舞台『母に欲す』で刺激的な組み合わせが実現
三浦大輔×峯田和伸×池松壮亮

 舞台の演出に限らず、映画監督としても非凡な才能を発揮する三浦大輔。今春公開された映画『愛の渦』でも大きな反響を呼んだのも記憶に新しい。その三浦の新作舞台『母に欲す』が7月10日から渋谷のパルコ劇場で上演が始まる。今回はその刺激的なキャスティングにも注目が集まっている。

 三浦の作品は取り扱う題材やその演出から「過激」とか「リアル」。そして時には「露悪的」といった言葉で表現されることが多かった。そんな三浦が今回取り上げるテーマは「息子にとっての母親」。東京で自堕落に暮らし、母の死に目に会うことのできなかった兄をロックバンド・銀杏BOYZの峯田和伸、その弟を現在多くのクリエイターに「一緒に仕事をしたい」と言わしめる若手俳優・池松壮亮が演じる。三浦は峯田とは2010年の映画『ボーイズ・オン・ザ・ラン』からの長い付き合いだ。

三浦(以降、三)「映画の時は監督と主演という立場だったんですが、それ以外にも峯田君とはモノを作っている者同士の、同じ価値観というか、共感できる部分がたくさんあったんです。それまでそういう作り手の人とあまり出会ったことがなかったので、監督と俳優という関係を越えて、現在まで長く付き合ってこられているんだと思います」

 映画では多くの作品で俳優として活躍する峯田だが舞台は初出演となる。今回、舞台出演に踏み切ったのは?

峯田(以降、峯)「以前から何度か“出てみないか?”というお話はいただいていたんです。彼が作るものは面白いと思っていたので、いつか参加できればいいなとは思っていたんですが、いつもバンドのレコーディングなんかと重なってしまっていて、実現することができなかったんです」

 池松は映画『愛の渦』で主演を務めた。三浦の舞台作品にはどんな感想を?

池松(以降、池)「『愛の渦』への出演が決まってからなんですが、『夢の城』と『ストリッパー物語』と『失望のむこうがわ』の3本を見ました。理屈じゃなくて、面白いなと思いました」

 2人から見て、映画と舞台で三浦の演出法に違いはある?

峯「僕は『裏切りの街』で音楽を担当したので、稽古場には結構行ってたんです。それでなんとなく雰囲気はつかんでいたんですが、プロデュース公演の時の三浦さんとポツドールの劇団公演の時の三浦さんではちょっと違う気はします」
三「実はそうでもないんですよ」
峯「え、そうなんですか」
三「プロデュース公演では、脚本を渡して“じゃあ動いてみて”というわけにはいかないんです。共通認識が取れていないので言葉が通じなかったりするもどかしさがあって、それが僕にとってはプロデュース公演のネックとなる部分だったんです。でも今回はそういうもどかしさみたいなものがないので、劇団公演に近いような意識で稽古場に臨めている。作り方に関してもあまりプロデュース公演的ではなくて、僕のペースで探りながらやらせてもらっています。そこは2人が分かってくれていて、信頼してくれているから許されているのかな、と思いながらやっています」
池「本質は何も変わらないと思います。お芝居のことに関していうと、お芝居の価値観は一番合うと思っています。僕は1回しか一緒にやってないですし、多分すべてに触れているわけではないので、必ずしも自信を持っては言えないんですけど、三浦さんからはとても純粋なものを感じています。人間って矛盾した生き物だと思うんですけど、人間の矛盾を肯定できる純粋さを持っている人だなって思っているんです。僕の見た作品も、一見、悪い部分はあるけど、探っていったらすごく純粋なものが浮かび上がってくる。そういう部分はすごく感じていて、今回も違うことをやっているという感覚はあまりないんですよね。矛盾を肯定できる優しさというか、そういうところがすごく面白いと思います」

“母親”に対してはどんなイメージを?

