松重 豊「30年前の自分に”ふざけんな、このやろう”って言われないように」

「30年前の自分に“ふざけんな、このやろう”って言われないようにしたい」

 寺山修司が亡くなって今年で30年が経つ。没後も、多くの寺山作品がさまざまな演劇人により舞台化されてきた。そして今度は「維新派」の松本雄吉の演出で『レミング〜世界の涯まで連れてって〜』が上演される。その組み合わせの妙もあり、注目が集まっている作品だ。

 出演者の中では唯一、天井棧敷を生で見ているのが松重豊。
「実は『レミング』は見ていないんです。その前の2本を見て、“ちょっと寺山さんは苦手かもな”って思ってしまって、見逃しているんです。当時、大学の演劇専攻に入っていたんですが、大学の卒業生に唐十郎さんがいたっていう関係で、どちらかというと心情的には状況劇場派だったんですね」

 当時の演劇界を解説すると、状況劇場の公演に寺山修司が葬式用の花を贈って、それに怒った状況劇場側が天井棧敷に殴り込みをかけたという“事件”があったりと、とにかく熱い時代だった。
「僕らはそんな先輩たちの話を聞いて血湧き肉躍った世代ですから。“俺は唐派だ”なんて自分のなかで思ってたんで、寺山作品とは距離があったんです」

 今は寺山作品に対しては?
「今回出演するにあたって“ひょっとして、あるかな?”と思って家の中を探してみたら寺山修司戯曲全集みたいなものが出てきました。それも『幻想劇集』の『レミング』、しかも初演の脚本だったりするんで、“学生のころ読んでいたんだな”って。これを上演するのは難しいし自分の手に負えるもんじゃないって気がしたんで避けて通ってきたんでしょうね。でも改めて寺山作品を読んでみると、まあ例のごとく難解でどこから入っていいか分からないんですけど、僕も30代後半くらいから映像の作品が多くなってきて、リアリティーや意味を追ってものを作るということに慣れすぎちゃったっていうところがあるんです。なので、こういう作品にどっぷり浸かって1回そのタガを外して、意味を越えた世界に自分を置いてみると面白いことになるんじゃないかなって予感がしています」

 舞台は維新派のテイストも存分に盛り込まれている。
「アンサンブルの方たちはメインキャスト4人の10日前くらいから稽古に入っていたんですが、僕らが合流した時点で松本さんのヂャンヂャン☆オペラの世界が8割方出来上がってましたね。みんなのすさまじい努力と集中力で、維新派流の、寺山修司の戯曲っていうものが立ち上がっているので、それは見ものだなって思いますね」

 稽古に入る前に松本と今回の作品について、話をしたことは?
「松本さん自身も役者っていう生き物とこれだけがっぷり四つに組んでやるっていうこと自体初めてに近いことだったので、探り探りのようでした。でも松本さんは年代的には大先輩なんですけども、美術的な感覚がものすごく新しいというか、感覚が僕らより若いんじゃないかって思うんです。美的センスというか、ヴィジュアル・イメージの美しさをもっといろんな人に見ていただきたい。松本さんが、お芝居の人とちょっとやってみようかなって思う気になってくださったのは本当にうれしいですね」
 松重によると実は松本もどちらかというと、いわゆる「唐派」だったという。そんな2人が寺山作品で遭遇するのも不思議な縁。これも30年という時間のなせる技か。
「30年前は新宿あたりでプラプラしている汚ねー演劇青年でした。あのころは“こんな劇団最低だ”とか言って飲んで暴れた覚えがあるんですが、今回は、レミングのチケットをお金払って買って、パルコに見に来た30年前の20代の松重豊に“ふざけんな、このやろう”って言われないようにしたい。そこはガツンとやりたいですね」

 松重が今回演じる母親役は寺山作品では特別な意味を持つ役。
「この母親役は寺山さんのなかにずっとあった母というもののイメージですよね。地下で母親を飼っているという設定なんですが、そういうものって、なにか淫靡で、ちょっと眉をひそめたくなるような感覚があったんですけど、今の男の子ってマザコンということに対してすごくオープンですよね。“僕マザコンだよ” “ママ大好きだもん”みたいな(笑)。母と息子の関係というのがだいぶ変わってきている。寺山さんが描いていた母と子の関係というのは普遍的なものだと思うんですが、伝わり方が少し違ってきていて、もしかするとこの作品を見て今の若い人たちは“なんか面白いね”“あるある自分も。地下に母ちゃん飼ってる”みたいな、そういうことを言いそうな気がするんです。僕も読んでいた段階では分からなかったんですけど、やってみると、“こういう親子関係って、今意外とリアル!”って感じがしました。寺山さんは30年先を行っていたんだなって思いました」

 こんな話を聞くと寺山を懐かしむのもいいが、ぜひ若い人に見てもらいたい作品に思える。
「アングラというものはあのころ新宿とかそのへんにごろごろ転がっていたんですが、今アングラを探そうとすると大変じゃないですか。これは一度経験をされたほうがいいんじゃないかなって思います。あのころはいろんな人たちが躍起になって“演劇を壊してやれ”って思ってやっていたんですけども、ぶち壊されたあとに何を建ててきたかということがはっきりしていない今、改めてもう一回、既存の価値観を壊そうとしていた人がいたということを知ってもらいたい。そういう人たちの思いっていうものがこういう戯曲の中には残っているんで、若い人たちには触れてもらいたい。 “意味分かんない、こんなのー。でもおもしれーな”っていう感じ。僕が19歳くらいのときに感じた感覚は、今の人にぜひ伝えたいですし、見てほしいですね」

 30年前の熱い時代の話も交えて作品の魅力を語ってくれた松重。最後は「まあ、『孤独のグルメ』やってるオヤジが変な芝居やってる、っていうことでもいいんで見に来ていただければありがたい(笑)」とインタビューを締めくくった。
(本紙・本吉英人)

【日時】4月21日(日)〜5月16日(木)【会場】パルコ劇場(渋谷)【料金】全席指定 8400円/U-25チケット5000円(25歳以下対象・当日指定席券引換・要身分証明書・チケットぴあ、前売販売のみ取扱)【問い合わせ】パルコ劇場(TEL:03-3477-5858[HP]http://www.parco-play.com/)【作】寺山修司【演出】松本雄吉(維新派)【出演】八嶋智人、片桐仁、常盤貴子、松重豊 他