樋口和貞が首の負傷のため電撃引退。4・5後楽園でセレモニー実施「プロレスをやりたかったなという悔しさもあります」【DDT】
質疑応答は以下の通り。
――発覚したときの心境は?
「ビックリしました。前の首の欠場から復帰して、また検査して、それで何もなければ完全復活と思ったところだったんで驚きましたね。でもまあ仕方ないなと、こればっかりは。受け入れることは納得はしてるんで」
――ハリマオ解散でメンバーに送る言葉は?
「かけたい言葉は試合後に言います」
―― 引退してからのビジョンは、今どうお考えでしょうか?
「今、何も考えてないんです。本当にプロレスをするために北海道から出てきたんで。こうやってプロレスラーになれて、それで飯を食えてたわけで。本当にやりたいことをプロレス以外って言われると、なかなか出てくるものがないので。ゆっくり考えようかなと思ってます」
――キャリア12年のなかで一番思い出深い試合、シーン?
「これと言っては。なんかもうキリがないですね。本当にこの12年間すべてが、自分のなかでドラマティック・ドリーム・チームとはよく言ったもので。本当にいい夢を見させてもらったなと思ってます」
――引退の決断はいつ頃されたんでしょうか?
「決断はそうですね、1月から欠場して協議を重ねてですね。会社、お医者さんと自分と。本当にそれで決断しました」
――ハリマオとともにイラプションも思い入れのあるユニットだったと思うんですが、坂口(征夫)さんにご報告はなされたんでしょうか?
「しました」
――どういった言葉をかけられました?
「それは言わないです」
――発見された経緯は?
彰人「今回新たに、昨年から今のお医者さんのところで定期健診を行っているという形で。先ほどの僕の経緯で説明させていただくと、第一・第二頚椎は割と頭の一番近くで、首の付け根の部分で、なかなか発見されにくい場所みたいで。樋口君が前回欠場したときは、また違う症状で欠場してたのもあって。そこの部分が昨年診断したときに亜脱臼してなくて、この1年の間になったのか、それともそれより以前になってて、ほかの症状で見過ごされてて、今回見つかったのか。亜脱臼したタイミングがいつなのか、正直ちょっと分かりにくい場所で。昨年1年間の間でしたのか、それとももっと5年ぐらい前にしてたかって、ちょっと分かりにくい場所で。今回偶然発見できた。むしろ発見できて良かったというところで。これがこのまま見過ごして試合をしていたら、試合中に何かしびれが出たりとかっていう可能性も大いにあったので。早く発見できたのは本当に良かったなと思ってください」
――DDTのなかに残って、ほかの仕事をすることは考えていない?
「自分はやっぱりプロレスラーを目指してきたんで、本当に4月5日でスパッという感じです」
―ー昨日ハリマオがKO-D6人タッグに挑戦して、セコンドについて、彼らの試合をどのような気持ちで見ていましたか?
「負けはしたものも…やっぱり悔しい気持ちはあります。それ以上に自分が思ったのは、やっぱ 頼もしかったなって。本当にその気持ちですね。本当に大丈夫だなっていう気持ちになりました 」
――試合の前にはもう彼らに明かしてたんですよね?
「そうですね。彼らもそれなりの思いを持って試合に臨んだと思うんですけども。それは見てて伝わりました。こればかりは勝負なので、その結果云々はあるでしょうけど伝わりました。ハリマオ 4人、あの3人と組めて本当に良かったかなと思いました」
―― DDTに入って、成し得てきたもので一番思い出に残ってることは?
「やはり、KO-D無差別を1回目獲ったときが一番思い出深いですかね」
――なし得なかったことで思い浮かぶことは?
「今年でDDT29周年、来年30周年じゃないですか。リング上でこの団体の本当に上がっていくさまを見たかったなって」

