黒沢清監督インタビュー 映画『ダゲレオタイプの女』

写真に刻まれた永遠の命は、生か死か―。

 日本を代表する映画監督・黒沢清が初の海外作品に挑戦。全編フランス語により、フランスの俳優、スタッフを起用、フランスでロケを行った最新作『ダゲレオタイプの女』製作秘話を語る!

撮影・辰根東醐

「パリジャンというとお高くとまっている“おフランス”なイメージがありますけど、実際に行ってみたら世話焼きな人が多かったですね。下町のおばちゃんかというくらい、何にでも首突っ込んできて(笑)」

 と最新作『ダゲレオタイプの女』の、フランスでのロケを振り返る黒沢監督。

「主に接していたのが映画界界隈の人たちだったから、特にそう感じたのかもしれない。撮影現場では、ときにドライに切り捨てなきゃいけない、即断しないといけない場合もあるんですが、彼らはいつまでも議論を続けるんです(笑)。逆に日本人のほうがドライだなと思いましたね」

 黒沢作品の静謐な恐怖の美学と、ヨーロッパ映画の香りが見事に融合した本作。

「自分でもびっくりするほどフランス映画になりましたね(笑)。ホラー的な表現も多々ありますし僕なりのクセみたいなものも出ているとは思いますが、少し珍しいフランス映画として楽しんでもらえる作品ができたんじゃないかな。そういう意味では満足しています」

 世界最古の写真技法であるダゲレオタイプで撮影する芸術家ステファンの助手となった青年ジャンは、ステファンの娘で作品のモデルを務めるマリーに引かれていく。しかし今なお屋敷にはステファンの亡き妻ドゥニーズの気配が…。禍々しくも美しい物語を象徴する存在が、劇中にも登場する巨大なダゲレオタイプ写真機。

「あれは撮影用に制作したもので、実際あれほど巨大なダゲレオタイプは現存していません。僕が、等身大のダゲレオタイプにしようと思いついて資料を探してみたら、巨大サイズの図案が存在していたんです。ダゲレオタイプが使われていた当時、同じことを考えていた人がいたんですね。ごく自然な発想だと思いますよ。だって絵画だと実物大以上の肖像画があるんだから、写真でもやってみたいと思う人は絶対にいたはずです。その図案や資料をもとに、現在ダゲレオタイプを使っている写真家の方にアドバイスを頂いて、極力リアルに再現してみました。薬品などの問題もあるので実際に撮影するのはまず不可能ですが」

 3人の俳優は、そんな生者と死者の物語をどう受け止めていたのか。

「三者三様でした。まずステファン役のオリヴィエは“よくぞ自分にこういう役を振ってくれた”と、とても喜んでいました。ホラー好きだったとかではなくて、これまで彼は庶民的な役を務めることが多い俳優さんだったので今回の、幽霊の気配にまとわりつかれる狂気に満ちた芸術家という非常に特殊な役に、大変やりがいを感じてくれたようです。一方、マリー役のコンスタンスとは不思議な巡り合わせがありました。僕は、彼女が出演するいくつかの作品を見て、この役にぴったりだと思っていました。30名ほどの女優さんと会いましたが本命は彼女でした。実際に彼女に会ってみると、彼女は以前から僕のファンで、大学の論文のテーマは『回路』だったと言うんです(笑)。ホラー映画も大好きで日本のホラーもたくさん見ていて、ずっとこういう役を演じてみたかったという、ちょっと珍しい女優さんでした(笑)。ジャン役のタハールは、以前に映画祭で知り合っていつか一緒に仕事しようという話をしていた仲でした。“自分が愛する人が生者なのか死者なのか分からなくなっていき、最終的にはそこに差はないという境地に至る役なんだけど分かる?”と聞いたら“問題ないです”と即答してくれました。いざ現場では“今のは生きてる人? それとも幽霊?”と、混乱することもありましたけどね(笑)。ただ、日本の漫画の影響ってすごいなと。というのも“生きているのと死んでいる状態の中間であり、それらを超越した存在”をどう説明したものかと思っていたのですが“それは『聖闘士星矢』のナントカ状態のことですよね、それなら100%理解できます!”って。タハールは日本の漫画が大好きなんです。彼の世代はみんなそうらしいんですけど。『聖闘士星矢』が、生と死を超越した何かという概念をフランスの若者にも、きちんと教えてくれていたようです(笑)」

 漫画だけではない。黒沢監督らが海外映画祭で評価されジャパニーズホラーが注目を集めて以来フランスでも“幽霊映画”が増えている。

「僕が最初にフランスに行ったのは20年ほど前でしたけど、そのころは幽霊が出てくる映画なんてバカにされていましたね。その割に見せると怖がるんだけど(笑)。それが、日本のホラー作品が映画祭などで紹介されたり、ハリウッドでもJホラーブームがあったりして、だんだんならされていったのか近年は、幽霊が登場するフランス映画はけっこうありますよ、怖いか怖くないかは別として。表現や演出を見ていると確かに、僕だけじゃなく日本のホラー作品からの影響を感じるものはあります。20年かけてフランスの人もやっと、恥ずかしがらずに怖がってホラーを楽しめるようになったのかなと思います」

 ジャンル映画に終わらない、奥深い世界観を紡ぎだす黒沢ホラー。

「単純に怖い映画が好きということもありますが、作り手として言うとホラー演出とは映画作りには欠かせない基本的な手法だと思っています。およそ2時間、次に何が起こるのかと観客をスクリーンに釘づけにする。ヒッチコックなどはその最たるものですが、見る人をドキドキハラハラさせる手法というのが、あるわけです。ホラーやサスペンスだけではなく、ラブストーリーやヒューマンドラマでもその手法は使われます。恐怖演出というのは映画で物語を効果的に語るための基本なのです。もう一つ、幽霊を出すと、どんなに内容がチープでも死について考えざるを得なくなる。幽霊とはすなわち死のことですよね。死んだらどうなるなんて誰も分からないから、きっと無になるんだろうとしておくのが楽なわけですが、幽霊が出るとなると、そうはいかない。嫌でも死後の在り方を考えざるを得なくなる」

 黒沢作品では、ときに生と死が同次元に存在する。恐れつつも身を委ねたくなる恐怖を味わって。(THL・秋吉布由子)

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『ダゲレオタイプの女』

監督:黒沢清 出演:タハール・ラヒム、コンスタンス・ルソー、オリヴィエ・グルメ他/2時間11分/ビターズ・エンド配給/10月15日よりヒューマントラストシネマ有楽町他にて公開  http://www.bitters.co.jp/dagereo/