山本美憂 9・25『RIZIN』でついに総合格闘技デビュー

SPECIAL INTERVIEW

 1987年に13歳でレスリングの「第1回全日本女子選手権」に優勝。「天才レスリング少女」と称され、日本の女子レスリングのパイオニア的な存在である山本美憂が『RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2016 無差別級トーナメント開幕戦』(9月25日、さいたまスーパーアリーナ)のスペシャルワンマッチで総合格闘技(MMA)デビューを果たすこととなった。アスリートとして新たな挑戦を果たす美憂に話を聞いた。

(撮影・蔦野裕)

オリンピックに出られなかったからMMAに挑戦することになって、
弟や息子とトレーニングができるという幸せな状況につながっている

 美憂はミュンヘン五輪レスリング代表の山本郁榮氏を父に持ち、弟は総合格闘家の山本“KID”徳郁、妹は女子レスリング世界王者の山本聖子、息子は昨年大晦日にMMAデビューを果たした山本アーセンという日本が誇る格闘一族の一員。8月1日に会見を開き、MMA参戦を発表した。

 まず現在のトレーニングの状況は?
「曜日によって違うんですが、今日はプロの練習があったので、午前中から練習を始めています。この後に一般の会員さん向けのボクシングクラスもあるんですが、まだまだやらなければいけないことがたくさんあるので、そちらにも参加します。朝練がある日は朝からびっしりやっていますね」

 やはり打撃が中心?
「打撃もグラップリングもです。比重的には打撃のほうが多いですね」

 どんな具合ですか?
「まだまだです(笑)。攻撃もそうですが防御も覚えないといけない。それにまずレスリングとは姿勢が全く違うんです。レスリングみたいに顔を前に出してはいけないし、アゴも下げなきゃいけない。すべてが反対。それを直すのが結構大変です」

 組み技系と打撃系では筋肉の使い方、つき方も違う。
「レスリングは“引いて引いて押して押して”みたいな感じ。打撃のようにパーンと戻すような動きはあまりないので、とにかく慣れないといけないんです」

 参戦発表後の周囲の反応は?
「“やるんだ?”みたいな感じで友達はみんなびっくりしていました。みんなレスリングは昔からやっているのを見ているから応援してくれていたんですけど、打撃がある格闘技についてはやるとは思っていなかったみたいです」

 アーセンの下に現在小学生の2人の子供がいる。結婚とか子供ができたりするとどうしても守りに入ってしまう人が多いなか、42歳にして未知の領域に踏み込むのはなぜか? なぜ踏み切ることができるのか?
「リオデジャネイロ・オリンピックに向けてずっとトレーニングをしていたんですが、結局オリンピックに挑戦する権利も得られなかったんです。でもそこまで頑張ってきたのに辞めるのは自分としては納得できなかった。そういうときに(RIZINから)オファーをいただいて“ああ、これが自分が何か新しいことを始めるタイミングなんだな”と思ったんです。体がまだまだ動くから、常に何かに挑戦していたい。確かに全然別の世界で“よく決心したね”と言われることが多いんですが、自分ではそこまで考えていなかった。タイミング的に次に自分が打ち込めるものがこれだったというだけ」

 会見の時に参戦の経緯を語る中で発した「すべてのことに意味がある」という言葉が印象的。これは山本美憂が生きてきた中でつかんだ考え方? それとも山本家の家訓みたいなもの?
「いろいろなことを経験して来て、そのたびに“これがあったからこれがあるんだな”ということが自分の中で分かってきた。 “これ、やらなきゃ良かった”という失敗はあります。後悔したこともありました。だけどその後悔のなかでも、“きっとこれをやっていなかったら、これもなかったんだろうな”って思うようになりました。今回も、もしオリンピックの代表になっていたとしたら…。それはそれで素晴らしいし、私が求めたことだったからうれしいこと。でもそれが無理だったからといって、そこでずっと泣いているわけにもいかない(笑)。ダメだったから、きっと今このタイミングでMMAに挑戦することができて、それがあったから、今こうやって弟や息子、家族でトレーニングができている。そういう今の状況はとても幸せなんですが、オリンピックに出られないという、私にとっては幸せではないことがあったから、今の幸せな状況がある、ということだったのかなって思います」