三「今回、母親のことをいろいろ考えるいい機会ではありました。ただ、やはり作品を作っているので、純粋な気持ちでは考えられなかったかもしれません。母親が死んだところから始まる芝居なので、母親が死んだことに対して、自分ならどう思うかな、ということを考えながらやっているんですけど、そこにはあまり自分の中で来る部分はありませんでした。本当はもっと自分の中にあるのかな、と思っていたんですけどね。でも母親に対しては今のところ、感謝の気持ちしかないですね」
峯「僕は田舎が東北で、家が電器屋をやっているんですが、オヤジはずっと長男の僕に継がせたがっていたんです。子供のころから躾に厳しい親だったんですけど、お母さんは全然そういう人ではなくて、僕にとっては味方というか…。バンドやることを初めて親に言ったのも、お母さんにでした。何か言われるのかなって思ったんですけど、お母さんは“お父さんは何言うか分からないけど”って言いながら背中を押してくれたというか、とにかくずっと味方なんですよね。大きい存在です」

 まさに今回の役柄に重なっている。

峯「僕には弟と妹がいて、電器屋は僕の代わりに弟が継いでいるんです。もともと東京にいたんですけど、長男がこういうことやっちゃったんで、多分自分の夢も持っていたと思うんですけど、あきらめて“兄ちゃん、俺、電器屋やるからさ。兄ちゃん、東京で頑張りなよ”ってぼそっと言われたことがあるんです。なんか今回の設定って似ているんですよね」
 感情の込めやすいシチュエーション。
峯「そうですね。僕、池松さんと立ち稽古をやっているときに、何度か本当に自分の弟の顔に見えてきて、ボロっと涙がこぼれそうになったのをこらえたりしてました。なんだこれ?と思いながら」
池「自分はまだ一緒にいた期間のほうが圧倒的に長いので…。いわゆる一般的なお母さんタイプではなかったですけど、やはり一番のよりどころだったし、今でもそうですね」

 さっきの峯田の話を聞いてどんな気持ち?

池「言い方が難しいんですけど、峯田さんと向き合う時は対役者さんとやる時に比べると、役としてそこにある実像よりも、その奥に眠っているもの、それは峯田さん自身なんですけど、結局はそこと向き合っているという感覚はあります」
 稽古が進んでいくと2人の関係性はそうとう密になっていきそうだ。
三「2人が一緒にいると、さっき峯田君が言ったような感じで、お互いの空気感なんかがだんだんなじんできている気がしているので、時間が経てば経つほど楽になってきたり、やりやすくなってくるのかなって思っています」

 この濃い人間関係、まさに三浦の芝居そのものだ。

三「そうですね。ただ、僕がまだできていないんです(笑)。だから今はいいプレッシャーをもらっている気がします。今回は“2人がこんなにできているんだから、俺がもうちょっと頑張んないといけないな”っていう気持ちになっていて、ふだんとは違うちょっと変な感じ。今回は稽古場で怒ったりすることもないと思います(笑)。俳優さんの動きに対する心配がないので、僕はもっとこの作品について、いろいろ突っ込んで、深いところまで考えていかないといけないんだろうなとは、毎日稽古をやりながら思っているんです」

 今までになかった感覚。

三「毎日家に帰って考えると、僕が望んだことをやってもらえているな、と思うんです。取りあえず設定した到達点には、もうけっこう近づいている。だから、“まだいけるんじゃないか”っていうような欲が出てきているんだと思います」

 とても幸せな現場。

三「僕はありがたいという言葉しかないです。今のところはですけど(笑)」
 作品では実母はエピソードでしか出てこない。片岡礼子演ずる父の後妻と比べる形で母親について描かれるのか?
三「最初は比べているんですが、時間が経つにしたがって比べるということはしなくなっていきます。死んだ母親はもう言葉を持っていないので、そこで2人が母性というものをいったん考え抜いた末に、新しい母親が来て、そこでまた、新しい母親と息子という緊張感が生まれるのですが、それが変に作用していって、なにか別のものを母親に対して求めていく、といった話になっています。母親を女性として見るというわけではなくて、あくまで母親として別のものを求めていくといった話になります」

 女性として見るわけではない?

三「あくまで母親として見ているんですけれども、その母親に対して求めるものが、昔の母親に求めていたものとは違っているということです。裏を返せば、死んだ母親に求められなかったものを新しい母親に求めているというようなことですね」

 峯田の役はかなり母親に執着する?

三「そうですね。でも一般的な執着です。男の子はみんな絶対、母親に対する執着心は根底にはある。そこはみんな共通していると思うんです。今回の作品で描くのは、ごく一般の人が母親に持つ執着心で、決して突飛なものを描こうとは思っていません」

 この作品のプロットをもらったときにどんな感想を? 自分なりにどんなお話だと受け止めた?

