鮮烈なラストを目撃せよ『虹を待つ彼女』【著者】逸木裕

2017.07.09 Vol.694
 2020年、人工知能を用いたアプリの開発に携わる研究者・工藤はある種の倦怠感を常に抱えていた。優秀さゆえに、すべてのことが見通せてしまえること、それが自分自身の未来の事であっても。周りのレベルに合わせ、雰囲気を壊さないで、円滑に人間関係を築くこと。それすらも、意識的に悪目立ちしないための、退屈な彼の日常だった。  ある日、社内で人工知能を使い、死者をよみがえらせるというサービスを開始することになり、工藤はその担当となる。とりあえず、プロトタイプを作成することになり、その試作品のモデルとなったのが、さかのぼること6年前に自らが作成したプログラムとドローンを連携し、街を混乱に陥れたあげく、自らを標的にして自殺した水科晴だった。晴はオンラインゲームのクリエイターであり、その美しい容姿とミステリアスな生涯から、カルト的な人気を誇り、死後6年経っても熱狂的なファンを持っていた。  試作品を作るため、晴のことを調べ始めた工藤は、残されたわずかな手がかりから、その真実の姿にたどり着こうと調査を開始。彼女について徐々に分かっていくうちに、会ったこともない、声を聞いたこともない彼女にどんどんひかれていく自分に気づく。やがて彼女には“雨”と呼ばれる恋人がいたことを知るが、そんな矢先に何者かから、調査を打ち切らないと殺すと脅迫されるようになる。晴の自殺の謎は。また工藤はそんな晴を手に入れることができるのか。  ミステリーという形式ではあるが、ラストで解明される真実が美しくも哀しい究極の恋愛小説だ。

獄中から溶け出す女の欲望が、すべてを絡め捕っていく『BUTTER』【著者】柚木麻子

2017.06.28 Vol.693
 ケーキやクッキーの甘い香りがただよってきそうなタイトルだが、だまされてはいけない。同書は、あの首都圏連続不審死事件の容疑者であり、死刑が確定となった木嶋佳苗をモデルにした、フィクションである。もっとも木嶋本人は「木嶋佳苗の拘置所日記」というブログで、自分がモデルであると言われていることに大憤慨しているが。とにかく現在の木嶋と同じく、結婚詐欺と殺人の罪で刑務所にいる“カジマナ”こと梶井真奈子が物語の中心だ。世間がこの事件に注目したのは、事件そのものというより、梶井が若くも美しくもないのに、次々と男性が彼女の虜になっていったということ。そして何より、彼女がそれを当然とばかりに、自信満々に自己肯定をしている様子が、不思議だったからだ。週刊誌の女性記者・里佳は、その理由が知りたくて、手記の執筆を頼むため面会を取り付けた。一筋縄ではいかない“食えない女”だが、その欲望と快楽に貪欲で、人の心を掌握することにたけた彼女の言動に里佳は次第に翻弄されていく。カジマナに取り込まれそうになる里佳は、必死に自分の理性を保とうとするが…。木嶋佳苗がモデルと知って、あの事件のことをなぞった本かと思いきや、まったく違って意表をつかれるだろう。カジマナの口から飛び出すバターを使った料理の数々。濃厚で粘りつくようなその描写は、人間の欲望そのものだ。  人は何故、欲するのか。そして欲する事は罪なのか。登場する人物たちが抱える欲望と、それをあざ笑い操る殺人鬼の対決を、よだれが出そうな料理の描写で表現。里佳はカジマナの呪縛から逃れることができるのか!?

実は知らないホテルの裏技—知らなかったら損しています

2016.08.24 Vol.673
 著者は「姉さん、事件です!」というセリフでおなじみの大ヒットドラマ「ホテル」のモデルになった、伝説のホテルマン。経営、サービスのプロであるのはもちろん、ゼロからホテルを作り上げ、それを世界が認める最高級グランドホテルに引き上げた人物だ。世界中探しても、そのようは経験を持つホテル経営者兼総支配人はいないという事からも、著者がどれだけホテルに精通しているかが分かる。イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルが「その国の文化の水準を知るには、その国で最もいいホテルを見よ」と言ったというエピソードが書かれているが、ホテルは国の文化水準を反映し、本来の存在価値を表している。しかし、日本においても、海外においても、その国で最もいいホテルに泊まるという経験はなかなかできないもの。普段ビジネスホテルやシティホテルを利用している人は、高級ホテルに尻込みしてしまいがちだ。  同書の中で、高級ホテルかそうでないかを簡単に判断する方法として紹介されているのが、「客室を一歩も出なくても、すべてが事足りるのが高級ホテル」で、「客室を出なければ寝る事しかできないのがその他のホテル」というもの。すなわち“必要なものがその場でそろうホテル”それが高級ホテルだと。チップの習慣がなく、サービスになれない日本人は、ホテルマンに対して、どこまでのサービスを要求していいものか気にしてしまう事がしばしばあるが、同書を読むと、かなりいろいろなお願いしても大丈夫だと分かる。しかも、遠慮する必要もないと。が、そこはこちらがプロの客としての振る舞いができる場合の話である。なんでもかんでもワガママを言い、上から目線で命令するのは、サービスを受ける以前に、人としてマナー違反だ。同書は、ホテルで快適な時間を過ごす裏ワザを教えてくれると同時に、利用者をプロの客へと導いている。プロの客はプロのホテルマンを育てる。ホテルという非日常の空間を、上手に使いこなすには、ホテルマンと客が同等にプロであることが必要なのだ。その上で、同書の裏技を駆使しホテルを使えたら、そこは自宅のようにくつろげる場所にもなり、とっておきのスペシャルな日を楽しむ場所にもなる。いいホテルを選ぶポイントやコンシェルジュとの接し方など、日本でも海外でも使える実用的な一冊。

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