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「声をあげる女性たち」【36歳のLOVE&SEX】#11

2021.06.11 Vol.web Original

 このTOKYO HEADLINEでのコラムは2015年6月に始まったので、なんと今月で7年目に突入ということになる。体感として、さすがに2~3年よりは長くやってきたような気もするけど、まあ4~5年くらいかなと思っていたので、思ったよりも長かった。自分、よく頑張ってる。

 と言っても連載の最初の頃は「脱・こじらせへの道」というタイトルで、当時担当していた女性向け動画サイトGIRL’S CH( http://girls-ch.jp/ )の中でとったユーザーの皆様へのアンケートをもとに、編集部の方にご協力いただいて記事を作成していた。その後はアンケートの内容だけでなく、女性向けアダルトのことや性のことで、自分が感じたこと考えたことなどを、自分の言葉で幅広く書かせていただいていている。いつも好きなように書かせてくれるTOKYO HEADLINEの編集部の皆様には感謝だ。

 2015年当時どんな記事を書いていたっけな……と当時の記事を見てみると、意外にも今よりエロやAVに直結した題材が多く、「イク・イカないにとらわれるべきではない」とか「女性同士でエロの話どこまでできる?」なんていう話題も。出会い系サイトをテーマにした回では、「男は課金でチャンスを買っていたが、女の場合は課金で安全を買う」とも言ってて、自分の意見の根本や運営しているサービスの基礎ってあんまり変わっていないなとも思った。

 少し横道にそれるが、女性向けアダルトの歴史を振り返ると、SODグループとしては2006年にananのSEX特集のDVD監修を行っており、2008年にSILK LABOという女性向けAVメーカーを立ち上げた。私が女性向けアダルトに関わり始めたのはそのもっとあとで、2013年GIRL’S CHの立ち上げの時から。

 女性向けに関わる前は男性向けAVの売上予測や分析などを行う部署におり、上司から声をかけられて女性向けに異動したのがきっかけ。だからもともと「女性の性を解放しよう!」というような強い意志があったわけではない。自分はこういうところが視野が狭いのだが、AVは見たいと思ったら見るし、だから自分自身は困ってないし、見ていない人は見たくない人なのだろうという考えで、特に女性向けのアダルトを広げていきたいと思って入社したわけではなかったのだ。

 自分自身は困ってないしという考え方は、先日フェムテックについての記事( https://www.tokyoheadline.com/546337/ )を書いたときにも触れたが、悩みや問題が潜んでいる可能性をつぶしてしまう、危険な考え方だ。我々は可視化されることで、そこに悩みがあること、問題があることに気付くことができる。たとえば生理の悩みも、様々なアイテムで快適に過ごせることを知らなければ、それまで我慢してきたことはわからない。性欲もアダルトビデオなどを通して意識することで、「自分に性欲があるかどうか」について考えることができるはずだ。

 このように可視化することはとても重要で、私たちの会社が女性向けのAVや風俗など様々なサービスを提案していくことは、女性の欲求や潜在的な要望を可視化するひとつのツールになり得ると思うのだ。

 

 連載を始めた頃と大きく違うのは、SNSなどで性について発信している女性が非常に増えたということ。

 AVを紹介する人、グッズを紹介する人、カップル向けのサービスを作る人、性教育を広めようとする人、性の悩みや性被害の救済に取り組む人、など挙げればきりがない。私のように企業でそういった取り組みをしている女性もいれば、個人で発信するパワフルな女性も多い。また、直接的なアダルトではないが、テレビドラマを通して性をカジュアルにしていきたいとチャレンジングな作品を作り続けている女性もいる。

 そして何より、大々的に発信はせずとも、日々のツイートで少しずつ意見を言う女性はもっともっと多くなった。女性が自分の性について考えることは当たり前だし、性や性教育のことで悩みを持っていること、もっと知りたいと思っていることが、SNSを通して可視化されたと言える。

 

 取材を受けたときによく言っていたことだが、GIRL’S CHが成長を遂げた理由のひとつがスマートフォンの普及だ。それまでは家のテレビやパソコンで見るしかなかったAVが、誰でももっているスマートフォンで、誰にも知られずこっそり視聴することができるようになった。それに伴い、女性は家族を含むまわりの人の目を気にせず、AVを楽しむことができるようになり、多くの女性たちにサイトを利用していただくことができた。

 私たちはスマートフォンとSNSで、「女性が性のことを大っぴらに語ったり楽しむべきではない」という偏見をかいくぐって、アダルトのエンターテインメントを楽しみ、可視化された悩みや問題を認識し、同じように問題を抱えている女性同士で連帯することができるようになった。

 この10年ばかりの女性の性の歴史は、まさにスマートフォンとともにあると言っても過言ではないだろう。

 

 一方で、この間女友達と会ったときにこんな会話があった。

「まだ周りの男の人は、女性に性欲がないって思ってるよ」

「ありますよーって言っても、それは〇〇さんが特殊なんでしょって」

 

 私自身この6年間、文章を通して女性の性についてさまざまなことを書いてきたし、社会的にも女性の性の悩みを解決するサービスが多く生み出され、世界はガラッと変わったような気がしていた。

 ではなぜそのような意見が出るのだろうか。それはまだ「女性向け」が「女性のため」にしか機能しておらず、「男女のため」「すべての人のため」へ向かう途中であることを示しているのかもしれない。

「青春の勘違い」【36歳のLOVE&SEX】#10

2021.05.28 Vol.web orijinal

 先日久しぶりに辞めた後輩・Aに会った。

 私より何年か後に新卒で入社したAは、一時期同じ部署でもあり仲良くしていたのだが、数年前に退職した。その後はフリーランスとなり、もともとやりたかった仕事をしている。

 私が他の会社を経験したことがないので比較ができないのだが、以前は同じ部署のメンバーで飲みに行くことも多く、コロナが流行する前はAもいた当時の部署で集まることも年に一度くらいはあった。

