音楽・服部百音×食・長江桂子の表現の世界「タイパやコスパを重視した先に本物の喜びはない」

 若い頃から世界と渡り合ってきた天才は何を考え、どんな選択をしてきたのだろうか。音楽と食、それぞれの領域で活躍してきた2人の女性が語る仕事、海外と日本の違い、そして未来とは。SDGs17の目標達成のヒントとなる話題を各界の著名人やビジネスパーソンが語り合う「シリーズ:未来トーク」。今回はヴァイオリニストの服部百音さんと、パティシエで「クレソンリバーサイドストーリー旧軽井沢」総料理長の長江桂子さんに話を聞いた。(全3回のうち第3回/第2回から続く)

◆ ◆ ◆

ヴァイオリニストの服部百音さん(左)、パティシエで「クレソンリバーサイドストーリー旧軽井沢」総料理長の長江桂子さん(撮影:蔦野裕)

どんな形を選んだ人でも発言できる環境こそ大切

 若い頃から世界で活動してきた2人にとって、海外で感じた壁や日本との違いにはどんなことがあったのだろうか。

服部百音(以下、服部)「私は15歳の時に初めてドイツのベルリンで、ベルリン・ドイツ交響楽団とショスタコーヴィチの『ヴァイオリン協奏曲第1番』の録音を行いました。当時担当していたエージェントからは “あなたは清純派のイメージで行きたい” という方針を伝えられましたが、どうしても戦争をテーマにしたコンチェルトを弾きたかったので “ごめんなさい、この曲ができないのなら録音はやりたくありません” と言って突っぱねました。当時のトーンマイスター(サウンドマスター)や指揮者は15歳の子どもの意見に聞く耳を持たず、理不尽な言葉を浴びせられることもたくさんありました。

 それでも私は強いこだわりがあったので拙い英語で頑張って主張し続け、最終的にはオーケストラのメンバーが “君の音楽が知りたいから、オーケストラなしで演奏してほしい” と言ってくれて、私が演奏した曲をもとに全体をまとめてくれました。その時に年齢や立場だけでなく、自分の意見をどれだけ曲げずに貫けるかが大事なんだなと学びました。海外ではきちんと主張しないと “あなたも同じ考えなのね” と受け取られてしまいますから。日本で同じように自己主張すると、今度は “怖い人” “ヒステリックな人” と受け止められてしまいますが(笑)」

長江桂子(以下、長江)「幸いなことに、私はこれまでに女性であることや日本人であることを理由に差別を受けたと感じた経験はありません。ただし料理人の世界は基本的に男性社会で、その理由の一つには体力的な問題があります。また、女性ならではの役割の一つに妊娠・出産がありますが、そのタイミングはキャリアの最盛期と重なることが多く、どうしても仕事を続けることが難しくなります。子どもがいて、家庭があったらまた違う形での仕事のやり方がありますから

服部「私はまだ結婚していないので、これから優先順位が変わる可能性やどういう感覚が芽生えるのかは未知数ですが、その時の状況に応じて仕事とプライベートを分けずに考え、自分が魅力的だと感じたことに忠実に生きるのは、もしかすると女性の特権なのかもしれませんね」

長江「料理人の世界でも女性シェフの存在感が急速に増していて、友人のシェフも “女性はもっと頑張らなくちゃ” と言いますが、私はその考え方に少し違和感を感じることもあって。全員がシェフになったりお店を持ったりすることを目標にしているわけではなく、単純に料理が好きで仕事としてやっている人もたくさんいる。それぞれがやりたいことをやりたいようにやればいいと思うのです。男性と女性同数のシェフをそろえるべきだという考え方もありますが、それはフェミニズムの本来の意味を誤解しているのではないでしょうか」

服部「男性と同じように働くことだけがすべてではないし、結果を残すことだけでなくあえて残さないという選択だってあっていい。その人その人の多様な生き方や働き方の形があっていいという当たり前のことを許容して、どんな形を選んだ人でも発言できる環境こそが大切だと思います」

1 2 3 4 5>>>
音楽・服部百音×食・長江桂子の表現の世界「シェフパティシエにはチームをまとめる力が必要」
音楽・服部百音×食・長江桂子の表現の世界「信じてついていけばいいとヴァイオリンを選んだ」
駅前の焼き肉店に公衆喫煙所!? 設置に思い「飲食店は地域に愛されないと続けていけない」
睡眠不足が生産性を奪う!働きがいある職場のカギは「良質な眠り」にあり
「美容手当」を月1万円補助!美容業界のインフラ目指す成長企業、働きがいの鍵は福利厚生
金メダリスト対談 女子柔道・角田夏実×技能五輪・吉⽥陽菜「負けず嫌いなところは同じですね」