イージス・アショア配備計画「撤回」の意義(下)【長島昭久のリアリズム】

2020.09.14 Vol.733

「河野決断」第三の意義は、今回のイージス・アショア(以下AA)撤回が日米同盟のさらなる進化につながる契機になり得るということです。  たしかに、日本政府による突然のAA配備計画撤回はワシントンに大きな波紋を広げ、シンクタンク関係者の間で懸念の声が上がったことは事実です。ただし、米政府の反応は終始冷静です。たとえば、国防総省でアジア太平洋地域の政策を統括するヘルビー次官補代行は「日本政府は、より費用対効果の高い代替案を決めるために、計画を技術的に見直していると理解している」と述べています。また、米ミサイル防衛庁長官のヒル海軍中将も「日本政府に別の選択肢も近く生まれると見ている。・・・一部に懸念もあるが日本と協力しつつ実現をめざす」と今後の日米協力の可能性を前向きに語っています。  米側の冷静な対応の理由の第一は、米国も、我が国と同様、北朝鮮(や中国、ロシア)が突きつける「新たなミサイル脅威」に対応すべく、目下、既存のミサイル防衛システムの大幅な見直しに着手しているからだと思います。現に、米国はハワイに配備予定だったAAと同種のレーダーの配備をキャンセルしました。では、今後の日米協力はどのようになるのでしょうか。  私は、今回の「河野決断」を契機に、日米連携がより深化し、総合的な抑止力が強化されると見ます。すなわち、日米の対空アセット(探知、追尾、迎撃機能)をネットワーク化して、「一人が見れば、みんなで追えて、誰でも撃てる」(Engage on Remote)体制を整えることにより、防衛可能範囲を飛躍的に拡大させ、相手国のあらゆるミサイル攻撃に対処することを可能にするでしょう。  加えて、我が国による「自衛反撃能力」の保有です。ただし、これは、国内向けの説明同様、米国との協議を慎重に進めなければなりません。なぜなら、これまでの日米の役割分担は、「盾と矛」と呼ばれ、日本は「盾」(防御)の役割に徹し、「矛」(打撃力)は米国に依存する、というものでした。これが米国による「拡大抑止」体制の核心です。つまり、我が国が限定的とはいえ独自の打撃力を保有するということは、米国の拡大抑止に対する信頼性が揺らいでいると受け取られかねないからです。ここの誤解を解く努力は、日米同盟の根幹に関わる重要な課題となります。  ここで、私は、中曽根総理がレーガン米大統領との「ロン・ヤス」の信頼関係を構築し、日本が駐留経費負担の増額で同盟強化の役割を果たしてきた(つまり、カネで解決を図る)従来の姿勢を改め、西太平洋における1000海里シーレーン防衛という軍事的な役割を担うことにより日米同盟を「質的転換」した事を想起します。この故事に倣い、今回は、安倍総理とトランプ大統領の信頼関係に基づき、日米が、盾も矛もバランスよく分担することにより、総合的な抑止力を高め、同盟関係をさらに成熟進化させていくことを提案したいと思います。  (衆議院議員 長島昭久) (注:肩書等は7月9日執筆時点でのものになります)

イージス・アショア配備計画「撤回」の意義(中)【長島昭久のリアリズム】

2020.08.10 Vol.732

 前回の最後で、「河野決断」の第二の意義は、抑止力をより確実なものとするための「反撃力」保有の議論を喚起したことにあると述べ、それは我が国戦後の安全保障戦略を根本的に転換する可能性があると指摘しました。ならば、その効用と正当性につき、国内的にも対外的にも説得力ある説明が必要です。  最大の効用は、抑止力の強化です。抑止には、①報復により耐え難い損害を与えることで相手に攻撃を思いとどまらせる「懲罰的抑止」と、②相手の攻撃的行動を物理的に阻止する能力によって攻撃そのものを無力化する「拒否的抑止」があるとされます。また、②の拒否的抑止は、弓矢にたとえると、②a.射手をターゲットとする「積極的な手段」と、②b.飛んでくる矢を払いのける「受動的な手段」とに分けられます。我が国のミサイル防衛はもっぱら②b.に徹し、それ以外の①や②a.は米国による拡大抑止に委ねてきました。  ワシントンやニューヨークに届くICBM開発に成功しつつある北朝鮮のミサイル脅威の動向次第では、米国が本土防衛で手一杯になり、日本を射程に収める数百発のノドンやスカッドERなど中距離ミサイル排除を後回しにせざるを得ない状況も視野に入れておく必要があります。その場合、北の飽和攻撃や奇襲攻撃に対し、受動的な②b.能力だけで十分であると果たして言い切れるでしょうか。  ただし、①の懲罰的抑止は相手国の大都市や人口密集地への大量報復攻撃(通常は核兵器を使用)を行うもので、我が国が取り得る現実的な手段とは到底言えません。また、②a.についても、移動式発射機(TEL)から放たれる北のミサイルを適時に探知、追尾し、肉薄して精密攻撃を行う能力を保有するには膨大なコストを要することから、これも現実的な選択肢とは言えません。  我が国が新たに保有を検討すべき抑止力は、弓矢のたとえでいうと、「射手を支援」する関連施設―たとえば、滑走路や指揮通信施設、戦闘機等の格納庫や弾薬庫、燃料タンク等―を確実に無力化しうる能力だと考えます。これが、俗にいう「敵基地攻撃能力」です。もちろん、我が国が先制攻撃を行うことはありませんから、相手の攻撃の着手を感知した時点でこの能力を発動するとすれば、これはまさしく「自衛反撃能力」(佐藤正久参議院議員)というべきものです。  このような自衛反撃能力の保有であれば、「誘導弾などによる攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾などの基地を叩くことは、法理的には自衛の範囲に含まれ[る]」とした昭和31年の鳩山内閣答弁とも合致し、かつ、その反撃対象が相手国の軍事施設に限定されることからも、「性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる」と定義され、憲法上保有が許されないとされてきた「攻撃的兵器」にも当たらないものと考えます。(「下」に続く)  (衆議院議員 長島昭久)

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