 辞めたメンバーで集まったときの話題はだいたい、「今あいつはどうしてる」とか「会社には誰が残ってるのか」とかの話になり、噂話みたいなことをよく話すのだが、新卒同士だとだいたい辛かった入社当時の話がメインになる。

 以前LOVELYPOPの綱島さんにインタビューしたときにも、入社当時の会社行事のことで話が盛り上がり、しかもその出来事を通じて勉強したことが今仕事をする上での大きな指針になっていたりもするので、私たち新卒にとっては思い出話以上の大切なものだ。

 Aとの話題ももちろん新卒入社当時の話になり、あの頃の会社はこうだったとか、こんなことがつらかったとかカルチャーショックだったとか、いまだにそんな話で盛り上がってしまった。

 寝れない、休めない、ただガムシャラに働く(正確には業務外のことが多く働くという表現が正しいかは不明だが)、そんな当時の思い出は、私たちSODの新卒入社社員にとっては「青春」そのものだった。

 

 こうして15年も同じ会社にいると当然、まわりの顔ぶれは変わってくる。

 入社当時16人いた私の同期は今や私ともう一人だけだが、いるだけでもすごいことだ。

 先輩も後輩もほとんど辞め、たまに同じ業界にいる人もいるが、ほとんどが一般業界にいるし、公務員になった人もいれば専業主婦をしている人もいる。なんでSODにいたのかわからないほど出世している人もいたりする。

 それでも、再会すると新卒だったあの頃に戻るから不思議だ。

 そのくらいにあの時間は青春だったし、濃密だった。

 

 ただ、最近はそんな昔の話をすればするほど、自分の現在地点がわからなくなる。

 彼らが言っている「青春」に私はまだどっぷりつかっている、というと聞こえがいいのだが、彼らがいう「青春」は私にとっては「現実」と地続きで、だからこそ彼らの「青春」に100%共感できないという違和感が、年々強まってきている。

 

 これはもう4年ほど前になるが、新卒入社のSという女性がいた。

 Sはよくいる新卒社員という感じで、会社からの指示に一生懸命、がむしゃらに対応し、少し抜けたところがあり先輩からもかわいがられる子だった。

 そんなSが急に会社に来なくなった。

 私はSとは同じ部署だった時期があり、思い入れのある後輩だったので、もう一度出社してほしかったが、Sはそのまま退職した。

 同じ部署だった頃、細かい注意や厳しい指導をしてしまったという自覚はあるが、それらは愛情の裏返しだったつもりだった。でも彼女にとっては、私のような存在はただの負担だったのだろう。いや、負担というよりもただのウザイ人でしかなかったかもしれない。辞めてから上司づてに「田口さんには会いたくない」と言っていると聞いた。

 自分の中で、新卒はこうあるべき、とか、新卒の時代だからこそ多少無理をしても経験を積むべきとか、彼女にも自分と同じ青春を体験してほしかったという気持ちもあった。

 完全に余計なお世話だった。

 Sは辞めたあと、大手企業に転職し、新しい彼氏ができて結婚予定だそうだ。

 

 あの頃感じた矛盾も不条理も、青春などではなかった。本当は、向き合わなければいけない目の前の現実だった。

 青春だと思っていた時間を一緒に過ごした人たちもそれぞれ別の道を歩み、少しずつずれた私たちの人生はもう交わることはない。

 いったい、私は今、人生のどの地点にいるのだろうか?

「私たちは家族じゃない」【36歳のLOVE&SEX】#9

2021.05.14 Vol.web Original

 

 実はコラムやTwitterには書いたことがなかったのだが、約10年付き合っている彼氏がいる。

 友達や一緒に働く仲間はもちろん知っているし、聞かれたら「いる」と答えるし、不倫関係のように知られては困る関係というわけでもない。

 なんとなく、「田口桃子」には彼氏がいないほうが面白いであろうと思ったから、言う必要はないと考えていたからだ。

「田口桃子」って、欲求不満で、いつも何かに怒ってて、打倒男!みたいなスローガンを掲げてて…というキャラだよなと思ってるんだけど、それに合わないと思ったので、言わなかった。

 しかし、「36歳のLOVE&SEX」というタイトルで、結構核の部分に関わってくるであろう彼氏のエピソードが全く書けないというのは、いまいち本音を隠しているような気持ち悪さがある。

 全く書かずにこの先も書いていくには辻褄が合わない部分も出てくる。
だから、今回から彼氏のことも書いてみようと思う。

 

 世の中的には、結婚していれば夫、旦那、そうでなければパートナー、とかいろいろな呼び方があるかと思うが、私たちの関係性で言えば、もうこれは「彼氏」「彼女」が一番しっくりくるように思う。

「10年も付き合っていたら結婚はしないの?」と聞かれることはよくあるのだが、結婚はしない。

 これは彼氏の意志が強い。彼氏はバツイチであり、いろいろな手続きを考えると面倒くささが勝つということと、二度目の結婚をすることの意味を見出せないとのこと。

 

 最初にそれを言い渡された頃、まだ私は20代後半だったので、「結婚を考えてくれないなんて彼は私のことを愛していないのでは……」と悩んだりもしたし、婚活をしようかとも思ったのだが、じゃあ自分は何のためにどんな結婚をしたいのかと考えると、周りがしてるからしなきゃとか、大人なんだから身を固めなきゃとか、そういう体裁を気にしてのことだと気付いて、やめた。

 そもそも結婚という契約で、相手の心や将来を縛れるわけではないし、自分の幸せが保障されるわけでもないし。

 逆に、あのときそれに気付けたのはとってもラッキーだった。

 

 私たちは、結婚はしていないが、仲良くやってるし、別に何の問題もない。

 ただ、ひとつだけもやっとすることがある。

 それは彼の子どもたちのことに関してだ。

 彼には私と付き合う前から、何人か子どもがいた。一番大きい子はもう成人して家を出ているし、一番小さい子はまだ小学生で母親と一緒に暮らしている。

 私と付き合う前の話だし、子供や母親に会うこともないし、普段は何とも思わないのだが。

 

