【インタビュー】菅官房長官の天敵?「新聞記者」著者 望月衣塑子記者

 

社会部で多くの事件を見てきた身からすると普通は逮捕です

 このまま社会部の記者として生きていく?

「会社員なのでどこに異動させられるかは分からないので(笑)。この前もずっと社会部だな、と思っていたら経済部に行くことになった。それまでは事件事件、という感じだったので、最初は“ああ経済部か”と思ったんですが、たまたま経済部の当時の富田光部長が指南してくれて、そこで伸び伸びと武器輸出の問題に取り組めたんですよね。それで政治にも関心が持てるようになった。だからあまり固執するつもりはないですね。政治部に行くということはないと思いますが (笑)。文化部にいる人でも、社会部出身だと社会部的な本とか問題を発信したりしています。そう考えると、どこからでも発信できるし、どこに所属しているかはあまり関係ないのかな、という気がしないでもないんですよね」

 官邸の記者会見では望月記者がやたらと目立つ。望月記者以外は淡々。日本のメディアは会見で聞かなくても、あとで囲みで聞けばいいやって風潮ありません?

「ありますね」

 新聞記者はもっとアグレッシブでもいいと思う。あとで裏で聞けばいいやというのは日本人ぽい?

「そう思います。ただ、逆に言うと私の場合はあの時間でしか勝負できないということも大きいですね。あとの囲み取材は番記者じゃないと加われないんです。彼らは会見では気まずい質問は投げないけど、裏では聞いていたりします。
 では、アメリカのホワイトハウスはどうかというと、あちらはあちらで一部の社、いわゆるいくつかの限られたインナーサークルみたいものはあるんです。だけどホワイトハウスの会見でそこには触れないかというと全然違って、テレビなどを通じてみんなに見られていると思っているから、きっちりガンガン聞くんですよね。
 日本でも本当はあの場はもっとみんなに見られているという意識を持って、厳しめの質問も投げないといけないと思うんですよ。かつてはもっと投げていたそうです。最近でも女性議員、蓮舫さんや稲田朋美さんのときは出ていました。
 出る杭は打たれる、というのは日本社会のひとつの考え方、そういう空気感はどこでもありますよね。先日『乱流のホワイトハウス』という本を書かれた朝日の尾形聡彦さんにお話をうかがったんですが、日本に10年ぶりに帰ってきてみると、やっぱり日本人というのは気質的にジャーナリズムに向いていないよね、と。対立を好まないし、とおっしゃるんです。とはいっても、記者ですからあきらめてはいけないと思います」

 選挙中は官邸の会見については一時休戦という状況。今後はどんな活動を?

「元TBS記者からの暴行被害を訴えていた詩織さんが『ブラックボックス』という本を出しました。あの事件は検察審査会で『不起訴相当』が出たのですが、彼女は民事でも闘っていく予定です。あの本のなかには、私もこれまでの取材でも聞けていなかった事実がいくつか出てきました。不起訴相当が出てしまったので、起訴するという話にはなりませんが、その前に“なぜ逮捕が見送られたのか”――今後はここに焦点をあてて取材していきたいと思っています。
 前回の国会は森友・加計問題が多く審議されており、検審(検察審査会)も審議中でしたので、マスコミもわりと静かに見ている感じでしたが、私の中ではモリカケ以上に不審に思っていましたし、腹が立っていました。逮捕を止めたとされる中村格刑事部長(当時)は菅さんの秘書官を長くやっていた方。司法の場にまでもし忖度とか、なんらかの力が働いたとするならば許せない話です。社会部で多くの事件を見てきた身からすると普通は逮捕です。刑事の感覚からいえば。これは1民間人だったら決して逮捕を止めていないと思うんです。ある特定の人間だから、マスコミの人間だから逮捕を止めたのだとしたら、詩織さんの立場に立てば本当に許せません。だから、やはりなぜ逮捕状の執行が取り消されたかを明らかにしたいんです」

 詩織さんは著書の中で日本の性犯罪被害の現状についてもかなりページをさいています。

「私はこれまでこういった性犯罪被害の問題はあまり取材できていませんでした。詩織さんが著書の中でも紹介していますが、日本とスウェーデンを比べると日本では性犯罪被害者の立場があまりにも弱い。常識的に考えて起訴されるだろうというものも不起訴になるケースが多いんです。
 スウェーデンでは被害者を受け入れるレイプ緊急センターという場所があるそうです。被害に遭った場合にはまずそのセンター、駆け込み寺みたいなところに行って、レイプキットというもので血液から尿から全部調べる。証拠を収集し、そのうえでセンターにいる人や弁護士などと話し合ったり、カウンセリングを受けたりしながら、警察に被害を届けるかどうかを決めます。それまでに半年の猶予を与えられている。その結果、支援センターを訪れた被害者のうちの58%が警察に届け出るそうです。
 一方で、日本では被害届を出す割合は全体の5%程度といわれ、先進国の中でも圧倒的に低い。考えるまでもなく、被害に遭ったとは言いづらいですし、詩織さんのように顔も公にして告発するというのは相当な覚悟と勇気が必要です。だからほとんどの人はしませんよね。
 あと私も今まで知らなかったのですが、被害に遭っていることを示す動画がなければ起訴するのが難しいということで、泣き寝入りの方がかなりの数いるそうです。
 今年6月、性犯罪の刑法が110年ぶりに改正され、強姦罪は強制性交等罪と名前を変えました。男性が被害に遭った場合も罪に問うことができるようになり、被害者が告訴する必要もなくなりました。大きな一歩だと思いますが、この法律の構成要件には「暴行・脅迫」が残されたままで、不備も指摘されています。
 詩織さんは自分の被害だけではなく、性犯罪被害そのものや日本の法律が抱える問題点、必要な支援の在り方を整理して伝えてくれています。今後も性犯罪被害者に対する法律が国会で審議され、スウェーデンのような受け入れ体制につながっていけば、と思っています」

 どこにいったら受け入れてもらえるか、なんて普通知らないですよね。

「詩織さんの著書に記されていますが、例えば、レイプドラッグを盛られた可能性があれば、開業の婦人科に行くことが思い浮かびますが、そこでは調べてもらえないそうです。レイプキットがないからです。救急外来であれば、血液や睡眠導入剤などが使われたかどうかを検査できますが、ただそれは大きい救急外来でないとダメだそうです。そういうことも日本ではほとんど知られていませんよね。私も著書を読んで、ああ近所の婦人科ではダメなんだな、と思いました。
 学校の教育でもそういうことは教わりませんよね。こういうことこそ、教育の中で伝えてほしいと思います。ただそれには時間がかかりますから、その前に報道で伝えていかないと、と思っています」

 選挙で与党が3分の2の議席を確保。今後、国会でどのような議論が展開されるか先行きが注目されるなか、メディアの役割は大きい。今後の望月記者の動きに注目したいところ。
(本紙・本吉英人)

『新聞記者』【著者】望月 衣塑子
【定価】本体800円(税別)【発行】KADOKAWA
<<< 1 2