音楽・服部百音×食・長江桂子の表現の世界「シェフパティシエにはチームをまとめる力が必要」

パティシエとしての道のりを「幸運にも良いタイミングで、良い場所で、良い人に恵まれた」という長江桂子さん

少しの勇気さえあれば目の前のドアを開けられる

服部「ほんの少しの勇気さえあれば、目の前のドアを開けられるんですよね。私も千本ノックのような感覚で、開けてもいいドアが現れたらとにかく開けるようにしています。ドアの先に道があるなら行けるところまで進んで、その状況で自分にできることをすべてやり尽くす。すべてをやり切ったらあとは野となれ山となれと腹をくくると、不思議なことに次のドアが開かれることが多いように感じます」

長江「とはいえ、すべてのオファーに興味を持つわけでも、やりたいと思うわけでもありません。どんなに有名なシェフからの話でも、直感で “今はフィーリングやタイミングが合わない” と判断すればお断りすることも多々あります。私が今の場所にいられるのは、心からやりたいと思えるプロジェクトの話をいただいたことと、実際に仕事を始めた時に周囲の素晴らしい人たちがサポートしてくれたことに尽きます。私たちの仕事は一人では決して成り立たないものですから」

服部「その時に何を選択するのかは自分の感覚が導いてくれるし、人や環境も含めてすべて自分が引き寄せているような気がします」

長江「実際にレストランの仕事はキッチンやパティシエ、サービスがチームとして動いています。一人ひとりが個人プレーができるアスリートであり、自分のペースを理解していなければなりません。総料理長の役割は彼らの長所や短所を把握したうえで、お客様に最上の料理を通して素敵な体験をしていただくというゴールに導くことです。私は総指揮者としてそれぞれのコンディションを見極め、状況に応じてアメとムチを使い分けますが、それはお互いをよく知らなければできないことです」

服部「私の場合は演奏会で単発でチームを組むことはありますが、長江さんの場合は日々それを続けているのですね」

長江「自分の考え方や姿勢によって物事の見え方は変わります。精神的に余裕がなかったり技術が足りなかったりすると、すべてがネガティブに見えてしまうことがありますが、物事を俯瞰して見てみると “意外と大したことはなかったな” と思えることもたくさんあるじゃないですか。私が総指揮者でいなければならないのは、プレイヤーとして現場に入ってしまうとサービス全体に目が行き届かなくなり、本来果たすべき役割を見失ってしまうから。ですから、現場に入っている時でもできるだけ全体を見渡すようにしています

服部「長江さんをうらやましく思うのは、ストイックなプレイヤーとしての立場と全体を俯瞰して見る立場をバランスよく切り替えられるところです。私はどうしても一人の世界に入り込みがちで、精神的に焦りながら突き進んでしまうこともあります。外からはポジティブに見えても不安や恐怖に押し潰されそうな自分がいて、そのせいで本来のパフォーマンスが発揮できないことや、9割は前向きでも1割のネガティブさがステージで顔を出し、足元をすくわれるようなこともあります。だからこそ自分自身をもっと冷静に、客観的に分析していかなければならないなと強く感じますね」

 

服部百音(はっとり・もね)
1999年生まれ。8歳でオーケストラと共演。10歳以降さまざまな国際コンクールで優勝やグランプリを受賞。11歳でミラノでのリサイタルを皮切りにウラディミール・アシュケナージとスイスイタリア公演、ハチャトリアン音楽祭、マリインスキー劇場などで演奏。2021年NHK交響楽団、パーヴォ・ヤルヴィと共演、翌年ドイツ・カンマーフィルと共演して大好評を博す。 2022年から自身の企画コンサート「STORIA」を展開し、日本での演奏機会に恵まれない名曲の普及にも意欲的に取り組んでいる。桐朋学園大学大学院修了。使用楽器は日本ヴァイオリンから特別貸与のグァルネリ・デルジェス。

長江桂子(ながえ・けいこ)
弁護士を志して学習院大学で法律を学び、1997年フランス留学。一流シェフたちを輩出する世界的な料理学校「ル・コルドン・ブルー」でディプロマ取得。名店「ラデュレ」で腕を磨き、2002年に三つ星料理人のロンドン店「スケッチ」のオープニングスタッフに抜擢。巨匠ヤニック・アレノ率いる「ホテル・ムーリス」を経て、2004年にミッシェル・トロワグロが手掛ける「ホテル・ランカスター」のシェフパティシエに就任。続く2008年に三つ星レストラン「ピエール・ガニェール」パリ本店のシェフパティシエを務めた際には、氏の元で世界中のレストランオープンや国際イベントの指揮、パティシエ育成にも力を注いだ。2012年、ガストロノミー界のコンサルタントとして独立。自らの会社「AROME(アローム)」をフランス・パリに設立。ガストロノミー界の異なる分野で参入、指導。2023年7月より「クレソンリバーサイドストーリー旧軽井沢」にてコラボレーション開始。2024年4月に同店の総料理長に着任。

(7月24日取材、TOKYO HEADLINE・後藤花絵)

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