 そんな彼の家族の存在を意識させられたのは、コロナ禍だった。

 コロナ禍で私は彼氏となかなか会えなくなった。

 だって、「彼氏」だから、「彼氏」でしかないから。

 私たちは一緒に住んでいるわけでもなく、婚姻関係もない。

 一度目の緊急事態宣言のとき、よく、家族以外とは会食を控えましょう、と言われていなかっただろうか。

 私たちは「彼氏」と「彼女」でしかなく、家族ではないので、会食も控えなければならない。

 そのくらいの弱い関係性だったのだ。

 

 ところが、彼の子供たちは「家族」だから彼と会うことができる。

 そりゃ、小さい子もいるのだから、育児を手伝うのは当然だ、彼だって自分のかわいい子には会いたいだろう。

 

 でも、結果、私だけが損してるような気がして、めちゃくちゃ腹が立った。

 結婚しなかった私が悪いのか、無理やりにでも子供を産んでおけば育児にかこつけて彼を会いに来させることができたのか(言い方が悪いのはわかっている)。

 血のつながりがあるから家族で、血のつながりがないから家族じゃなくて。

 それは仕方のないことだとわかっているが、いちいち私と彼の分断を思い知らせてくる政府広報にまでイラついた。

 家族って、同居って、そんなに偉いのか?

 

 ヘビースモーカーで野菜嫌いの彼氏は、絶対に長生きできない。

 自身の父親と同じく、咽頭がんあたりで死ぬと思う。それもそう遠くない未来に。

 

 だが病床に私は立ち会えないかもしれない、だって家族じゃないから。

 36歳ともなると、ひとつひとつ、「その時」の覚悟を意識しながら生きざるを得ない。

 彼が先に死ぬかもしれない覚悟、そのときに看取れない覚悟、葬式に参加できないかもしれない覚悟。

 これが結婚しないで生きるということだ。

 家族のしがらみから解き放たれることで、諦めなくてはいけないものたち。

 これが私の“愛”だ。

「Kさんとの思い出」【36歳のLOVE&SEX】#8

2021.04.23 Vol.web Original

 10年以上推していたアイドルが、先日卒業コンサートを行った。

 ファンやオタクというものの定義は非常に曖昧である。

 新曲がリリースされるたびに楽曲を聞きこむ人もいれば、出るグッズはすべて購入して収集するという人もいるし、握手会やイベントに通い詰めて自分を覚えてもらうことに喜びを感じる人もいる。

 どれが正しいオタクの姿か、どこからがオタクかという線引きは難しいが、少なくとも自分は、この推しに対してはオタクだったと自認している。

 

 私が応援していたアイドルは、某48グループに在籍し、オレンジと緑がテーマカラーの女の子だ。

 彼女を応援したいがために、「総選挙」と呼ばれるグループ内ランキングを決める投票イベントでは複数票を投じたし、彼女のパフォーマンスを見るために、いろんなコンサートに行った。

 彼女のおかげで、ナゴヤドームにも、豊田スタジアムにも、福岡ドームにも、東京ドームにも行けたし、各地で美味しいものを食べた。

 毎日まとめ記事をチェックしたし、振り付けを覚えて客席で小さく踊ったりもした。

 私は彼女のオタクになれて幸せだし、本当に楽しい思い出をいっぱい作れたな、と思っている。

 

 私が熱心にオタク活動をしていたのは10年近く前だろうか。

 同じ会社のKさんという人も私と同じグループのオタクであった。

 というか当時は部署内でこのグループが大流行りしていて、仕事を終えてからみんなでライブを見に行ったりしたこともあった。

 だが一緒にオタクをしていた人も退職をしたり、推しの卒業に伴ってオタクを卒業したり、一緒にグループを応援する仲間が少なくなっていた。

 幸い、私とKさんの推しは長くグループにいてくれたので、オタクを続けることができた。

 我々は日々新曲の選抜メンバーの発表にドキドキしたり、新しい才能を発掘したら共有し、コンサートを見るために二人で遠征することもあった。

 

 Kさんは10歳くらい年上の男性である。

 穏やかな口調で優しそうな見た目とは反面、リアリストで、関西弁で鋭いことをズバズバ言う。

 仕事にも厳しく、自分がすべきことは責任をもってこなす、職人のような営業マン、というイメージだった。

 Kさんと私は一時期同じ部署にいた縁もあり、こうして同じアイドルグループを追いかけるにいたった。

 ライブに行っては推したちの輝きに涙し、あの曲のあのメンバーがよかった、第何期のあの子のパフォーマンスがよくなっていた、だのオタクにしかわからないことを、酒をがぶがぶ飲みながら語り合った。

 

 そんなKさんも会社を辞めることになり、さらにKさんの推しもグループを卒業することになってしまった。

 それと同時に、私自身のオタク人生も終わってしまったかのような気持ちになった。

 際に一人でのオタク活動はなんだか寂しく、しかも推しが休業に入ってしまったので、かつてのように応援できない状況が続いた。
もうあの頃のように夢中でアイドルを応援することはないのだな、とやるせない気持ちになった。

 

 会社を辞めたKさんはその後、故郷である関西地方に戻ったのだが、それから数年後、私が関西に行く予定があったのでKさんを訪ねることにした。

 久しぶりに会ったKさんは体型も鋭い口調も変わっておらず、相変わらずめちゃくちゃ飲むしめちゃくちゃ食べる人だった。

 最近の会社の様子や、私が社内でどんな仕事をしているか、Kさんが今どんな仕事をしているか、とか、たわいない話をした。

 

「田口さんが男だったらよかったのに。」

 どういう流れでそんな話になったのかは覚えていないが、私はその言葉を言われたことを鮮明に覚えている。

 私が男だったら、何がどうよかったのだろう。

 もっとKさんと楽しく飲んだり遊んだりできていたのだろうか。私は今でも十分に楽しいのだが。

 それとも、仕事でもっと活躍できたのに、とかそういうことだったのだろうか。

 

