夏のこの時期に見てみたい!知られざる神楽エンターテインメント

 


2019年5月に日本遺産に登録された「石見神楽」

 


この時期になると夏祭りのにぎやかな音があちこちから聞こえてくる。盆踊りや太鼓、おみこしなど、日本の趣ある伝統文化の良さを実感する機会も多いだろう。


個性豊かな祭りが各地に存在するなか、日本で最も古い伝統芸能に「神楽」があるのをご存知だろうか。名前は聞いたことはあっても、歌舞伎や狂言、能などに比べると知らないことも多い。そもそも神楽はどういったものか、どんな楽しみ方があるのか。全国でも有数の神楽どころ、島根県石見地方で、知られざる神楽エンターテインメントにふれてみた。


日本遺産に認定された、石見神楽


重さ20kgあるという豪華絢爛な衣装と表情豊かな面をつけて舞う「石見神楽」。島根県西部の石見地方で古くから伝わり、今年5月には日本遺産にも認定された。ひゅるる〜という独特の軽快な笛の音と、活気溢れる太鼓囃子にあわせて舞うのが特徴で、歌舞伎や能に比べると、動きは激しめ。かつては、地域の娯楽として秋祭りの前夜祭に演じられていたが、現在は130以上の団体が定期的に活動し、年間を通して見ることができる。


迫力ある白鬼のお面。大人でもちょっと怖いかも

興味深いのは、子供たちも楽しめる明快なストーリーだ。2019年3月に江津市にオープンした石見神楽専用の劇場「舞乃座」では、親子連れの観客も多いという。「鬼退治」や「大蛇退治」など、勧善懲悪のわかりやすいストーリーに加え、火花や煙などの演出で迫力も満点!初めて見る筆者も夢中になってしまう。鑑賞料も1000円というから、まさに地域の娯楽として身近な存在であることがわかる。


軽快でスピーディーな舞は必見だ

誰でも楽しめることで、石見では若い人も神楽に積極的だ。なんと石見には「神楽推薦」なるものが存在し、神楽を演じるために他の地域から学生がやってくる。島根県立浜田商業高等学校の郷土芸能部では、部員14名が所属し、年間30公演ほどを行なっている。代表作品「大蛇」の主人公・須佐之男命を演じた松井隆河さんは「小さな頃からあるのが当たり前で、神楽を見るのが好きでした。公演で皆さんから声援をもらえる瞬間がうれしいですね」と目を輝かせた。


郷土芸能部部員のお二人。演目の指導はOB・OGがしてくれるそう

島根県立浜田商業高等学校は、郷土芸能の文化推進校にも指定

石見神楽の舞台裏は、オール石見


演者だけではない。石見神楽に使われる面や衣装、道具はすべて石見の人びとによって作られている。神楽の顔となる面は、軽さを重視して、伝統工芸の石州和紙を貼り重ねて作られている。柿田勝郎面工房には、何百種類の面がずらり。ひとつひとつ要望を聞いて手作業でつくるため、ひとつの面を作るのには、1ヶ月ほどかかるそう。柿田勝郎さんが大切にしているのは、神楽団への敬意。「古きを重んじこだわるところ、新しい斬新なものを求めこだわるところ。それぞれの神楽団の要望に、白紙の気持ちで応えたい」と思いを語った。


柿田勝郎面工房で語る柿田勝郎さん

面の型は数百種類だという

神楽に迫力を生む大蛇の舞にはかかせない「蛇胴」も石見オリジナルだ。竹と石州和紙からなる蛇胴は、軽くて丈夫なのが特徴。長さ約17m、重さ約12kgもある蛇胴を植田製作所2代目の植田倫吉さんは、約一週間かけてひとりで作り上げる。冬に翌年分の竹を刈り、そこから骨組みとなる約5000本の竹棒を手作業でつくっていく作業は根気がいるという。「大阪万博で好評をいただいたときはうれしかったですね。お客さんと色の相談をしながら作り上げていくのが楽しい」と笑顔を浮かべた。



伝統芸能というと、堅苦しい印象があるが、私たちの文化は、伝統の延長線上にあると考えるとどうだろう。ぐっと身近に思えてくるのではないだろうか。神楽を支えてきた人々の営みと心意気にふれたとき、なにか大切な宝物を見つけたような、そんな特別な思いを胸に抱く。伝統が生活に溶け込み、その生活がまた伝統をつないでいく。オール石見の強さを垣間見た気がした。