被災地は今どうなっているのか?



緊急特集





東日本大震災から1年がたった。発生当初は震災のさまざまな情報があふれかえっていたが、今では東電の福島第1原発事故による放射能問題が主で、被災地のニュースはぐっと減ってしまった。被災地は今、本当のところどうなっているのか? ボランティアの数が激減したという報道もあるが果たして…。震災発生当初から現地入りしボランティア活動を続けている「笑顔311」(http://egao311.info/)代表の大矢中子さん(写真)に生の声を聞いた。





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被災地をメディアでつなぐ







「笑顔311」という団体は被災地をメディアでつなぐことを目的に設立されたプロジェクト。東京で「被災地以外の人々はなにができるのか?」をともに考える(第1フェーズ)、被災地をベースに、情報発信とネットワークの形成(第2フェーズ)、現地の人による主体的な情報発信を実現(第3フェーズ)というビジョンを掲げ活動している。今では東京から『 starters』、仙台から『IF I AM』という2本の番組を配信している。大矢さんはそもそもなぜこの活動を始めようと思ったんでしょうか?





「私のお茶の先生が仙台の方で毎月1回お茶会のために仙台には通っていたこともあり、知人が多かったんです。最終的には知り合いの無事は確認できたんですが、その後どういうふうに生活しているのかとかは全然実態が分からないので凄く不安というか、大変だろうなと察するばかりでなんにもできないでいたんです。でも私たちはもともとUstreamを使って番組を制作していたので、そういったメディアを使えばもっと現地の情報ってよく伝わってくるのに、もっと使えないかなって思ったのがきっかけです。3月19日の時点で有志の仲間たちを集めて、“震災後の情報発信をUstreamのようなライブメディアを使ってやりたいんだけれども、みなさん協力してくれませんか”っていう、キックオフミーティングを秋葉原のデジタルハリウッドさんの大学院の教室を借りてやって、3月24日に第1回目の『 starters』を始めました。この番組では“ボランティアに行くにはどうしたらいいか”といった内容の情報を発信しました」





 最初は東京から。現地に行ったのは?





「私はその放送が終わって27日に現地に行きました。東京と同時に仙台でも“こういうことをやりたいんです”と声をかけていたので、仙台でも震災から1カ月後の4月11日に『IF I AM』の第1回目の配信を始めることができました」





 番組内容は?





「最初は現地の情報ではなくて、この辺にボランティアが足りないとか、ここではどういう物資を欲しがっているといったボランティア情報でした。今ではボランティア情報ではなくて、ボランティアをしている活動団体や行ってきた人、震災の復興関連の仕事をしている人の活動報告や、“こういう活動をしたいのでこういう方来て下さい” “こういう人が欲しい、こういうイベントやるので来てください”といった告知の場になっています。今では、仙台と東京から番組を2本やる以外に、“自分たちの地域の情報をご自身の手で発信してください”ということをお願いしているんです。そのための技術提供と機材の提供をしています。私は今は岩手に行ってそういう呼びかけをして回っています。宮城はたくさんボランティアが入っているので、情報がたくさん東京にも入る。福島はみなさん関心が高いので、情報過多なところがあるんですけど、岩手は遠いので、ホントに少ないんです。これから復興に10年20年かかると思うんですが、マスメディアが10年20年追ってくれるわけではないので、自分たちの力で発信する力を今からつけておいてください。それを継続的に発信できる仕組みを一緒に育てていきましょうということなんです」





個性を生かしたやり方で





 これからはボランティアのあり方も変わってくる。

「何をしたらいいでしょう?というふうに来るのはそろそろやめたほうがいいな、とは思っています。私は今回の震災は、自分たちが持っている個性をもっとも発揮できる場所なんだなって思いました。例えばライターとか編集者という特技を持っている人が、“この特技を持って震災復興のボランティアをしたいんだ”と言えば、やることはたくさんあるんです。例えば地元の商店街に仮設商店街が新しくできた。そこの広報誌を作ろうと思っても、地元の人にはなかなかできないんです。“じゃあ僕が1週間行ってそれを作ってあげます”となれば、それは凄いボランティアです。自分の持っている特技を生かしに来て下さい。あと今までは人がたくさん来てくれたのに減ってしまって寂しい思いをしている人はたくさんいます。お年寄りとおしゃべりをしてくれる人、子どもと遊んでくれる人はありがたがられているし、必要な人材です。メンタルケアも含めてのソフト系の人材が望まれているようですね」





 大矢さんの言葉にはメディアの人間として考えさせられることがたくさんあった。ちなみに大矢さんは昨年9月までは、ほぼ東北に行きっぱなし。10月以降やっと月の半分くらいは東京に戻ってこられるようになったという。この取材の後も、東北に向かった。





(本紙・本吉英人)