 私の周りではあまり話題になっていないが、2021年のジェンダーギャップ指数で日本は120位だったそうだ。

 156か国中の順位なのだから、これは明らかに低いと思う。

 それにも関わらず、この問題が身近で話題になっていないというのは、私の身の回りでは男女間の格差にさえ気付いていない人が多いということなのかもしれない。

 そのくらい、このジェンダーギャップ指数のニュースが表していることは、根深いことだと感じた。

 

 私が男だったなら。

 今のような平社員じゃなく、もっと責任のあるポジションを任されていたのかもしれない。

 もしかしたら、実は給料自体変わっていたかもしれない。

 もっと世間の目を気にせず、自由に生きられたのかもしれない。

 結婚すべきか、子供を作るべきか、もし一人で育てることになったらどうなるか、今ほど迷わなかったかもしれない。

 生理のたびに仕事の進捗が遅れたり、体調不良で会社を休む必要はなかったかもしれない。

 

 でも、私が男だったなら。

 女性向けの事業には一生縁がなかったかもしれない。

 仕事一筋で結婚にも子どもにも最初から執着がなく、他人の心に寄り添えないままだったかもしれない。

 

 女に生まれたことが損をしているとか、得をしているとか、表立って感じてはいなかったが、もし「田口さんが男だったらよかった」というような世界があるとしたら、きっとそれがジェンダーギャップなのだろう。

 何も解決していないけれど、友達と呼べる人がそんな心配をしてくれたことは、少しだけ嬉しいような気がした。

 

 Kさんは先日誕生日を迎えた。

 普段ほとんど使うことのないメールでおめでとうを伝えた。

 すると、その数週間後の私の誕生日のときにKさんから、おめでとうメールが返ってきた。

 メールには、知り合って14年になりますか、と添えられていた。

 Kさんの脳内には、14年前のイキりにイキった私のイメージが残っているのだろうか。もっとも、今会ったところで「全然変わりませんね」とか言われそうだが。

「逆襲のフェムテック」【36歳のLOVE&SEX】#7

2021.04.09 Vol.web original

 私の仕事のことを知っている仲の良い友達には、誕生日プレゼントはアダルトグッズやデリケートゾーンケア用品を送っている。

 先日も友達の誕生日があったので、何度か行っているアダルトグッズショップに行った。

 ちょうど最近、TENGA社の女性向けブランドである「iroha」の新作が出たばかりだったので、それにしようかなと思っていた。

 3月に出た新作のiroha petit(イロハプチ)は、使い切りの非振動アイテム。SHELL・PLUM・LILYと形の違う3種類があって、1個630円。安い!

 プレゼントに630円は逆に安すぎると思って3種類全部買った。ついでに自分用にもひとつ買った。

 

 家に帰って使ってみたのだが、開封したあとの写真がこの記事の上にあるもの。

 薄い乳白色のゼリーのようなこれが本体である。

 このゼリーのようなものに短いスティックがついていて、それを指で挟み、本体を身体に当てて使う。

「ぷにぷにして舐められてる感じなのかな?」と想像していたが、思ったよりも固めで、それほどぬるぬるするわけではなかった。

 アダルトグッズ上級者の私にとっては、正直ちょっと物足りなかったかな…。

 

 でも、この価格帯とデザインは、多くの人のアダルトグッズ(iroha流の言い方だとセルフプレジャーアイテム)に対する心理的ハードルを下げることができると思う。

 特に価格は、今回の私のようにプレゼントするにもちょうどいい安さ。

 ほかにも、パートナーと使うにも役立つと思う。使い捨てで清潔に使えるし、たとえば相手が爪を切ってない時に「これ使って」と言えば、相手を傷つけないし自分も傷つかない。

 

 話は変わるが、同じく3月にGUから「トリプルガードショーツ」という商品が発売された。

 この商品は吸水ショーツと呼ばれるジャンルのもので、生理用品としても使うことができる。(尿漏れにも使える…世代関係なく全女性に役に立つのは素晴らしい)

 女性の生理用品は、テレビCMでもやっているような使い捨てのナプキンが一般的だが、数年前から洗って繰り返し使える布製のナプキンも手に入りやすくなったし、膣内に入れて経血を溜めて使う月経カップというものもある。

 吸水ショーツはショーツ自体が経血を吸収するので、頻繁に取り換えなくていいし、量が多いときは月経カップやタンポンなどと併用して、モレの心配も軽減できる、らしい。

 らしい、というのは、実は私もこれまでこの吸水ショーツというものを使ったことがなく、このトリプルガードショーツが初めてだからだ。

 

 私は4年くらい前から布ナプキンを使用していて、繰り返し使えるからゴミも出ないし定期的に買い足す必要もなく、何より肌が荒れないのが気に入っている。

 自分に合っているのでほかのアイテムに変える必要はないと思っていたのと、吸水ショーツは一枚あたり5000~6000円するものが多く、いきなり買うのは勇気がいる商品。

 

 ところがこのトリプルガードショーツは1490円、普通のショーツとそれほど変わらない価格だ。

 というわけで早速購入して、生理の終わりかけの頃に使用してみた。

 量が少ない時期だったので、吸水やモレは検証できなかったが、普通のショーツを使うよりも安心だし、手間が全然違う。

 正直、お尻に当たる部分の縫製に違和感があり、「厚いものを履いてるな」と少し不満は残った。

 しかしこの安さで、全国どこにでもあるGUで買えるのが非常に便利だ。

 

 iroha petitもトリプルガードショーツも、それ自体が抜群に優れている!とは言い難いというのが私の感想だが、女性の身体のこと、健康のこと、性のことについて、多くの人が心理的にアクセスしやすくなったという点で画期的な商品だと感動した。

 この1~2年でフェムテック、いわゆる女性が抱える健康上の課題を解決する商品やサービスの市場が盛り上がっているとは言っても、まだフェムテックという言葉になじみがなかったりするし、言葉の印象だけで「難しそう」「ついていけなそう」と思ってしまう人もいるかもしれない。

