鈴木寛の「2020年への篤行録」 第6回 書を読み、仲間と語り合う4年間を

 今回は大学の新入生の皆さんへ、メッセージを送らせてください。
 慶応義塾の普通部の校歌には、「いざよく学び いざよく遊び 少年の日を ともに惜しまん」という歌詞があります。受験勉強から解放されたばかりで、私が言わずとも「よく遊び」はしっかり実践されているでしょうが(苦笑)、大学生活は4年間という限りがあります。一生に一度しかないその時間を生かすも殺すも心掛け次第、というと説教臭くなってしまいますので、シンプルにアドバイスしましょう。私は常々、学生時代は「書を読み、友や師と語り、仲間と事を為す」を主眼にすることを奨励しています。
 デジタルネイティブ、いやスマホネイティブと言われる皆さんは、私が19歳だった80年代前半に比べても、膨大な情報に触れています。ニュースも新聞ではなく、ネットで閲覧している方が圧倒的に多いことでしょう。しかし日々流れる情報は「フロー」に過ぎません。それらを整理し、自分の中で体系づけて考えるには「ストック」である本に接すること。知識が教養となって深く自分の中に定着します。ウクライナからのクリミア独立問題は、1945年以来、少なくとも1989年以来の世界の秩序をゆるがす歴史の大転換、我々の予想を超える事態に発展するかもしれません。将来を見通すためにも教養が必要なのです。
 特に社会に出ると、重厚な本を読む時間がなかなか取れません。とにかく分厚い「古典」を一冊、あるいはハンチントンの「文明の衝突」やアーレントの「全体主義の起源」等の現代の本も恐らく後世の風雪に耐えて残る名著になるでしょう。多読、乱読してください。
 特にお勧めはアーレントです。最近、映画にもなりましたが、彼女はユダヤ人迫害の罪に問われた元ナチス幹部アイヒマンの裁判の傍聴録「イェルサレムのアイヒマン」という本を書いています。平凡な評論家なら“天下の大罪人”としてアイヒマンを断罪したでしょう。しかし彼女の慧眼を感じるのは「悪魔的な深さがない、彼は思考不能だった」と論評したところです。個人を責めるのではなく、思考が停止して善悪の判断ができなくなる恐ろしさを訴えました。思考する大切さを教えてくれます。
 そして大事なのは書で得た知識を元に周囲とコミュニケ—ションすること。師や友人との熟議を重ねることで、気付かなかった視点に触れられ、知識を知恵に変えられます。頭でっかちな学問だけでは、この複雑化する世の中を乗り切れません。ぜひ実り多い学生生活を送ってください。
(元文部科学副大臣・前参議院議員)