峯「すいません、稽古に入る前だったら、こういう感じのお話です、ということはうまく言えたと思うんですが、稽古に入ってから分からなくなっているんです。だんだん客観的に見られなくなっているというか…。今はちょっといっぱいいっぱいなんですよね、俺」
三「そうなの?」
峯「うん。余裕はないんですけど、本当に面白いものに参加しているという感覚はあります。話もそうだし、共演している役者さんも。“ああ、面白いものに参加できているんだな”というのは初日から思っています。毎日お昼にスタジオに着いて、新しい台本があがっていて、読むたびに、“ああ、こういうふうになるのか”って、印象がどんどん変わるんですよ。この1週間でもどんどん変わっていて、まだよく分からないんです。ただ楽しみなのは確かです」
池「プロットを読んだときのことは…正直どんな内容だったかよく覚えてないんですけど…(笑)。面白かったことだけは覚えていて、その場で三浦さんにメールしたことも覚えています。稽古に入ってからは、日に日に面白くなっているな、と実感していて、多分、三浦さんが言っていることをみんなクリアしたら素晴らしい作品になるんじゃないかって思っています。それだったら僕らはそれをやらなきゃいけないし、さらに100を120とか200にしていかなきゃいけないんだろうと思います。まだ稽古に入って数日しか経っていない段階でこういうふうに思えるのは幸せなことなんじゃないでしょうか」
三「僕にはこの主演の2人を演劇に引きずりこんだのに、自分がどれだけいい作品が作れるのだろうかという恐怖感がすごく強くて、最初はそればっかり考えていたんですけど、やってみるとその考え方は間違っていたんだなって思うようになりました。“こんなに楽なんだ”というか、自分にとって“こんなに力になってくれる人がいるんだ”っていうように考えるようになりましたね。作品の完成度といったことは僕の責任なので、そこは僕ががんばらなきゃいけない。プレッシャーは強いんですけど、ただそういうふうに感じられる現場が今まであまりなかったので、ホントに幸せな現場だなと思いながら毎日稽古場に来ています。十何年芝居をやってきて、初めてといっていいくらいの体感をしているな、とは思っています」

 話を進めれば進めるほど、この2人はベストマッチ。この2人で兄弟役というのは以前から頭に?

三「そういうわけではないのですが、峯田君といろいろと話した中で、池松君が弟に顔が似ているという話も聞いていたので、そういうことも踏まえて考えたことではあるんです。でも、変な話なんですが、どういう役をやるにしても峯田君は“役者”というより“存在”なんです。峯田君自身の魅力で見せる人なので、それに俳優さんで対抗できる人は少ないと思うんです。でも池松君だったらそれが可能なんじゃないかと思ったんですね」

 聞けば聞くほど峯田にとっては大変な現場だ。

峯「僕はふだんは1日2食なんですけど、稽古3日目にして1食になりました」

 ご飯がのどを通らない?

峯「食欲はあるのでお腹は減るんです。普段は家に帰ったらすぐにコンビニなんかに行くんですけど、今はソファに寝っ転がって、“シーン1のところをやってみようかな”ってなってしまうんですよね。真面目なんですよ、多分、俺(笑)。バンドのことなんてこんなに真面目じゃないし(笑)。やっぱり人様の畑に参加しているという緊張感もあるんでしょうね。音楽をやっている時とは明らかに違う感じがしています」

 いつもとは違う手ごたえを感じる三浦、役を越えた部分で深い信頼関係を築きつつある峯田と池松。濃密で豊かな時間が流れる稽古場でどんな作品が出来上がるのだろうか。
(本紙・本吉英人)

【日時】7月10日(木)〜29日(火)(開演は平日19時、土14時/19時、日祝14時。17日(木)と24日(木)は14時の回あり。29日(火)は14時開演。15・22日休演。開場は開演30分前。当日券は開演1時間前)【会場】パルコ劇場(渋谷)【料金】全席指定 7500円/U‐25チケット4500円(25歳以下対象・当日指定席引換・要身分証明書・チケットぴあのみ)【問い合わせ】パルコ劇場(TEL:03-3477-5858 [HP]http://www.parco-play.com/)【作・演出】三浦大輔【出演】峯田和伸(銀杏BOYZ)、池松壮亮、土村芳、米村亮太朗、古澤裕介、片岡礼子、田口トモロヲ