 私自身もそうで、興味がある分野ではあるが、意識高い人にしか関係のない話題のような気がして、ここであげた商品に出会うまで、自分には関係のない話題だと思っていた。

「不幸なふりはもうやめた」【36歳のLOVE&SEX】#6

2021.03.26 Vol.web original

 社訓というほどではないが、弊社には創業者・高橋がなりが提唱する「負け犬からの脱却十か条」というものがある。

 数年前まで毎朝全体朝礼があった頃は、日替わりで一節ずつ全員で唱和するということもしていた。

 今でも当時いた新卒メンバーにとっては、この十か条が強く印象に残っていて、思い出話として「十か条でどれが一番心に残っているか」という話をしたりすることもあるくらいだ。

 私自身、何かに悩んだり迷ったりするときは、この十か条を思い出して自分の行動を決めたりすることもある。

(十か条の内容については、高橋さんがYoutubeにてご自分でお話しされてるので、よろしければそちらをご覧ください→ https://youtu.be/jn9WhOHzaG4 )

 

 私が入社した頃、なのでもう15年くらい前になるのだが、先輩社員から私たち新卒社員に向けて、この十か条のうちの一節をアドバイスとして送る、ということがあった。

 私に送られた言葉は、「常識を身につけ、常識を疑え」。

 この言葉は、新しいものを生み出すには常識から外れたアイディアが必要であるとともに、非常識にならないバランスが必要だ、というような意味合いの言葉である、と私は理解している。

 だが妙に引っかかったのだ、「私には常識がない」と言われているような気がして。

 

 小中高と優等生で、大学も一応早稲田大学という名門と呼ばれるところを出たものの、私自身は学校の成績だけは良い、いわゆる空気が読めない子だった。
 
 特に大学のサークルでは空気の読み合いが大切で、空気を読めないことで周りに煙たがられているように感じることもあったし、実際に仲の良い人にそれを指摘されたこともあったが、そもそも空気を読むという言葉の意味が理解できずピンときていなかったから、どうすることもできなかった。

 

 だから新卒のときにこの言葉を送られて、「常識を身につけろ」「空気を読め」ということを会社や先輩から求められているんだろうな、そこが私の欠点なんだろうなと改めて感じたのだった。

 

 話はだいぶ昔に戻るが、今でもよく覚えている子どもの頃のエピソードがある。

 私は3月30日が誕生日なので、毎年春休みとかぶる。

 なので、自分のためにちょっとした誕生日パーティーを開き、招待状を書いて、家に友達を集めたりしていた。

 そのパーティー自体は何度かやったのだが、ある年友達の持ってくる誕生日プレゼントが例年と比べて豪華だと思った母親が、私の書いた招待状を見て、持ち物の欄に「誕生日プレゼント」の項目があるのを発見して驚愕していた。

「そういうものは、みんなが自主的に持ってきてくれるものであって、こっちが書くものでない」と言われ、どうやら自分が失礼なことをしたらしいということがわかった。

 だが、何が失礼なのか、全くわからなかったのだ。

 むしろ当時は、どうせプレゼント持ってきてくれるだろうから、忘れないように持ちものリストに入れておいてあげたほうが親切だろう、くらいに思っていた。

 

 自分では普通にしているつもりなのに、「空気が読めない」「常識がない」というようなことを周りに感じさせてしまう理由がわからずにイライラして、周りが思っている私と、本当の私は違う!と主張し続けて周囲の人と対立することばかり。

 するとそんな四苦八苦している姿やもがき苦しんでいる姿を面白がってくれる人もいて、そのまま対立し続けていたほうが好まれるのではと思うようにすらなった。

 ちなみに、TOKYO HEADLINEで最初に文章を掲載し始めたときの連載タイトルは「脱・こじらせへの道」である。

 私は、こじれているほうが面白い、不幸であることが望まれている、常に恋愛はうまくいかない、だからそんな自分であったほうが良い。

 空気が読めないくせに、変なところで空気を読もうとする、なんだか矛盾した生き方だ。

 

 私が先輩から「常識を身につけ、常識を疑え」と言われてから、新中野で迎える15回目の春が来た。

 SOD本社の近くにある杉山公園には、毎年桜の花が咲く。

 もっさりとまん丸に咲く満開の花はかわいらしく、見上げたときに青空とのコントラストがとても美しい。緑色のつぼみが入っているときも生命がみなぎるのを感じるし、なんだかよく名前も知らない鳥が枝で遊んでいる様子も良い。

 この時期はマフラーをぐるぐる巻きにしなければいけないほどの寒さもなければ、汗がダラダラ流れるような暑さもない。とにもかくにも過ごしやすい。

 晴れる日も多くて、なんていい季節なんだろうと、毎年思う。

 きっと私が生まれたのもこんなふうに幸せにあふれた日だったんだろう、そんな私が自分から不幸でいようとするのは、なんだか不毛なことのように思える。

 

 いつまで他人の望んだ(かどうかも本当はわからない)不幸を演じるつもりなのだろうか?

 本当に私のことを大切に思ってくれている人が、私の不幸など願うだろうか?

 もう、不幸なふりはもうやめようと思った春だった。

 

※かといって、特に結婚とかめでたい発表はないです。なんかすみません。

「私が結婚できない理由」【36歳のLOVE&SEX】#5

2021.03.12 Vol.web original

 またうっかり、クレジットカードの申し込みをしてしまった。

 しかも年会費がかかるタイプのクレジットカード。

 別にクレジットカードが必要だったわけでもなく、付帯特典がどうしても使いたいという理由があったわけでもない。

 しかも、ポイントをまとめたいから同じカードしか使わないように心に決めていて、新規のカードは家計管理が複雑になるから、もう作らないようにしようとも思っていたところだ。

 ではなぜ契約してしまったのか。

 某携帯電話ショップにポケットWi-Fiの修理を依頼しに行ったときに、いろいろ相談していたら、なぜかキャンペーンの紹介をされてしまって。

 一通り説明されて、「お客様ならカードを作ったほうがお得ですよ」と言われて、プランの相談に乗ってもらったり質問にも答えてもらったし、別にいいか、と思ったから。

 信じられない、断れない性格にもほどがある。

 別に必要でもないし、向こうだって相談に乗るのが仕事なのだから、忖度するようなことでもない。ああ、やらかした。いい大人になって、またホイホイ言われた通りに行動してしまった。

