダメなことだった。シーッ”って(笑)。すごくオープンなんですよね。僕なんて職業柄、自分のことを無防備に話したりしないので、そんなところにも引かれました」

 しかしモデルをまねれば、役作りになるわけではない。

「稲葉さんから聞いたことを演技に反映させたのは覚醒剤の扱い方くらいです。実在の人物がモデルではありますが、あえて別物として考え、稲葉さんの経歴をお借りして新しい人物を作っていきました。実際の稲葉さんは細々とした声でとつとつと話すタイプの方で、諸星とは真逆です。僕と白石監督は、それとはまったく逆のイメージで諸星像を描いていきました。なので参考にしたことというと本当に、注射の打ち方くらいなんです」

 諸星の青年から壮年までの26年間を、体重を10キロ近く増減させながら演じ切っているのも見どころ。

「劇中で四半世紀を生きるということで、その年月をどう表現していこうかと考えたときに、今回はその変化を敢えて露骨なくらいに見せていこうと思いました。そうすることで、諸星の、やっていることは犯罪なのになぜか憎めないというところが伝わる気がして」

 頼もしいエースとして成長していた諸星が、いつしか道を踏み外していく変化を、観客はおかしさと悲しさを持って見守ることになる。俳優・綾野剛の嗅覚は、その変化をどう演じるべきか、見事にとらえた。

「僕は基本的に役作りをほとんどしないんです。9割は監督や衣装さん、ヘアメイクさんと一緒に作って、あとは1割、現場に心を持って行く。僕はどんな役でも毎回、メイクさんと相談しながら、徹底して髪形を作ります。今回はそれに、声を加えたんです。携帯電話が普及して以来、みんな声で相手に感情を伝える、コントロールの仕方を、よく心得るようになりましたよね。服や髪形でいろいろなものを表現していたかつての時代よりも、声での表現が非常に重要なものになったと思うんです。今回はそこに着目して、声を変えながら諸星の26年を演じていきました。機動捜査隊時代は、まだ大学出たばかりのまっすぐさを感じさせる声。マル暴時代は暴力団を相手にしているので同じような低いトーンで“オイコラァ”という感じ。銃器対策課時代はオジサンっぽく加齢臭漂う感じ。最後のほうは覚醒剤にも手を出すようになり、ほとんどかすれ声になっています」

撮影・神谷渚

絆の深さが物語を生み、作品を深めた

 拳銃の摘発数を上げるため、諸星は情報提供者S(エス=スパイ)たちとともに違法捜査にハマっていく。意気投合して兄弟分となる暴力団幹部・黒岩役に中村獅童。諸星に心酔する太郎役にYOUNG DAIS。中古車販売業者・ラシード役にはお笑いコンビ・デニスの植野行雄。Sを演じる面々も味わい満点。

「あれは青春なんです。彼らは甲子園を目指す監督と高校球児なんです(笑)。諸星が監督、Sの3人が球児たち。銃を集めるための資金が足りなくなったとき覚醒剤でも売るか、という話になるんですが、諸星が “それって犯罪だろ”と渋る。が、Sたちは“やろうよ、オヤジ”“俺たち頑張るよ”と。その場面、白石監督は“球児たちが監督に、俺たち頑張るから甲子園目指しましょうよと言っている感じでやってください”と演出されたんです。僕ら自身は薬物や拳銃に接したこともないわけで、何かに想定しながら芝居をしていかなければならない。それを監督は“甲子園を目指すようなテンションでいいんです”と。芝居をしていても僕ら自身には犯罪は犯罪、という意識があるわけですが、監督のその言葉が、そんな意識もさっぱり取り除いてくれたんです」

 まさに甲子園を目指す球児と監督さながら“銃の摘発”に取り組み、絆を深めていく諸星とSたち。特に太郎との絆の深さは心に響く。

「DAISさん自身がまさに“舎弟感”のある役作りをしてくれたので、僕も非常にやりやすかった。そのせいか、諸星が太郎について話すところでは即興もけっこうあるんです。太郎の結婚式でのスピーチで“こいつは弟みたいな存在で”と言ったのも台本には無くて、ふいに出てきた言葉でした。諸星はSたちに、彼らの人生を自分が何とかしなきゃいけないという気持ちがあったんだと思います。青春の中に、守るべきものがあったというか。その象徴が太郎だったんじゃないかなと」

