映画『空白』主演・古田新太「よく怖そうって言われるけど…」実際は監督にも、街で“職質”されても“イエスマン”!?

 万引きを疑われた少女の事故死。少女の父は怒りで狂気のモンスターと化し、周りの者すべての人生を揺るがせていく…。『新聞記者』『MOTHER マザー』のスターサンズが『ヒメアノ〜ル』の𠮷田恵輔監督とタッグを組んで挑み、監督オリジナル脚本で挑むヒューマンサスペンス『空白』。主演は、本作が7年ぶりの主演映画となる俳優・古田新太。怒りを暴走させモンスターと化していく主人公を圧倒的な存在感で演じ切った古田の、意外な役作りとは?

古田新太(撮影・蔦野裕 ヘアメイク:田中菜月 スタイリスト:渡邉圭祐)

古田新太7年ぶりの主演映画で演じるのは、怒りの暴走“モンスター”

 映画やドラマでよく見る“古田新太”は、作品にとってスパイスのように欠かせないバイプレイヤー的な役どころで存在感を放っている。

「オイラも主演よりバイプレイヤー的な役どころのほうが好きです、仕事が早く終わるから(笑)。出番は短くておいしい役が一番いい。宮藤(官九郎)の作品なんかだと、オイラのことをよく分かっているからか“悪役だけどちょっとかわいい”みたいな役で呼んでくれることが多いですね。『あまちゃん』の太巻さんのような。でも今回演じたのは、本当に“怖い”人なんです」

 古田が最新主演映画『空白』で演じるのは、娘の死に怒りをたぎらせる狂気的な男・添田充。漁師の添田は妻(田畑智子)と別れ、中学生の一人娘・花音(伊東蒼)を男手一つで育てている。しかしある日、突然、花音が事故に遭い命を落としてしまう。花音がスーパーで万引きしようとしたところを店長の青柳(松坂桃李)に見つかり、追いかけられた末に車に轢かれてしまったというのだ。娘のことなど無関心だった添田だが、せめて花音の無実を証明しようと青柳を追求。その激しい怒りは、関わる人すべてを追い詰めていく…。

“出番は短くておいしい役”とは対局にある、難しくヘビーな役での主演。本作のオファーを受けた理由とは。

「基本的にオファーを断らないので。もともと、時間さえあればなんでもやるというスタンスなんです。ただ、なんでオイラ?とは思いました。オイラはエンターテインメント系の作品が好きで、そういう作品のお話を頂くことが多いのですが、本作はシリアスなストーリーで、社会派作品の匂いもする。しかも相対する役を松坂桃李が演じると聞いて“オイラと桃李で? これを?…”とは思いました。それで、𠮷田監督にキャスティングの理由を聞いたところ、“脚本を書いているときから添田役は古田さんしかいないと思っていた、古田さんは怖いから”と言われました」

「確かに、よく初対面の俳優さんや女優さんに怖がられるんですよね。全然怖くないのに…」とぼやきつつ「でも、そうやって当て書きしてくれたと聞いて、では頑張らせていただこう、と思いました」と古田。

 やり場のない怒りは尽きることなく、モンスターと化した添田は徹底的に青柳を追い詰め、責め立てていく。コメディー作品で見せる笑いやチャーミングさを完全に封印したその姿はまさに震撼モノ。

「添田はずっと怒っていて、人の話もまったく聞かないんですけど、そういう人は恐怖の対象になりやすいので演じる分には楽なんです。むしろこういうシリアスな役は笑いを求められる役より楽だと思いました。シリアスな役はその感情を自分の中で抱ければそれで問題ない。でも笑いを取るのはテクニックが必要ですから」

 怒りの塊のような添田の役作りはどのように行っていったのか。

「最初は、戸塚宏(体罰が原因とされる塾生の死亡事故を起こした戸塚ヨットスクール校長)のマネをしようかなとも思ったんですけど、物まねだとコメディーになっちゃうからダメだと思ってやめました。だから、役作りで考えたことは“戸塚宏…いや、やめよう”ということくらい。あとは現場で𠮷田監督の指示に沿って芝居していった感じです」

 脚本の通り、監督の指示通りに芝居しただけ、と古田。

「本当に“こうしてください”と言われたら“はい”と言ってやるだけです。ずっとそんな感じだったので、あるときついに、𠮷田監督から“古田さん、何でもハイと言うけど、どういうつもりなんですか?”と、逆に質問されました(笑)。でもオイラとしては監督がやれと言うならやります。そこで“気持ち的に無理ですね”とか言う俳優は苦手なんです。言われたことをちゃんとやれば早く終わるんだよ、と。“役者の仕事は、覚えてきたセリフをちゃんと言うこと。そうすれば早く帰れる”というのがモットーなので。監督から、ここでずぶぬれになってくださいと言われれば、“はい”。ここから飛び降りてくださいと言われれば、“はい”と言うだけ。そこで迷うより、言われた通りやってケガするほうが早いと思ってしまう。スタントマンを使うより自分でやったほうが早く撮影が終わるならそうします。だからどの現場に行っても基本的に“はい”と言ってます。オイラは、映画は監督のものだと思っているので、求められてもいないのに自分であれこれ試して時間を使うということはしないんです」

 暴走していく添田の怒り。しかしあるとき、とある出来事が添田の怒りに静かな波紋をもたらしていく。怒りのモンスターと化していた添田が涙する場面に、見る者は感情を揺さぶられずにはいられない。複雑な心情を伝えるその重要なシーンもまた、現場で𠮷田監督から言われたものだったという。

「当初、台本では、無言でいる設定だったのでオイラもそのつもりでいたのですが、監督から“泣いちゃいましょうか”と言われたので。添田は、花音が読んでいた少女マンガを読んでみたり、花音のように絵を描いてみたりするようになり、どれも途中でやめちゃうんですけど、それでも、自分が花音と同じ風景を見ていたんだと気づいたとき、無表情でいられる昔の添田ではなくなっていたんだろうな、と。そんなことを思いながら、涙を流すシーンを演じました。ただ、𠮷田監督とそういう背景を話し合ったわけではなく、実際にあったのは、“最後、泣いちゃいますか”“あ、はい”というだけの会話でしたけど(笑)」

 怒りの感情を持続させ続けなければいけないヘビーな役どころにも「カメラが回っているときしか怒っていないですよ。カットがかかったらもう、全然普通です」と古田。

「それはオイラだけじゃなく、他のキャストもほとんどみんなそうだったんじゃないかな。本当にヘビーなシーンで号泣しても、カットの声がかかったら即“じゃ、食事にしようか!”という感じ。𠮷田監督自ら、カットをかけたらヘラヘラしてましたから。若干、桃李が“役があるので”と、距離感に気を使っていたかな。あとは、寺島しのぶさんが演じる草加部が、青柳に拒絶されるシーンを撮った後に、寺島さんが桃李に“ねえ、私のことそんなに嫌い? そんなに?”って聞いてたくらい。桃李も“いえ、しのぶさんが嫌いというわけではなくて…”って言っていましたけど(笑)。そんな感じで、監督からスタッフ、キャストまで、撮影している間に全集中して、カットがかかったらすぐに気持ちを切り替えていました。だからこそ、こういう作品を撮り切ることができたんだろうなと思います」

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