広末涼子 実話から生まれた、奇跡の映画『はなちゃんのみそ汁』

 結婚、妊娠、出産と人生の転機を、がんと闘いながら生きた女性が、家族との日常や食への思いを明るく綴ったブログから生まれたエッセイ『はなちゃんのみそ汁』。2012年に発売されるや、社会現象となるほどの反響を巻き起こした同著を、主人公・千恵役に広末涼子を迎えて映画化! 幅広い役柄をこなしてきた広末が“今回、役作りは必要なかった”と語った理由とは?

ずっと心に残っていた、小さな背中

 恋人との幸せな将来を信じていた千恵は20代で乳がんを宣告される。千恵をそばで見守る決意をした恋人・信吾のプロポーズを受けて結婚、そして奇跡的に妊娠。周囲に支えられ、千恵は娘・はなを出産する。そして家族3人での穏やかな暮らしが5年目を迎えたとき、千恵はある思いを持って、はなに“みそ汁”の作り方を教え始める…。

 がんと向き合いながら家族との日々を懸命に生き、33歳でこの世を去った女性・安武千恵の実話を『ペコロスの母に会いに行く』で脚本を担当した阿久根知昭監督が映画化。今回、主人公・千恵役のオファーを受けた広末は、何よりも大切にしたかったものがあると振り返る。

「今回の映画化で千恵さん役に、とのお話を頂いたとき、私は原作やドラマ化作品を拝見していませんでしたが、以前に偶然、はなちゃんのドキュメンタリー映像を見たことがあって、とても印象に残っていたので、ぜひやらせていただきたいとお返事しました。とはいえ、最初の台本は、あまりにも切なく、苦しくなってしまったんです。がんと向き合った千恵さんの物語を描く以上、闘病体験抜きに語ることははできません。矛盾しているようですが、そんな千恵さんたちの物語を明るく描きたいと思ったんです。もちろん現実は簡単なものではなかったでしょうし、千恵さんの本からもいかに大変だったかを読み取ることができるのですが、映画だからこそできる『はなちゃんのみそ汁』を描けたら素敵だな、と。最終的に阿久根監督が、千恵さんのユーモアや笑顔をクローズアップして脚本を書いてくださいました。笑いが入ることでテンポもよくなり、あたたかい物語になったと思います」

 がんと向き合いながらの結婚、妊娠、出産、そして子育てという過酷な運命ながらも、本作では千恵のブログに綴られた笑いあり喜びありの日常を主体に描いていく。

「以前、ドキュメンタリー映像で、はなちゃんが台所に立っている映像を見て、それだけで涙が出たんです。たまたま偶然、その場面を目にしただけだったんですけど、その一瞬の光景に、すごい説得力を感じました。はなちゃんの嘘の無い立ち姿が、自分にとっては本当に衝撃的だったので、映画になっても、きっとみんなを引きつけるお話になると思いました」

 台所に立つ小さな背中が語りかけてきた深い愛の物語。そのあたたかさが伝わる作品にしたい。それが広末の願いだった。

「千恵さんのことを知れば知るほど、共感と、演じることへの責任感が増していったのですが、“泣かせる映画”にしなくてもいいのではないか、と思ったので、重たくなり過ぎないように、常に心がけていました。なぜなら、泣かせようと意図して演じたり演出したりしなくても、十分、涙がこみ上げてくる作品だから。見る人が自分でいろんなことを感じられる作品になるほうがいい。物語の構成も、感動的なクライマックスを描くためにストーリーを組み立てていくというより、日記を切り取るように日常を丁寧に描くことで、むしろその何気ない風景にグッと来たり、あたたかくなったりすると思うんです。そんなところもこの作品のユニークなところではないかな、と思います。だから私も、日常を大切にしたいという千恵さんの思いを強く意識していました。意外と本当の思いは、特別に“伝えたいこと”や“大事にしていること”だけに込められているわけではなくて、ごく日常の生活にこそ現れていたりするのではないかな、と思うんですよね」

気が付けば自然と“千恵”になっていた

 千恵を演じる責任を強く感じていたという広末。

「今回、技術的な役作りが、けっこう大変でした(笑)。九州の方言が初めてだったので方言の指導を受け、千恵さんが学んでいた声楽についての基礎的なことも勉強し、三線も習いました。撮影期間が短かったわりに初めて挑戦することが多くて、けっこうプレッシャーでした。方言のテープを聞きながら三線の練習をして…といった状況だったので、もう“うわ〜”って(笑)。でも完成した作品を見たら、自分が何か特別な特訓をしたようには見えなかったので、ホッとしました。また、医療的な部分は、千恵さんの本を読んだり同じような体験をしている知人の話を聞いたりしました。医療指導の先生には、病状に合わせて状況を教えてもらい、演技に反映していきました。例えばクライマックスのコンサートシーンなどでも、実際にどれだけ声が出せるかなど、バランスを考えなければならなかったので、細かく相談しながら演じました」

 その一方で、気持ちを“作る”役作りは必要無かったと語る。

「千恵さんは、明るい、強い、優しいという母性の代名詞のような人。加えて、私は千恵さんのユーモア、笑いを大切にする姿にもすごく引かれました。病気を理由に何かをあきらめるのではなく、前向きに、生活のベースにあるものを大切にし続けていた。私にはそんな千恵さんが本当に魅力的でした。でもそういう気持ちはきっと、親である人たちはみんな持ち合わせているものなのではないかなとも思うんです。親になると“自分が一番”ではなくなって強くなる気がします。自分より優先するものがあることの強さに勝るものはないと思うんです(笑)」

