ハイブリッドノワールムービー!『殺し屋のプロット』にただただシビれた!【黒田勇樹のハイパーメディア鑑賞記】
黒田勇樹です。
noteでいろいろなことを書きまくる1週間を過ごしていました。いや、もっと前からだったか…。
まあ、これはこれで悪くないのですが、そろそろ社会復帰せねば…。ということで11月16日にヨコハマシネマノヴェチェントで行われる「もしも僕の彼女が妖怪ハンターだったら・・・(おしまい)」の上映後のトークショーに出演します。
いや、随分先の話じゃないか。それまでに社会復帰は果たしていそうですが、元気な黒田を見に来てくださればです。
では今週も始めましょう。
名悪役として印象の強い、マイケル・キートン氏が監督・主演・製作を手掛けた本作。
最初の感想は「そりゃ、いい俳優なワケだ」でした。
ストーリーは、2つの博士号を持つ頭脳明晰で、軍隊で諜報部員をしていたこともある凄腕の殺し屋が、年老いて「アルツハイマーに似た、健忘性のある病気。しかもめっちゃ進行が速いらしい」に、かかったところから始まります。
「感情の起伏も激しくなるし、どんどん記憶もあやふやになる。数週間後には自我を失う」
そう告げられた男のもとにやってくる「疎遠だった息子」
「人を、殺しちゃった。パパにしか相談できない」
なにしてんだ、息子ー!! ここからが“殺し屋のプロット”
プロットというのは、物語の筋書きや構成、いわゆるあらすじみたいなことを指す言葉なんですが、今回主人公が作るプロットは「殺人を隠蔽する計画」。
自分を信じることが出来ない状態で、どうにか隠蔽の筋を書き、親友へ「毎日俺に電話して、正気か確認してくれ」と、計画を実行し始めます。
上手いこと言うつもりはないのですが、この作品の何がすごいって、シナリオ自体の“プロット”!
映画や物語の面白いと言われる要素が、とても綺麗に整理されて散りばめられている。
「タイムリミット」「家族愛」「裏社会」「アクション」「サスペンス」「パニック」。そして「健忘」という「社会問題」。これでもかという「作品を面白くするためにはやった方がいいよ」と、教えられることの波状攻撃。
全部やってる映画は、他にもたくさんあるのですが大体とっ散らかっていて「どれかにしぼれよ」と、思うのですが、この作品はそれをすべて包括して、上に挙げた要素たちを凌駕する「映画としての面白さ」に昇華していると感じました。
年末、大作が沢山公開される時期ですが、見逃さないで欲しい1作でした!

