【インタビュー】河瀨直美監督と仏女優ジュリエット・ビノシュとの縁がつむいだ命の物語 『Vision』

『あん』(2015年)、『光』(2017年)の河瀨直美監督が新たに描くのは、神秘的な奈良の森の奥で生まれた、命と未来の物語—。フランスの名女優ジュリエット・ビノシュと『あん』『光』でもタッグを組んだ永瀬正敏をダブル主演に迎えて描く映画『Vision』が6月8日から公開。世界が河瀨監督の新作の完成を待ちわびるなか、ついに完成した本作は、まさに世界の映画人が集う地・カンヌでの出会いから生まれたものだった。
撮影・辰根東醐 衣装・アニエスベー
 世界的映画監督・河瀨直美が、現在も生まれ育った奈良を拠点に活動していることは、よく知られている。東京の雑踏を背景にしていても、監督の周囲には穏やかな時間が流れているかのよう。

「東京は確かに疲れますね(笑)。でも嫌いじゃないですよ。いろんなものやこと、人との出会いがあるので楽しい。でも、ありすぎて疲れる(笑)。私はきっと、東京には住めないでしょうね。でも谷中とか、下町だったらいけるかも。吉祥寺に住んでいた時期もありますし。東京でのオフの過ごし方? 東京に来るときは基本的に仕事なので、オフはほとんど無いんです。ただ昨年、オペラ『トスカ』の演出をしていたとき10日ほど池袋に滞在しまして。息子と一緒だったので、サンシャイン水族館とか少年ジャンプのテーマパークとか、お台場のアミューズメント施設にも行きました。やっぱり東京は楽しいけど疲れます(笑)」

 もし河瀨監督が大都会・東京を舞台に映画を撮るとしたら…?

「働く女性を題材にした作品なら、自分も同じ立場として、映画を撮れるかもしれませんね。その場所で暮らしを営む人の物語であれば、そこがどこであれ撮れるかもしれない」

“その場所”が都会であれ、南国であれ、神秘の森が広がる奈良であれ、河瀨監督は常に、そこで生きる人々の姿を丁寧につむいできた。

 6月に公開される最新作『Vision』の舞台となるのは、神秘的な深い森。

 山を守って生きる山守の男・智(永瀬正敏)と、幻の薬草Visionを探してやってきた女ジャンヌ(ジュリエット・ビノシュ)、そしてどこか哀しみをたたえる青年・鈴(岩田剛典)の運命的な出会いが描かれる。

 そもそも本作の始まりこそ運命的だった。2017年5月に開催された第70回カンヌ国際映画祭の公式ディナーで河瀨監督が本作のプロデューサー、マリアン・スロットと同席になったことが、ビノシュとの出会いを生んだのだ。

「会った瞬間から、彼女と映画を作りたいと思いました。彼女のほうも私の作品を見ていてくれていて、一緒にやりたいと言ってくれて。翌月には本作を作ることが決まったんです。このカンヌでの出会いがあり、以前から奈良の吉野で撮りたいという思いがあって、永瀬くんとはまた一緒に映画を撮ろうという話を前からしていて、そこに岩田くんとの出会いがあり、配給先も決まり…本当に“ご縁”で、さまざまななことがとんとん拍子に成立して生まれた作品なんです。まさに今、このタイミングでしか撮ることができなかったろうな、と思いますね。何しろ、夏木マリさん、田中泯さん、美波ちゃん、森山未來くんという、脇といえども主になり得る人たちがそろって出演してくださったのでね。たとえ数カットしか出番が無かったとしても、この人でなければこの役は成立しないというキャストばかりですから」

 薬草に詳しい老女アキを演じる夏木は、森の主かと思うような不思議なたたずまいを静かに、雄弁に表現。ジャンヌに同行する通訳兼助手・花役の美波はジャンヌを尊敬する等身大の女性をリアルに演じ、流ちょうなフランス語で物語に説得力を与える。猟師の源役の田中泯、同じく猟師の青年・岳役、森山未來は身体表現の分野でも活躍する2人。言葉でも体でも河瀨監督の世界を体現できる役者がそろった。

「永瀬くん以外は皆、河瀨組初出演なので、河瀨組を存分に楽しんでいただけたのではないかな、と思っています」

 河瀨組には役者の集中力を引き出す、とある撮影スタイルがある。

「いつカメラを回すか、言わないんです。カメラがすでにそこにあるとか、歩いてくるともう本番が始まっているとか、そんな感じなので初めての役者さんだと戸惑う人もいますね。岩田君も初日は多少戸惑ったみたいだったけど、彼はすごく吸収が早くて。カメラがいつ回るか分からないので、汗をふいてくれたり飲みものを差し出してくれたりするスタッフも彼の側には控えていられないし、これまでの現場とは勝手がかなり違ったと思うんですけど、岩田くんはすぐに現場になじんでいました。岩田くんからは、何を言われてもNOとは言わない、という覚悟が感じ取れましたね」

 岩田が演じる鈴は、ふいに智の前に現れる謎めいた青年。山守として孤独に生きる智にとって、何よりVisionを探し求めるジャンヌとって、重要な存在となる役どころだ。
1 2 3>>>