 

 私といえば、日頃から主張が強く、声量もあるので、ふたつの意味で声が大きい人間という印象を周りには持たれていると思う。

 嫌なことはキッパリ断る、そう見えるだろう、実際は全く逆なのだ。

 仕事においても営業されたらうまく断れないし、私生活でも誘いを断り切れないことはよくあった。好みのデザインでもないのに店員から勧められて服を買ったことも数えきれないし、好きでもないのに「断るの悪いから」という理由でホテルに連れていかれたこともあった。

 もっと若い、東京に来たばかりの頃は、「これを飲めば痩せる」とか、「このエステに通えば痩せる」とかで何十万のローンを組まされたことも何度かあった。

 一度はちゃんと支払ってしまったし、解約に友達の手を借りたこともあった。

 外国に行けばボラれ、開催されないコンサートのチケットを買わされたり、タクシー代はしょっちゅうだよなぁ。

 そんな過去の断れなかったあれこれを思い出して私は思った。

「ああ、結婚したい。」と。

 結婚して、夫に何もかも決めてほしい、と。

 いや、待て。結婚というのは二人の人間が集まっているだけで、どちらか一方に強い権限があるわけではなく、ましてや夫と呼ばれる人が万能なわけでもなく、常に最善の決断ができるわけでもなく、結婚したらもう余計なクレジットカードの契約をしないで済むかと言われれば、それはNOである。

 仮に、そんなに何もかも決めてくれる夫とかいう人がいたとして、私に都合よくクレジットカードの契約だけ止めてくれるだろうか、いやそんなわけがない。

 毎日の起床時間、朝食のメニュー、風呂の温度、寝るときの照明の明るさ、視聴するテレビ、服装、趣味、仕事……あらゆることに口出して思い通りにしようとしてくることくらいは容易に想像できる。

 それは都合悪いよ、私がほしいのはそういう夫じゃない。

 となると、この「結婚したい」は、自分に関わる重要なこととか面倒なことを誰かに決めてほしい、というただの心のだらけでしかないのだ。

 

 話は変わるが、私にも何人か友人はいる。

 既婚者が多く、主婦をしている人もいれば、働いている人もいる。

 ある日、私のもとに「揚げない唐揚げを作った」と写真が送られてきた。

 それを見た私は、揚げない唐揚げどころか、唐揚げすら作ったことがない、唐揚げの材料すらよくわかっていないことに気付いた。

 また別の日、別の友人が魚を色々な種類で調理したという写真を送ってきた。

 私にとっては魚のさばき方もわからなければ、魚の名前も知らないし、どの魚をどう調理したら美味しいかということももちろん知らない。

 料理をしないわけではない、必要最低限の自炊はもちろんする。大学時代には飲食店のキッチンのバイトをしていたこともあった。

 だが、私は「生活」ができていないのだ。

 人々が当たり前のようにやっている「生活」、毎日のやりくりとか、積み重ねとか、ほかの人への思いやりとか、おもてなしの気持ちとか。

 そういう大人として当たり前にできているべきこと、知っているべきことが欠けている、ということが本当に多い。

 これじゃ結婚できないはずだ。

 いや、結婚に憧れる気持ちはそもそもないのだが、結婚「しない」人でもあれば、結婚「できない」人でもあるんだな、私は。

 なるべくしてなった、今の人生という感じ。

 

 東京は便利だし、周りの人は優しいし、これはこれでなんとかなってきてしまったのがよくない。

 自分のために自分の身の回りのことがちゃんとできていないまま大人になってしまったから、自分で決めることが本当に苦手なのだ。

 今までそれは、情緒だけかと思っていた。楽しいとか嬉しいとか、これがやりたいとか、そういう気持ちだけ、自分は発達が遅れているんだと思っていた。

 だが、生活力も同じだったんだな。

 まあ、今気づけてよかったよ。

 

 さて、冒頭のクレジットカードの契約。

 何日もかけていろいろと調べた。

 付帯する特典は自分の生活に見合ったサイズ感のものか、年会費に対して受けられる特典はプラスになっているか、解約に伴ってほかに必要な手続きや違約金は発生しないか、など。

 その結果、やはり解約しよう、という結論になり、勇気を出してコールセンターに電話した。これも「生活」を始める第一歩だと自分を鼓舞して。

 コールセンターはつながりづらく、待っている間、対応してくれた携帯電話ショップの人の顔が頭に浮かんだ。

 彼は私の契約1件で営業成績がプラスになったんだろうか、そして解約することで彼にマイナスはついてしまうんだろうか、ああ申し訳ない。

 オペレーターにつながると、あっさりと解約を受け入れてくれた。

 このお電話のあとカードは使用できなくなりますので、ハサミを入れておいてください、とだけ伝えられた。

 ああ、そんなもんですか。

「番外編 女性向け風俗店キャストへインタビュー」【36歳のLOVE&SEX】#4

2021.02.26 Vol.web original

 前回、女性向け風俗店studioCH(スタジオシーエッチ)のキャストである、横山ダイキさんのインタビューを掲載した。

 女性向け風俗というサービス自体を知らなかったというお声もいくつかいただいたので、今回は番外編として、女性向け風俗と、それからstudioCHについて少し書いてみようと思う。

 そもそも女性向け風俗とは。

 女性のもとに男性キャストが派遣され、マッサージや性感マッサージ、手や舌やアダルトグッズ(お店によってはオプションの場合もある)を使って性感帯への愛撫を行う、というのが基本的なサービス内容だ。

 男性向けのデリヘルと同じく、本番行為(挿入行為)はない。

 前回の横山ダイキさんのインタビューにもあったように、女性の場合、性的な快感はもちろんのこと、精神的満足を求める方も多く、プレイだけでなく会話やデートを楽しむ目的で利用される方もいるようだ。