 美憂はカナダに拠点を移しカナダ代表でのリオ五輪出場を目指したが、予選出場に必要な市民権の取得がエントリー期間に間に合わず断念した。これまでも現役復帰し何度かチャレンジした。やはり五輪は特別なもの?
「自分の中ではやはり1回でいいから出たかったな、というのはあります。“もういいや!”って、そんなにスパッとはあきらめきれないです」

 たらればは禁物だが、10年遅く生まれていれば…という思いは?
「(笑)。10年遅く生まれていたらもっともっとチャンスはあったでしょうね」

 今回のオリンピック、テレビで見て刺激を受けたりということは?
「いま全然テレビを見る時間がないんです。一日中ジムにいるし、ジムにはテレビがないし(笑)。家に帰ったら子供の世話もして、ご飯を食べてすぐに休まないと次の日の練習がきつくなる。うちの弟がコーチなんですが、“とにかく時間があったら休め。早く寝られるなら寝ろ”と言われているんです。だから寝られそうだったら夜の9時には寝ちゃう。でもやらなきゃいけないこともたくさんあるんです。洗濯したり、子供たちもいるからその世話もしなきゃいけない」

 子供の世話などは心の切り替えが大変なのでは?
「場所が違うから大丈夫。家でトレーニングはしないから(笑)。別に取り立てて“切り替えなきゃ!”ということはないですね」

 打撃のトレーニングの後だとテンションが上がっていたりするのでは?
「まだ毎日のトレーニングが楽しいんですよ。でもできなくてたまにいらっとすることもあります。まだ余裕はないかな。でもそんな中でも楽しいんですよ」

 女性アスリート、特に格闘技系の選手の中には「現役時代は女を捨てています」といった表現をする選手もいる。自分は戦うにあたってどういう気持ちで臨んでいる?
「“女を捨てる”というのは具体的にどういうことなんでしょう。すね毛ボーボーとか?(笑)」

 ファッションとかメイクといった一般の女性の楽しみといったことを我慢して競技に打ち込んでいくということかと。
「一般的に表現しやすい言葉として“女を捨てる”という言葉が使われることがあると思うんですが、それも人それぞれだと思うんです。トレーニングに集中するうえで“ファッションとか他のことは考えるだけでも面倒くさい。時間があれば休む”というほうが効率よくできる選手もいる。レスリングでは、練習の時は練習。でもその代わりおしゃれとかに気を使うという若い選手は多いような気がします。そういう感じで息抜きというかリフレッシュしている。だから人それぞれだと思うんです。私は両方(笑)。全然気にしないときはホントに気にしない。ただ急に“これいいな”って思って凝り始める時もあって、スイッチの入り方が私自身でも分からないところはありますね」

 昨年、アーセン選手を試合に送り出した時、戦っている姿を見ている時はどんな心境だった?
「もうすごく緊張しましたし、怖かった。でも試合の序盤に腕を取られたアーセンが練習の成果を見せて、脱出した瞬間に“そこでいい、もう十分十分”っていう気持ちになったんです。それは“アーセンが力を出し切った”という母としての気持ち。甘いと言われちゃうかもしれないんですけど(笑)。そういうのがあったから、その後は “パンチ出しなさい!”みたいなものはなかった。とにかく早く試合が終わって、ケガをしないで戻ってきて、という気持ちでした」

 そういう気持ちも踏まえると、今回はアーセン選手より先に試合がしたい? 後がいい?
「どっちでもいい。同じです」

 母も息子もないというくらい、会場に入ったら一人の格闘家としてスイッチが入っちゃう?
「やっぱり息子の試合は見ると思います。自分の試合もあるからどこで見るかは分からないけど、応援するし、緊張もするかもしれない。でもそこはKRAZY BEEの一員として臨もうかなと思っています」

 さいたまスーパーアリーナのような会場で試合をするのは初めて? リングに立っても平常心は保てそう?
「試合をしたことはないですね。めっちゃ緊張するのかな!? その時になってみないと分からないけど、リングの上って私と相手しかいないじゃないですか。だから意外に相手しか見えないんじゃないかなと思います」

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