願いが叶った日。「蒙古タンメン中本芸人」で、俺は泣きそうになった〈徳井健太の菩薩目線 第136回〉

 

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第136回目は、『アメトーーク!』の「蒙古タンメン中本芸人」について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 

 去る5月26日、『アメトーーク!』で「蒙古タンメン中本芸人」が放送された。

 中本芸人メンバーは、小宮浩信(三四郎)、せいや(霜降り明星)、山崎ケイ(相席スタート)、徳井健太(平成ノブシコブシ)、五明拓弥(グランジ)、向清太朗(天津)、遠山大輔(グランジ)、鈴木もぐら(空気階段)――。

 徳井健太、五明拓弥、向清太朗。この3人が地上波で、蒙古タンメン中本について語る日を、ずっと光の届かない場所から願っていた。まだ蒙古タンメン中本が世間に見つかっていない夜明け前。俺たち三人は、地下トークライブで同店のすばらしさを好き勝手に布教していた過去を持つ。

 少し前、宝島社から発売されたムック本『蒙古タンメン中本 真空断熱タンブラーBOOK』に、俺たち3人は登場させていただいた。その撮影の帰り道、ABEMAの『チャンスの時間』でも話した通り、向さんからポツリと相談された。

「徳井、売れるにはどうしたらいいと思う?」

 天津は一期上の先輩にあたる。もう出会ってから10年近く経つ、愛すべき先輩。そんな向さんが、真剣なまなざしで聞いてくる。

 俺は、このコラムでも触れたように、「芸人に嫌われるようなことをしていかなきゃいけないと思います」と持論を話した。敬愛する一個上の先輩は、何かを考えるように小さく頷いていた。

 その矢先、ふってわいたように、『アメトーーク!』で「蒙古タンメン中本芸人」の収録が決まった。ありがたいことに、俺たち3人もキャスティングされた。

 本番が始まる前。楽屋で、念を押すように「どんどん前に行ってください。イタいと思われてもひよらないでください。売れたいという気持ちがあるんだったら、前に突き進んで。嫌われるくらいに」と伝えた。俺ごときが言うなんておこがましい。でも、どうしても言葉にしておきたかった。  

 本放送を見ていただいた方ならわかると思う。向さんは輝いていた 。

 地下トークライブで蒙古タンメン中本を話し始めた10年前から、俺はいつか『アメトーーク!』のテーマになる日が来ると確信していた。何の根拠もないけど、きっと日の当たる場所で語られる日が来ると信じていた。その時代の俺は、蒙古タンメン中本の本店がある板橋に暮らし、来る日も来る日も、麺をすすっては、 蒙古タンメン中本芸人として呼ばれる日を妄想していた。

 その妄想仲間が、もう20年来の付き合いになる一期後輩の五明だった。トークライブを始めるにあたって、二人の狂信者だけでは破綻すると考えた俺は、一人クレバーな人がいてほしいと思って、同じく中本ファンだった向さんを誘うことにした。向さんは、ちゃんとなんでもできる人だ。この人がいれば、劣勢だってひっくり返せる。『アメトーーク!』の冒頭、「クレバーなトークができる人です」と紹介したのは、そうした歴史と信頼があったからだった。

 そう紹介したはずの向さんは、なりふり構わず自分が話したいことを、槍が飛んでこようが弓矢が飛んでこようが、ひたすらに喋り続けた。ぜんぜんクレバーじゃない。その姿を見て、俺は収録中であることを忘れて、泣きそうになっていた。もう少しで、突然徳井が泣き出す――放送事故になるところだった。

 他の人が十分ウケていて、もうそこから先は話すことがない。そんな状況でも、向さんは 「いや、でも」と押し出しにいく。とっくに土俵を割っているのに、まだ突破しようとする覇気にあふれていた。

 収録を終えた俺たちは、なんとも言えない多幸感に包まれていた。「一杯だけ飲もうか」。誰が言い出したかはわからない。気が付くと、六本木交差点近くの飲食店に入って、深夜のほんのささやかな乾杯をあげていた。そのとき飲んだお酒は、今まで飲んだお酒で一番美味しかったかもしれない 。

 収録終わりの酒というのは、どうしたってその日の自分の立ち居振る舞いやトークを顧みてしまう。俺のような未熟な芸人は、反省することの方が圧倒的に多いから、「あのときはこうすれば良かったな」、「もっとこうできたんじゃないかな」とか逡巡してしまう。楽しいお酒の中にも、どこか苦い味を感じてしまう。

 やりきった。声には出さないけど、そんな気持ちが後押しして、苦みを感じない夜。『アメトーーク!』という究極のハレの場で、10年来のケ(ガレ)が消えた夜。しかも、20年来の五明、10年来の向さんと。はじめて太陽の光を浴びると、こういう気持ちになるのか、なんて思いながらグラスを持ち上げた。

 すべっていたかもしれない。でも、この収録に関しては、「やりきった」と心から思える。やりきった後の、お酒は美味い。血生臭くて殺気を帯びるような現場があるから、美酒になる。先輩芸人たちは、たくさんほろ苦いお酒と、それにも増して美味しいお酒を飲んで、今があるのだと思う。 

【プロフィル】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw