ファンにならなくていいし、名前を覚えなくてもいい。ただ、良かったとだけ思ってくれれば、それだけでいい〈徳井健太の菩薩目線 第272回〉
“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第272回目は、サーキットだから分かることについて、独自の梵鐘を鳴らす――。
僕の奥さんは、yesANDというバンドで、歌を歌ってギターを弾いている。できる限りライブを観たいと思っています。手前味噌だけど、シンプルにかっこいいバンドだと思うから。
先日、下北沢で行われたサーキット――、サーキットというのは、いくつかのライブハウスが合同で行うライブで、分かりやすく言うならフェスのライブハウス版。例えば、フジロックフェスティバルにグリーンステージ、ホワイトステージ、レッドマーキーなどのステージがあって、同時多発的にライブが行われるように、それぞれのライブハウスで同時多発的にライブが行われ、チケットを持っている人はどこに行ってもいい仕組み。この日は計4つのライブハウスにさまざまなアーティストが登場し、その中にyesANDも含まれていた。
彼女たちが登場する少し前にライブハウスに到着すると、yesANDのTシャツを着ている人が10ほどいた。サーキットやフェスの面白いところは、どのバンドのTシャツを着ているかでお目当てが分かると同時に、お客さん全体の何割が、そのバンドファンで構成されているかが分かるということだ。
会場を見渡すと、60人くらいの人がいるから、残りの50人は他のバンドを目当てに今日のサーキットに足を運んだことが窺える。yesANDのライブが始まると、さらに20人ほど人が増え、会場は80人ほどになった。100人ほどで身動きを取るのが難しくなる会場のキャパを考えれば、客層は普段、yesANDのライブに来ないだろう多くの人たちによって構成されていることが予想できた。「すげぇな」。そう僕は思った。
「何かさ、あのバンド面白そうだから、見に行ってみない?」
「あのバンドが良いって噂で聞くから行ってみよう」
そんな声がなければ、こうした現象は起きない。サンボマスターを見に来たはずなのに、SUPER BEAVERを見に来たはずなのに、帰るときは「あのバンドよかったよね」なんて具合に、まったく違うバンドのことを考えている。別に、その後ファンにならなくたっていい。その瞬間、そこに来た本来の目的を奪ってしまうことがすごいことだと思うんです。そして、奪われた人たちは、とても人間的だなとも思う。良いものは良い。そう思えることが素晴らしいじゃないですか。
どうして僕が、ダウンタウンさんに魅せられたのかも再確認できた。ファンの前で面白いことをし続けるのは簡単だ。だけど、ダウンタウンさんは、特番の『なるほど!ザ・ワールド』や『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!』などのクイズ番組――老若男女が見るだろうお笑いじゃない分野で、ボケて突っ込んで、共演者を視聴者をアッと言わせて、笑いをかっさらっていった。「この若い奴らは何なんだ」といった雰囲気がまだまだ残っている中で、おかまいなしに一撃を打ち込む。だから僕たちは、「今の何だ?」「なんだこの人たちは」と目を奪われた。目的としていない人たちがスパークしている瞬間ほど、あっけに取られることはない。
フェスやサーキットは、そういった体験を得やすい場所であり、自分が知らない未知の世界を感じることができる機会なのではないか……なんてことを、yesANDのライブを観ていて考えていた。
親心から(というか、家族ですから)、僕は彼女たちが演奏を終えた後、どれくらいの人がこの会場に居続けるのか気になった。大半が残れば、この後に登場する人たちを目当てに来た、たまたま早く会場に来てしまった人たちの可能性が高い。観衆を目で追っていると、半分ほどの人が会場を後にした。僕は自己満足にも近い愉悦を覚えた。
お笑いも、こういうライブがあってもいいのではないかと思う。もっとシームレスにお客さんがライブを体験できたり、まだ見ぬ才能にエンカウントできたりする場を。瞬間を。つくることはできないんだろうか。自分の五感を新鮮に刺激してくれるイベントがあればいいのに。
会場を出るとき、
「何だっけ? ほら、あの最初のほうに見た、名前忘れちゃったけど、あいつらめっちゃ面白かったよね」
そんな感想を漏らしながら帰路につく。そういう奴らが一番かっこいいと僕は思います。
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw
講演依頼:https://www.speakers.jp/speaker/tokui-kenta/
https://www.sbrain.co.jp/keyperson/K-19533.htm
https://youtu.be/VqKYn26Q2-o?si=M7p7KLIyjLBrgIk0

