誰もが「走れる」社会へ。 義足エンジニアの新たな挑戦 遠藤謙【TOKYO 2020 COUNTDOWN】

 2016年リオパラリンピックで陸上100mアジア・日本新記録へと導いた義足エンジニアの遠藤謙さん。近年、障害者アスリートの競技力の向上や、板バネなどの技術革新により、障害者陸上のレベルは格段に上がった。一方で、ものづくりの現場で見えてきたのは、いまだ高い義足ユーザーの「走る」ことへの障壁だ。「人は何のために走るのか」。パラリンピックが1年延期されたいま、原点に立ち返って見つめる景色を遠藤さんが語った。
【遠藤謙】應義塾大学修士課程修了後、渡米。マサチューセッツ工科大学メディアラボバイオメカトロニクスグループにて博士取得。2014年、競技用義足開発をはじめ、すべての人に動く喜びを与えるための事業として株式会社Xiborgを起業し、代表取締役に就任。2012年、MITが出版する科学雑誌Technology Reviewが選ぶ35歳以下のイノベータ35人(TR35)に選出された。また、2014年にはダボス会議ヤンググローバルリーダーズに選出。(撮影・蔦野裕)

義足ユーザーにとって走ることは「非日常」


 義足には、一般的に日常用と競技用の2種類がある。義足ユーザーは、日常生活用の義足でも無理やり走ることができるが、走り心地が悪く、他の人よりも遅いため、体育の時間などで走ることが嫌いになってしまう子どもたちも少なくない。そこで登場したのが、競技用義足「ブレード」だ。遠藤さんが代表を務めるXiborg(サイボーグ)では、主にパラアスリートへ競技用義足の開発を行うほか、豊洲で義足の試着や走行ができる「ギソクの図書館」を開くなど、走ることの楽しさを届けている。

「いま日本で行われているのは、“ランニングクリニック”といって、月1回義肢装具士さんがブレードに付け替えて、義足ユーザーの方々が走り方を練習するというものです。もともと東京では以前からあったものですが、パラリンピックの開催が決まって全国に広まりました。一方で、月1回走るということは、義足ユーザーにとっては“非日常”のアクティビティなんですね。もう一歩先に進めて、彼らが自分たちの生活環境の中で走ることができればいいなと思いました」

「走る」障壁は、子供ほど高い


 街中で義足を履いて歩く人の姿を見かけることはあっても、「走る」姿を見ることは少ない。何が障壁となっているのか。一番のボトルネックは“値段”だと遠藤さんは語る。ブレードは単体で25万〜60万円、そのほか切断レベルに応じて必要となるパーツを合わせると、一足の費用は100万円ほどかかる。

「ブレードは形によって値段が変わるのですが、大人用と子ども用はほとんど値段に違いがありません。子どもは年々身長も体重も変わるので、値段が高いけれどブレードを替える頻度も高い。大人だったら数年持つけれど、子どもは1年で履き替えなきゃいけないこともある。子どもこそ走るのに敷居が高いんです」

 こうした中、Xiborgはブレードの製造工程に着目した。「同じカーボン繊維を使ってブレードを作る方法がいろいろある中で、アスリート向けには、値段が高いけれども強度のあるもの、一般向けには、ある程度の強度を保つことができ、より安価にできるものを作っています。僕らは10万円以下で販売できるブレードを目指しています」
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