夏休みに出会いたい。心に残る「旅」と「本」 又吉直樹(ピース)

一生に一度はしたい旅。又吉直樹、もう一つの“ゆかりの地”へ

 今年は“本を手に、旅する夏”なんていかが? 散歩と読書をこよなく愛するお笑い芸人・ピースの又吉直樹が、夏の必需テーマ“旅”と“読書”を語る! 母の故郷である奄美・加計呂麻(かけろま)島の旅で感じたこととは。そして本好き・又吉ならではのユニークな“読書論”とは。

「東京に来たのは10代の終わりごろですね。こっち来たばかりのころは、けっこう同世代の子たちに刺激を受けました。ファッションで自己アピールしながら街を歩いていて、すれ違う時にお互いを観察する目線とか、ヒリヒリする感じがなんか良くて(笑)。僕は人の事はそんなに気にならないタイプだったんですけど、ぶっ飛んだ格好をしている人を笑っている人たちが格好悪く見えて、ときどき僕も勝負しにいったりしてました。一番ぶっとんだ格好して(笑)」

 現在暮らしている東京、出身地である大阪に加え、又吉にはもう1つ、旅を通して実感した“ゆかりの地”がある。それが、母の故郷・加計呂麻島だ。鹿児島県奄美群島に属する、人口2000人にも満たない小さな島。子供のころのおぼろげな記憶だけを頼りに向かった島への旅。それは彼にとって忘れられないものとなった。その旅を追ったドキュメンタリー『又吉直樹、島へ行く。 母の故郷〜奄美・加計呂麻島へ』が7月30日にDVDとしてリリース。ルーツと再会する又吉の姿を通して“島への旅”や“ルーツ探しの旅”を疑似体験できるドキュメンタリーだ。

「島の港に着いたらね、そこにいた人が“私は、あなたのおじいさんと親戚なんですよ”って言うんです。本当に小さな島なので、みんながつながってるんですよ。島では今まで会ったことが無い親戚とたくさん会えましたね。東京や大阪だと“またいとこ”と会うなんて無いじゃないですか。でも島ではみんなが近い親戚という距離感。だからよくみんなで一緒にご飯食べますしね」

 こんなところに旅してみたい、そう思わせる島の風景。

「でも僕は“旅行に行きたいんだけど、どこかいい所ないか”と尋ねられたら、加計呂麻は紹介しないかもしれない(笑)。あの島には、ガイドブックに乗るようなおすすめスポットなんて無いですからね。分かりやすく大仏があるわけでも、絶景スポットが用意されているわけでもない。そういうものを求めている人には、あの島の魅力を分かってもらえないような気がして。美しい浜辺もあるし、りっぱなガジュマルの木もあるし、僕の親戚もいますけど(笑)、あの島の魅力は“それを見に行こう”と狙って行くようなものとは違うんです。“見るべきもの”なんていらない、ただ自然の中に自分を置いて、その場所を感じたいという人に勧めたいところです。ウチの相方には絶対勧めません(笑)」

 ドキュメンタリーの中の又吉の姿が“感じる旅”の楽しさを教えてくれる。感じたことを短い文章でハガキに綴り、大阪の母に宛てて投函する。ちょっと真似してみたくなる。

「日常から離れて、いろいろ考えたいときにはうってつけの場所ですよ。“何も無い”がある、というところです。島で、ある老夫婦と出会ったんです。おじいさんは毎朝、魚が仕掛けにかかっているか楽しみにしながら海に行く。その後、おばあさんと畑作業。一休みしながら採れたミカンを味わう。海があって畑があって孫がいて、自分たちは満ち足りてると笑うんです。すごく素朴な生活だけど、そこにちゃんと幸せを見出してる。彼らを見ていて、なぜ何もかもが揃っている東京に暮らしながら、苦しい思いをしてる人がいるのかなと思いました。僕自身、夢だった仕事をしているけど、しんどいときもありますから。どっちがいいという話じゃないんです。僕は都会で、もがきながら生きるのも悪くないと思っているし。ただ、あの島のすごさみたいなものを今回の旅で感じたんですよね」