 そして、女性向け風俗店studioCHは、ソフト・オン・デマンドグループが2020年にオープンしたお店。

 映像制作のノウハウを生かしつつ、AVの要素を取り入れたシチュエーションプレイ(ドラマチックコースと言います)にも力を入れている。

 studioCHでの基本コースは120分2万2000円。

 お店によって多少価格は違うものの、女性向け風俗の相場としては120分2万円~2万5千円程度だろう。

 調べてみたが、男性向けの風俗のように45分や60分などの短いコースを用意しているお店は、ほぼない。

 studioCHの場合、はじめてお店を利用する方にも手頃な90分1万5000円というコースもあり、リピーターのお客様からは150分や240分などの長めのコースも人気だ。

「選ばれる性から選ぶ性へ」【36歳のLOVE&SEX】#3

2021.02.12 Vol.web Oliginal

 この数年女性向けの性産業に携わってきて最も感じるのは、女性が「選ばれる」性から「選ぶ」性へ変わってきたということだ。
 なにより、その方向へ変わりたいという意識の広がりを強く感じる。

 あえてここで書くまでもなく、これまで日本社会では、女性は結婚して家庭に入るのが幸せという価値観が強く根付いていた。

 そのために、おしとやかにしろとか、でしゃばるなとか、上品な立ち居振る舞いを求められることも多々あった。

 家庭にとって都合のいい嫁・母・娘であることを求められてきたのだ。

 だが近年、女性が社会で活躍できる場も増え、社会的にも経済的にも自立した生き方ができるようになりつつある。

 女性の自立については、アダルト業界も大きな影響を受けているように思う。

 女性向けAVが受け入れられ始め、女性向けのアダルトグッズも様々なデザインや用途、コンセプトのものが生まれている。

 女性向けの風俗もこの数年盛り上がりを見せ始めている。

 これらはいずれも、女性が自ら選択し、お金を払って価値を享受するサービスであり、社会的、経済的な自立はもちろん精神的にも自立しつつあることの証だと言えると思う。

 では、実際にはどのような女性がそういったサービスを利用しているのだろうか。

 女性向け風俗の現場で働くキャストに、お客様と触れ合う中で感じた女性の性に対する向き合い方について探るべく、話を聞いてみた。

 話を聞いたのは、SODグループで運営する女性向け風俗店「studioCH」でキャストとして働く横山ダイキさん。

 店舗オープン時から在籍し、ランキング制度が導入された8月からは6ヶ月連続してNo.1を獲得している。

「ときめきがなくても生きていける?」【36歳のLOVE&SEX】#2

2021.01.22 Vol.Web Original

 この間、同級生である友人に会った。

 年に一回くらいしか会わないが、普段はSNSでゆるくつながっている。

 互いに結婚をしておらず、映画が好きで趣味を持っているというところでシンパシーを感じる友人だ。

 友人は年末から婚活を始め、もう十人以上の人と会っているらしい。

 しかし、どうもしっくりくる相手がいない。

 悪い人ではないが、これから生活をしていく上で適しているかどうかを考えると、いまいち気乗りする相手がいないようだ。

 寂しい人生を避けたいからパートナーを見つけたいらしいが、正直なところ、今の生活で結構満足しているし、無理したり自分のペースを崩したりしてまで恋愛や結婚がしたいわけでもない、ということなのだと思う。

 10代・20代の頃には、恋した相手のことを強く思い焦がれたり、結婚を夢見たりしたことはあるが、30代になると色々なものが手に入って、恋愛のときめきがなくても生きていけるようになった。

 例えば仕事で責任あることを任せてもらえたり、収入が増えて買えるものややれることが増えるなど、年齢を重ねたからこそできることがどんどん増えてきて、楽しくなる。

 それに、以前はなんとなく人に良く見られたいという思いもあったが、いつの間にか、他人がどう思おうと自分が楽しいと感じられることが最優先、という風に気持ちが切り替わっていった。

 ステータスの高い男性に選んでもらいたいとか、同世代の女性よりも幸せな恋愛や結婚をしたいとか、漠然とあった浅ましい望みも最近は消えていったように思う。

 そういう気持ちになっていったきっかけがあった。

 私が30代になってハマったもののひとつが、女性向け風俗だった。

 使い始めたのは3年前になるが、最初は「お金を払えば性欲と承認欲求が満たされる、なんて私に都合のいいサービス!」と思って、お金を介しての関係でしかないのに、担当キャストに依存してしまい苦しんだのだ。

 でもある時、当時指名していたキャストに「そんなに金使ってないじゃん」と言われて、一気に現実に引き戻された。

(確かにそんなに金額は使っていなかったのだが……正直これは超失言だと思うし、人によってはすごく傷つく発言だから、もしこれを読んでいる女性向け風俗店キャストがいたら絶対に言わないでほしいのだけど。)

 私はこの一言で、自分がお金で彼を支配しようとしていたことに気付いた。

 私が払っているお金は、あくまでサービスに対する対価であって、人の心を束縛するためのものではない。

 自分自身のことを、なんと浅ましい人間だろうと思うと同時に、サービスをはき違えていたんだなと自覚した。

 そして何よりも、自分自身が楽しめていないことに気付いた。

 この一件から、少しずつ物事の優先順位が変わっていった。

 何か起こるたび、「私の気持ちはどう?」と自分に問いかける。

 こんな簡単なことが、30代になってからようやくできるようになった。

 いるかもわからない「誰か」の評価を気にして自分のあるべき姿を決めて、無視された本当の私はずっと苦しかった。

 それをやめて、自分が一番に楽しむことを最優先しよう!という気持ちが自分の中で育ってきたように思う。

 だから、どんなことにもときめくことができるし、そうなってからすごく生きやすくなったような気がする。

 ところで、女性向け風俗の話をしたので、少し紹介させてほしい。

 SODグループでは2010年前後から女性向けアダルト市場の拡大に取り組んできた。

 私も2013年から女性向け動画サイトGIRL’S CHの立ち上げに7年間携わってきたが、スタート時には少なかった作品数も何百という数に増え、動画だけでなくアダルトグッズの販売やイベントの開催なども行ってきた。