 だから、どんな辛さも悲しさも笑顔に変えて、日々のご飯を作る。

「劇中、妊娠したものの治療のために子供をあきらめるべきかと悩む千恵に、お父さんが“死ぬ気で産め”と伝えたのは、千恵にとって生きる上で何が大切になるか分かったうえでの助言だったんだと思います。もちろん実際に自分の人生にリミットが来たり、重い病気と向き合わなければならなくなったとき、自分も含め誰もが千恵さんのように生きることができるかは分かりませんが、彼女の一生懸命さやその姿勢は、大きな励ましになるのではないでしょうか」

 女性として、親として、人として自然に共感できた。 

「でも私だったら、千恵さんと違ってずっと泣いているかも…と思うくらい、撮影現場では毎日、演じながら心で泣きっぱなしでした。涙をこぼさないようにするのが精いっぱいでしたね。特に、みそ汁作りをさぼろうとするはなを諭す場面や、コンサートシーンでは、テストで泣きすぎて監督にびっくりされたほど(笑)。“分かっています、本番はちゃんとやります、こんなつもりではなかったんです!”って(笑)。千恵が強いからこそ、見ている人に伝わるものがあるんだと分かっていながらも、セリフを口にするだけで涙があふれてしまい、セリフをあまり覚えないようにしようと思ったくらいでした(笑)。そんな感じで、今回は技術的なことを最低限、学んでおいたくらいで、自分だったらどうするかと考えたり、気持ちを作る役作りは必要ありませんでした。千恵さんと自分が同化して、自分のまま演じさせていただいた感じです」

 感情を揺さぶられたのは、夫・信吾役の滝藤賢一も同じだった様子。

「滝藤さんも泣きすぎっていうくらい泣いていました(笑)。撮影前、滝藤さんは役に引っ張られることがあまりなくて客観的にお芝居をされる方だから役に感情移入して泣いたりはしない、という話を伺っていたのですけど…全然、話と違う!って(笑)。千恵のお父さんに結婚の許可をもらうシーンやコンサートシーンでは泣きすぎて大変だったようです。前半、がんが悪性という告知を受けたシーンでも“ここは冒頭だし、むしろ明るい感じで演じましょう”という話をしていたのに、明るく演じながら、すごく悲しそうな表情になっていて(笑)。でもそんな滝藤さんを見ていたら、これがリアルなのかも、と思いました。私は千恵として、自分のことだから“人を悲しませないように明るくしなくては”と思うけれど、相手のこととなるとどうしようもなく悲しくなってしまうものなのかも、と。滝藤さんのお人柄、愛情深さが垣間見えましたね(笑)」

広末が語る、家族の時間の愛おしさ

 劇中に登場するみそ汁は、安武一家そして日本の家族の食卓を象徴する、温かい愛の味。

「私も、子供がはなちゃんと同じくらいのころから一緒にキッチンに立っていて、各自マイ包丁・マイまな板を持っているんです(笑)。レシピを伝えるのではなく、何にでもつき合わせている感じですね。最初はサラダからでした。洗って切るだけで、子供が1人で作った達成感も味わえるので。それから、カリカリにしたベーコンを乗せたり、パーティーのときはちょっと贅沢に魚介を入れたりアレンジをするようになりました。今ではカレーやお味噌汁も定番になっています。お仕事されている女性は多いし、家事と仕事を両立させるだけでも大変ですが、子供ともっと遊んであげたいし、かまってあげたい。でも家事を休むことはできない。だから子供と一緒に家事を楽しもうと思ったんです。千恵さんたちと同じですね。家のことを一緒にするというのは、時間も経験も親子で共有できる、楽しい方法なのではないかなと思います。慣れるまでは、水回りはビシャビシャになるし、時間も労力も倍かかる(笑)。でも、料理をしている間にテレビを見せたり、別々に過ごすよりも、いい時間になると思っています。私自身、仕事をしているからこそ、そうできたのかもしれませんね。限られた時間を一緒に過ごしたいと思ったら、同じことを一緒にするのが一番いい。それで、はなちゃんのようにきちんと家事が身について育ってくれたら、それに越したことはないですよね」

 実際のはなちゃんは、今も千恵さんから教えてもらった通り味噌から手作りで、みそ汁を作る。

「私も、はなちゃんが作ったお味噌を頂きました。本当に力強い味噌で、なかなか溶けないんです。私も味噌を作ったことは無かったので、やはり市販のものとはぜんぜん違うんだなと感動しましたね」

 一杯のみそ汁のようにありふれた、でも大切な日常。だからこそ、誰の人の心にも伝わる作品。

「私は当初、多くの女性に見てもらいたいと思っていたのですが、実は男性からの反響もかなりあるそうです。切ない話だと構えて見始めると、意外と明るくて、楽しんでいたら不意打ちで…って(笑)。私の知人がご夫婦で見てくださったのですが、次の日から旦那さんがお子さんの幼稚園のお見送りを買って出てくれるようになったそうです(笑)。“ママがするのが当たり前”だった日常のことに自分ももっと関わっていこうというメッセージとして、男性が受け止めてくれたのが意外だったのと同時にすごくうれしかったです。旦那さんにもっと家のことに参加してもらいたいと思う奥様たちは、ぜひご夫婦で見にていただけるといいかもしれません(笑)。夫婦や恋人同士、家族、どんな方にも見てほしい作品になったと思います」

“私はツイていた”—そんな言葉を残した女性の姿を通して描く、家族の愛の物語。愛情こもったみそ汁のように心にしみる映画となった。 
  (本紙・秋吉布由子)

© 2015「はなちゃんのみそ汁」フィルムパートナーズ
『はなちゃんのみそ汁』
監督:阿久根知昭 出演:広末涼子、滝藤賢一、一青窈他/1時間58分/東京テアトル 配給/12月19日よりテアトル新宿にて先行公開 2016年1月9日より全国拡大公開  http://hanamiso.com/http://hanamiso.com/