歳を重ねるたびに丸くなる、けれど奥底に眠る牙は磨き続けなくちゃいけないのかも〈徳井健太の菩薩目線 第260回〉

平成ノブシコブシ 徳井健太 

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第260回目は、本当の自分の言葉について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 以前、このコラムで『シン・ラジオ -ヒューマニスタは、かく語りき-』(bayfm)内で行われた「並んだグランプリ」について触れた。人生で一番並んだときの話=「並んだグランプリ」。

 パーソナリティー(この番組ではヒューマニスタ)を務める鈴木おさむさんも、中学生のときに訪れたディズニーランドでのエピソードを、週替わりパートナーである僕に教えてくれた。

 2時間ほど並んで、あと少しというところで、何人かの不良たちが口汚い言葉とともに割り込んできたという。ずっと楽しみな気持ちを抱えて2時間も並んでいたのに、バカたちのせいでその気持ちが汚された。おさむさんは、割り込まれたこと以上に、ウキウキしていた気持ちが一転して不愉快な気持ちになってしまったことが許せなかったと話していた。

「あのとき、せめて何か言えばよかった」

 そう後悔のニュアンスを含ませながら。このとき、自分だったら何て言うだろうと想像した。同じシチュエーションではないにしろ、長時間並んでいたのにワケの分からない人たちに割り込まれる――大人になった今の自分だったら何て言うんだろう。

 僕は小藪さんに出会ったことで、人間関係の大切さや愛おしさを学び、人間らしい感情を知った。だから、その場にいる他の並んでいる人のことも考えて、気の利いたことが言えたらいいな。優しい言葉でありたい。でも、その言葉の半面には、割り込んだバカたちをくさすニュアンスもあって、当事者はバカだから気が付かない……そんな言葉を模索するだろうなと考えた。

 帰宅して、このことを奥さんに話すと、「本当にそうなの?」と言われた。ドキッとした。

 たしかに、小藪さんに会う以前の自分も、間違いなく自分なわけで、トータルで「本当の自分」なら何て言うかまでは考えていなかった。奥さんは、全部ひっくるめて、そういう状況だったら何ていうか考えてみたらいいんじゃないと、僕の核心を突いてきた。

 本当の自分とは何なのだろう?

 哲学的に考えたら答えなんて出てこないけど、ある特定のシチュエーションを例に考えると想像しやすいかもしれない。先の例は、まさに好例だ。楽しみに並んでいたアトラクションにバカたちが割り込んできた。そのときに自分は何て言うのか。本当の自分を考えるという意味では、とても具体的に考えることができる気がする。

 僕は自分の心を探ってみた。気心の知れた友人たちが一緒だったら、おそらくこんなことを大きな声で言うと思う。

「いいなぁ。並ばなくて良かったのかぁ~。恥も外聞も捨てればいけるもんな~! もったいないことした」

 きっともめ事になると思う。でも、奥さんは「それでいいんじゃない」と笑っていた。優しくなったり、人のことを気遣えるようになったりするのは素晴らしいことだけど、一つや二つ、牙はもっていないとねって。

 本当にその通りだなと思った。牙だらけだったから芸人を目指した。大人になるにつれて人の気持ちを考えることができるようになる。だとしても、自分の心の奥底にある芯みたいなものは、子どもの頃から学生時代まで存在していた初期衝動。そこにフタをする必要はないのかもしれない。

 牙や毒を、これ見よがしにひけらかす必要は、加齢とともになくすべきだ。ただ、ゼロにするんじゃなくて、見えないようにすればいいだけ。歳を取るにつれて大切なことは、どうブラインドしていくか。社会では、どちらかと言えば隠さないで見せびらかしている人が得をする。理不尽な世の中では、隠し持っていた牙が見えすぎてしまうと、その人が悪になってしまう。「自分を出す」という行為は、思いのほか難しいものだ。

 大喜利だと思えばいいのかもしれない。そういった理不尽な状況に遭遇したとき、むかついたときは、どんな風に自分の感情を吐き出せば、自分自身を納得させられるのか、その類の大喜利だと考えてみる。

 僕は芸人を目指し、今も芸人をやっている。それは昔も今も変わらない偽らざる自分。「本当の自分」かどうかは確証が持てないけど、偽りのない自分であることは間違いない。だから、毎回大喜利のお題を与えられたと思って、自分の言葉を吐き出せば、きっと納得がいくはずだ。芸人的に考えればいいのだ。

「本当の自分」と向き合う。それって、偽りのない自分を探すことから始めた方がたどり着けるのかもしれません。

1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw
講演依頼:https://www.speakers.jp/speaker/tokui-kenta/
     https://www.sbrain.co.jp/keyperson/K-19533.htm
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