 島文化の奥深さにも触れた旅。

「僕はとくに、島という共同体や、その文化に興味がありました。家族が村になって、村が島になる。そういう共同体の生まれ方とか、霊場と村がつながる文化の有り方が面白いと思いました。ただ、これまで生きてきてこういうことを面白いと言ってくれる人に身近で出会ったことが無いんで(笑)。折口信夫や柳田國男に興味のある人なら、楽しめる要素はかなりあると思うんですけど」

 ところで、もし1カ月夏休みをもらって旅をするなら…?

「海外にはほとんど行かないんで。行っても熱海かな(笑)。もし1カ月あったら、ゆっくりネタ考えたりまとめたり、書き物したりしたいです。普段、昼間に芸人の仕事をして夜に書き物をしたりすると、もう少し時間があったらなと思うことが多いので。海外へは、通訳さんがいてくれたら行きたいかな。ドイツで活動していたアルノルト・ベックリンという画家に興味があって、その画集を探しに行きたいですね。日本では見つけられないので、現地に行ったらあるんじゃないかと思うんですよ。海外で、日本ではあまり置いていない本や画集をあれこれ物色するのも楽しそうだし」

夏休みの読書を充実させる!又吉流、面白い本との出会い方

 読みたかった本をゆっくり読むのも、夏休みの有効な使い方。

「僕もこれから読もうと思っている本があるんですけど、人におススメできるかというと…微妙ですね。これまた加計呂麻みたいですけど(笑)。僕は、旅のときも必ず何か本は持っていくんですけど、以前に読んだ本の中では西加奈子さんの『舞台』なんて、旅先に持っていく本としてもいいんじゃないかと思います。主人公が旅をしながら自分を見つめ直していくというストーリーなので。加計呂麻に行ったときは、俳句の本を持っていきましたね。旅では移動中にしか読めないので、句集なんかがいいかなと。もう何度も読んでる本なんですけどね。僕、同じ本を何度も読むんですよ。それって実はすごく面白いことなんですよね。読むたびに笑える個所が変わるとか、新しい発見がありますから。犯人が分かったらもうええわ、みたいなタイプの本だとそういう面白みはないかもしれませんけど、逆に何も事件が起こらないような、人物を描いているものだと最初面白くないと思っていても、あるときすごくしっくりきたりするんです。作品自体は変わらなくても、自分は成長するし、そのときで違う見方ができたりする。そういうことが、本の面白さなんじゃないかなと思います」

 何度も読み返す面白さ。又吉にとって、その最たるものが太宰治。

「僕の持っている『人間失格』は、付箋だらけで、ほとんどの文字に線が引いてあるので、見たら気持ち悪がられると思います(笑)。本好きだと言っているとよく好きな作家を聞かれるんですけど、好きな作家は太宰で好きな作品は『人間失格』と答えると、本当に本好きなのかと言われることがあるんです。『人間失格』は太宰の作品でも評価が低いんですよね。でも、その人にあなたの好きな太宰の本は何ですかと聞いて出てきた作品でも、僕はおそらくその人よりもその作品について話せると思います。そのうえで、一番好きなのが『人間失格』なんですよ。もう好きすぎてよく分からないくらいで、もしかしたら太宰は別にそこまでの意図は込めてなかったんじゃ、と思うくらい深読みしてます(笑)。でもちゃんと自分なりに、いろいろな人の書いた本や周囲の人物の言葉、史実から“証拠”を集めてみたりしてるんです。さっき言ったベックリンも、もともとは太宰がその絵について文章を書いていたので、興味が沸いたんですよ。小説に出てくるものを実際に自分で探してみて、太宰が何を思っていたのかを考えるのが楽しいんですよね。僕の『人間失格』にはそういうことをびっしり書き込んであるんです。もうずっと、独自の研究を続けてるんですよ(笑)」