 それらは、女性にとって性を楽しむ選択肢を広げるものだと考えている。

 そして新たな選択肢として、昨年から弊社では、女性向け風俗の事業を始めた。「studioCH(スタジオシーエッチ)」という。

 女性向けAVの出演者と会えたり、動画コンテンツに力を入れたり、GIRL’S CHで得たノウハウも生かされている。

 昨年末にはGIRL’S CHとコラボし、会員の方(実は40万人もいらっしゃるのです)にご協力いただいてアンケートをとり、ドラマチックコース、いわゆるイメクラのコースを今年から新たに始めた。

 今年はその事業を、もっと多くの女性に知っていただけるといいなと思います。

「バリキャリでもママでもない曖昧な人」【36歳のLOVE&SEX】#1

2021.01.08 Vol.Web Original

 あけましておめでとうございます。

 昨年は働き方をテーマに1年間試行錯誤してきましたが、部署異動や担当変更もあり、今おかれている状況とテーマにズレを感じたので、今年は自分自身として、アダルト業界に身を置いているからこそ感じたこと、考えたことを表現していきたいと考えています。

 といっても、堅苦しく何かを論じたいわけではありません。

 日常で感じるちょっとした違和感を、アダルト業界しか知らないちょっと世間知らず(アラフォーに対してこの言葉を使うことに狂気を感じますが)な人間が思ったことを書いていくことで、見える世界もあるのではないかな、と。

 連載タイトルも一新して、あえてちょっとダサい感じで手広くやっていきたいと思います。

 早速ですが、毎年年始になって思う、年賀状について。

 頂く年賀状で、毎年大きくなる子どもの写真を確認したり、家族が増えただの、家を買っただの、犬を飼っただの、目に見える資産を着実に築いている友人たちの姿を見ると、「すげえな」と思います、これは皮肉ではなく。

 だって、ひとつひとつ積み重ねたそれらのものは、簡単に手放せるものではないのですから。

 人の命を預かる責任や、家族という共同体を一緒に生きるという覚悟、また、そういった精神的なものではなくとも、家や車のローンだってあるでしょう。

 そのどれも、逃げようと思っても逃げられません。

 そういうのしかかるものを振り切って、ふわふわ逃げて生きることを選択した人間にとっては、尊敬でしかないです。

 同じ36歳でも、私のように独身で子供もおらず、楽しく孤独に趣味や仕事にいそしむ人間は、どちらかというと少数派に分類されます。

 なので私のような人間が、肩身が狭いなと感じることは仕方ないとは思います。

 とはいっても、法律や社会に邪魔されているわけでもなく、出会いや恋愛のチャンスがないというわけでもなく、ただ興味がないから結婚していないだけ。

 マジョリティでもなくマイノリティでもない自分の足元がすごく曖昧に感じることがあります。

 何か自分の生きる目標とか指標になるものはないかと、ネットの記事や雑誌を見てみると、30代後半の女性は仕事で大活躍して社会から認められている「キャリアウーマン」か、子育てや家事にと大忙しな「ママ」という扱いに分類されることが多く、自分がスコンと穴に落ちたような居場所のなさを感じるだけでした。

 でも、適度に仕事をして、生きがいがあって、仲間がいて、マイペースに生きるという生き方をしている女性は、私の周りには結構多いのです。

 もちろん類は友を呼ぶということもあるかもしれませんが、どこかの誰かに向けていろんな方向に発信されるメディアよりも、自分の身の回りの目で見て体感できることのほうがよっぽど信頼できる情報だと信じたい。

 私のような「曖昧な人」は確実に存在しているはずなのです。

 私は今35歳、今年の3月で36歳です。

 20代後半に漠然と降りかかってきた「もう自分は若くない」という恐怖と闘って数年。

 30歳を過ぎたら「アラサー」という言葉で年齢をごまかしていたものの、もう昨年からその言い訳も言えなくなってしまいました。

 だって「アラフォー」なのだもの。

 怒られるのを承知で言いますが、20代の私はアラフォーなんておばさんだと思っていました。

 おばさんだから、おしゃれしたり、騒いだり、性や愛に一喜一憂するなんて恥ずかしい、大人げないとすら思っていました。

 そういう大人にならないように、若いうちに精一杯はしゃいで、遊んで、後悔のないイケてる大人になることを目標としていた時期もありました。

 でも実際に自分が30代後半になってみて、20代の頃と大きく変わったことって、精神的にはほとんどないような気がするのです。(肌のハリとか、疲れがとれないとか、肉体的なことはありますが)

 もちろん、後輩がたくさんできて、多少は責任感とか思いやりを持ったり成長した部分もあると思うのですが、好きなものに対して我慢できない性格や、これだと思うとなりふり構わず振り切ってしまう性分は、むしろ加速しているように思います。

 性や愛についても、この仕事をしているおかげで様々な知識が増えました。

 最新グッズの情報、困りごとや悩みごとへの対処方法、性風俗についての知識、女性がどんなことで悩んでいるか、いろんな愛の形やパートナーとの関係性など、知れば知るほど世界が広がるばかりです。

 だからこそ、夫婦間の悩みはセックスレスと妊活だけではないし、恋する気持ちや性欲は年齢や立場とは関係ないということを改めて思います。

「キャリアウーマン」にも「ママ」にも程度の差こそあれ性欲はあるだろうし、でも、それがないとされている今の感じは気持ちが悪い。

 一方で、私のような「曖昧な人」は夫や子供の制約がない分自由になんでもできるかというと、別にそういうわけでもない。

 性教育は若い人だけのものではないし、性風俗は寂しい人だけのものではないし、30代後半以降の女性に向けた情報ってどこにあるの?と余計にドツボにはまってしまうのでした。

 というわけでこれからは、来た道の性でなく、これから行く道の性について、考えて書いてみようかなと、思ったり思わなかったりしているので、これを読んで一緒に考えてくれる人が一人でも増えるといいなと思います。

 今年もよろしくお願いいたします。

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