 自然と湧き上がって出た言葉。それは監督の演出あってこそだと綾野は言う。

「出来上がった作品を見たとき、監督や登場人物たちをこれほど愛おしく感じたことは無かった。いつもだと完成作を見ても自分の演技の粗探しになってしまうんですが、今回はそんなことがどうでもよくなるくらい愛おしさを感じたんです。監督ご自身がすごくチャーミングな方なんです、ブラックチャーミングですけど(笑)。『凶悪』の次にこの作品ですから、どんな人物かと思われるでしょうけど、普段はすごく穏やかで、冷静に社会を見つめている。若松孝二監督に師事しながら、反体制的視点で映画を作っているというわけでもないですし。この作品も別に警察を弾圧するためのものではなく、あくまで組織の中で生き抜く人々への人間賛歌なんです。犯罪や暴力を前面に出して描きたいわけではなく、その事実に関わった人がどのように変わっていくのか、生きていくのか。要は人間を描きたいんです。白石さんは単に、人間がすごく好きなんだと思います。僕は太郎の話をしていると泣けてくるんです。監督は非常に愛情を持って太郎を描いていました。監督が諸星を思っていないと、太郎にあんな演出はできないと思うんです。すなわち監督は太郎や諸星、登場人物全員を愛していたんだと思います」

 おそらくお互いに“唯一無二”の存在となったのかもしれない。

「ラストカットを撮り終えた瞬間、監督と僕が同時に言った言葉が“次、何を撮ります?”でした。早くまた監督とご一緒させていただきたいと思っています」

 しかし今後、綾野と仕事したいという監督はますます増えるはず。ここまで挑戦的な役どころを引き受ける主役級の俳優も昨今、珍しい。劇中は、かなりきわどいシーンも…。

「風俗のシーンとかですよね(笑)。本当にこういうことされるの?ってかなり戸惑いましたけど(笑)。映画を見た方からそのまんまだったね、とよく言われるんです。自分で見ても、あのシーンだけは恥ずかしいんです。現場では“そのまま”にするために、ディティールにこだわりながら即興入れてみたり、僕らは本当に真剣にやっていました。確かに、コンプライアンスが優先されがちな今の時代、こういう作品をやれるというのはすごく意味のあることだとは思いました。ただ僕自身は、単純に映像全般を愛していて、頂いたお仕事をお受けしているだけなんです。ゴールデンのドラマもアート作品もやる。単館系出身だから単館系作品を見てもらうためにテレビドラマもやっています、なんてこともないです。気づけば、クライアントさんも“綾野さんは1年に1回はハードな映画をやりますからね”と、理解して頂いたうえでコマーシャルの仕事も、お声掛けくださるようになって。役者それぞれだと思うんですが、僕は何かに偏りたくないんです。偏らないことは固まらないということにつながって、固まらないということは変化を恐れないということにつながる。恐れることなく、変化していけばいいじゃないか、と思うんです。だから僕は、いろいろな作品をやり続けているんです」

 本作の演技により、NY・アジア映画祭でライジング・スター賞を受賞するなど、海外でも高い評価を得た。受賞は、白石監督が評価されたということでもある、と綾野。

「僕にとっても代表作ですが、白石さんにとって大きな作品になっていなければ、僕にとって意味が無いんです。それにはこの作品が、そして白石監督がきちんと評価されないといけない。白石監督がさらに評価されて、いろいろな作品を撮れるようになればいいと思っています。『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』の白石和彌が描くラブストーリーも見てみたいです」

 その主演が綾野剛ならなお見たい! けれどこの先、綾野がどんな変化を見せてくれるのか、それは誰にも分からない。
(THL・秋吉布由子)

©2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会
『日本で一番悪い奴ら』

監督:白石和彌  出演:綾野剛、中村獅童、YOUNG DAIS、植野行雄(デニス)、ピエール瀧他/2時間15分/東映、日活 配給/全国公開中  http://www.nichiwaru.com/http://www.nichiwaru.com/  R15+