 又吉著“太宰ノート”は、太宰や文学が苦手という人にも新たな視点をもたらしそうな気が。

「太宰が苦手とか『人間失格』は好きじゃない、という人の意見は、しごくもっともなんです。確かに主人公の大庭葉蔵は最低な人間です。でも登場人物が最低な本が、本として最低ということではない。みんな、主人公の葉蔵と太宰の人生を重ね合わせすぎているんですね。重要なのは、なぜ葉蔵が最低な人格を背負わされているのかということ。あれは自殺前の精神状態がボロボロのときに執筆されたもので、文学作品としては中期の短編のほうが優れていると言われることも多い。ではなぜ僕は面白いと思うのか。その理由を探そうとしたのが始まりですね。面白いと思った部分を1つ1つ書き出して他の短編と照らし合わせてみたら、よくある“自己憐憫だ”という感想は見当違いだと思ったんです」

 つまり、太宰の自己憐憫が表現された作品ではない、と。

「実は太宰は『人間失格』を書く前に“次はネガティブな悪人を書く”と宣言しているんです。あれって、僕はこんなにかわいそうなんです、だから許して助けて、という話だと思っている人がほとんどでしょ。だから共感することはない、自業自得なヤツの話だと。悩んでいる人に対して、誰にだって悩みはある、お前より辛い目に遭ってる人はいくらでもいるという言い方をする人がいるけど、それは論点をずらしているだけで、その人の苦悩に向き合った言葉ではないんですよね。自分よりもっと大変な人がいるからって、じゃあ自分のこの苦悩は無意味なんですか、ということを太宰は問いたかったんです。そのためには、誰からも愛されるキャラクターでは意味がない。誰からも嫌われるキャラクターの苦悩を見せて、きっとみなさんにとって無意味なんでしょうね、と示すのが目的だったんですよ。だからほとんどの人の読み方は、まんまと太宰の思うツボなんです」

 もう一度、読み返さなくては…。

「僕もおとといの朝5時くらいに、また読み返して、新たに気づいたこともあるんです(笑)」

笑いも本も面白くないのは自分が面白くないから

 面白い本との出会いは自分しだい、ということなのかも。

「タイトルが良さそうだと手に取って、それでもし面白くなかったとしたら、面白くなるまで読めばいいと思うんです。僕は“これ面白くないな”と思わないんです。自分にはこの本の面白さが分からないんだと思うんですよ。で、他の本に移ってもずっと引っかかり続けて、100冊くらい読んでまた戻ってみると、面白さが分かったりするんです。だから分かるまで読んでみるというのも大事なことだと思います。面白くないということは、自分が面白くないということなんです。例えば芸人はお笑いのプロなわけですけど、びっくりするくらい“ゲラ”なんです。日常の、ちょっとしたことで笑うんですよ。この部屋の家賃いくら、みたいなごく日常の会話でも笑えるんです。“私はお笑いに詳しいからめったなことでは笑いません”という人は、その人自身が面白くないことが多いですね。不感症、ってことですから。すぐ笑える人のほうが感度とか感受性が優れているんですよ。本も一緒だと思います。だから僕は、面白さが分からない本があると不安になるんです。ま、中には本当におもろない本もあると思うんですけど(笑)」

 その本を一番面白がったのは自分だと誇れたらうれしい、と又吉。面白い旅、面白い本、面白い夏と出会うためのヒントを教えてくれたような気がする。(本紙・秋吉布由子)

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DVD『又吉直樹、島へ行く。母の故郷〜奄美・加計呂麻島へ 』

販売元:よしもとアール・アンド・シー
7月30日(水)発売
2500円(税別)
©2014 BSジャパン/テレコムスタッフ

ライブ『ピーストークライブ〜原宿へようこそ〜Vol.8』

出演:ピース GUEST:チュートリアル
8月24日(日)19時〜 
場所:ラフォーレミュージアム原宿
問合せ先:サウンドクリエーター 06-6357-4400
チケット:7月26日(土)発売 前売り3000円 当日3500円